第50話・楽しさのあとの寂しさ

 楽しいクリスマスパーティーが終わってみんなで後片付けを済ませ、それぞれにお風呂に入ってもらえば、あとはもう就寝するだけ。

 俺は自分の部屋に布団を一組持ち込み、その床に拓海さん用の布団を敷いた。今日はみんな我が家にお泊りする事になっているからだ。

 一番にお風呂へと入った明日香と由梨ちゃんと小雪ちゃんは既にお風呂から上がっていて、明日香の部屋で楽しそうに騒いでいる声が聞こえてくる。

 そして明日香達の次は琴美がお風呂に入る順番だったんだけど、サクラが『いい機会だから一緒に入ろうよ』と言い、琴美とプリムラちゃんを強引にお風呂場へと連れて行ってしまった。

 おそらく今のお風呂場は、サクラの独壇場どくだんじょうと化していると思われる。ちょっとどんな様子なのかを見てみたいとは思うけど、さすがにそれはマズイので我慢するしかない。


「お疲れ様。涼太君」


 ちょうど布団を敷き終わった頃、部屋の扉をコンコンと叩いてから拓海さんが室内へと入って来た。


「あっ、お疲れ様です。拓海さん、お風呂上りはこの布団を使って下さい」

「うん。涼太君、今日ありがとう。とても楽しかったよ、由梨も凄く喜んでたしね」


 空いている床の一角に座り、拓海さんは丁寧にお礼を言う。その表情は本当に嬉しそうで、由梨ちゃんをとても大切にしているのがひしひしと伝わってくる。

 そんな拓海さんの嬉しそうな笑顔を見ただけでも、クリスマスパーティーを開いて良かったと思える。


「いえいえ。お礼を言うのは僕の方ですよ。拓海さん達が来てくれたおかげで、明日香も今日のパーティーを楽しめたんだと思いますから」

「いやいや。お互いに可愛い妹を持つと大変だね」

「ははっ。そうかもしれませんね」


 お互いにほんの少し前までは、妹という存在が居なかった者同士。そんな俺と拓海さんが、ひょんな事から妹ができ、その妹と同居生活を始めた。

 思い返してみれば明日香と暮らし始めてから、本当に色々な事があった。最初はまともなコミュニケーションすらできず、ただ戸惑うばかりの日々。それでも少しずつ時間をかけて問題を解消し、今へと至ったわけだが、当時は本当に大変だった。

 そんな昔の思い出にふけりながら、俺達は琴美達がお風呂から出て来るまで妹の話に華を咲かせた。


「――それじゃあ、お先にお風呂に行かせてもらうね」

「はい。ごゆっくりどうぞ」


 拓海さんが部屋から出て行ったあと、俺は別の倉庫部屋に置いてあるお客用布団を抱えてリビングへと下りて行った。

 リビングにはサクラのたってのお願いで、琴美、プリムラちゃん、サクラの三人が寝る事になっていた。

 当初の予定としては琴美には明日香の部屋で寝てもらう予定だったんだけど、サクラが連れて来た小雪ちゃんの事もあり、急遽きゅうきょその構想は変更を余儀なくされたわけだ。まあ、琴美は別にその事を気にしてはいないみたいだけど、サクラと一緒――というただ一点だけが俺の不安要素だ。

 サクラが琴美に何か余計な事を話さなければいいけど、とりあえずあとでサクラには釘を刺しておくとしよう。


「――よいしょっと」


 一組ずつ持って下りた布団をリビングの一角に置いていた俺は、最後に運んで来た布団をさっきまでパーティーが行われていたリビングの床に一つずつ敷いていく。

 楽しいクリスマスパーティーが行われていたリビングに残っているのは、きらびやかな光を放つクリスマスツリーだけ。そしてそんなツリーを見ていると、どことなく寂しい気持ちになる。


「あっ、涼君。私も手伝うね」


 サクラ達と共にお風呂に入っていた琴美が別の部屋で着替えてリビングへと戻って来ると、布団を敷く俺の姿を見て素早く手伝いを始めてくれた。


「琴美、今日は色々とありがとう。おかげで凄く楽しいパーティーになったよ」

「ううん、気にしないで。私も凄く楽しかったから」

「そっか。俺は琴美が居てくれて本当に楽しかったよ」

「そ、そうなの? ……私も、涼君が居たから楽しかった」

「えっ!?」


 その言葉に思わずドキッとして隣で布団を敷いている琴美へ視線を向けると、こちらを見ていた琴美と正面から視線がぶつかった。


「「あっ……」」


 お互いの視線が合わさった瞬間、琴美の顔が一瞬にして紅く染まった。

 それを見た俺は凄まじい恥ずかしさを感じて視線をらした。

 顔がとてつもなく熱くなる。もしかしたら俺は、今見た琴美の様に顔が真っ赤に染まっているのかもしれない。


「いやー、若いっていいねえ~」

「た、隊長! 声が出てますよ!」


 リビングから廊下へと続く出入口の方からした声に俺と琴美がほぼ同時に顔を向けると、そこにはサクラとプリムラちゃんが居た。

 そして俺達に見つかったサクラとプリムラちゃんは、『隊長のせいで見つかった』だの、『プリムラが大きな声を出すから』だのと言い合いを始めた。


「おふたりさーん? そんな所で何を揉めてるのかな~?」

「あっ、いや、その……これは……」

「もぉー♪ 涼太君のえっち~♪」


 俺の問い掛けに対してプリムラちゃんは気まずそうに視線を逸らし、サクラは意味不明な言葉を口にする。


「あ、あの、お布団の準備できましたよ。サクラさん、プリムラちゃん」

「あっ、ホントだー! プリムラ行くよー!」

「ちょ、ちょっと! 手を引っ張らないで下さい!」


 これ幸いと言わんばかりに、サクラはプリムラちゃんを引っ張って敷かれた布団へと向かう。


「ねえねえ~、涼太く~ん。今日は私達と一緒に寝る~?」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ?」


 サクラからのアホな発言を一刀両断にしてやったわけだが、そのアホな発言をした相手は尚も表情をニヤつかせていた。


「ええー? 涼太君は琴美ちゃんと一緒に寝たくないの~?」

「だ、誰もそんな事は言ってないだろ……」

「それじゃあ、一緒に寝たいんだね? 琴美ちゃんと」

「そりゃあまあ……どちらかと言われたら一緒に寝たいけど――」

「りょ、涼君、私と一緒に寝たいの?」

「えっ!? い、いやあの、それはその……」


 視線を琴美の方へ向けると、布団の上で女の子座りをしたまま両手の人差し指の先をツンツンと当て、凄まじいほどに顔を紅くしていた。


 ――い、いかん。これはどう答えるのが正解なんだ? 素直に『一緒に寝たい』と言うべきなのか? それとも誤魔化すべきなのか? くっそー、リアル人生でもクイックセーブができたらいいのに。


「あ~、え~っとだな……」

「あっ、涼太君。ここに居たんだね。お風呂空いたよ」


 お風呂に入っていた拓海さんが、タオルで髪の毛を拭きながらリビングに顔を出した。なんという神タイミングだろう。この場から退散するなら今しかない。


「じゃあ俺はお風呂に入って来るから!!」

「あっ! 逃げた! 戻ってこーい!」


 背後から聞こえるサクラの声を無視し、俺はお風呂場へとダッシュする。


 ――やれやれ……これはしばらくリビングに近寄れないな。


 そういえばパーティーの前も気になっていたけど、今日は猫の小雪の姿を見ていない。

 用意していた餌もさっき確認した時には食べられた様子は無かった。餌も食べずに寝ているのかは分からないけど、前に病気をわずらった事を考えるとちょっと心配になる。


「お風呂上がりに捜してみるか」


 こうして素早くお風呂に入ったあと、俺はみんなに心配をかけない様に静かに猫の小雪を捜し始めた。

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