第46話・妖精と少女

 クリスマスパーティーでやるプレゼント交換の為の品を買ってデーパートから帰って来た俺達は、買って来たプレゼントを部屋に置いてからすぐに隣に住む琴美の家へと向かった。今日のクリスマスパーティーで出す料理を作ってくれている琴美の手伝いをする為だ。

 だけど琴美は何日も前からパーティー用の料理の仕込みを念入りにしていたらしく、やって来た俺と明日香が手伝える事などほぼ無かった。そんな俺達が唯一まともにやれた手伝いと言えば、琴美が作ってくれた料理を我が家へ運ぶ事くらいだった。

 そして琴美が作ってくれた料理を自宅へと運ぶ最中、俺にはちょっと不安な事があった。


 ――サクラの奴、ちゃんと取りに行ってるんだろうな……。


 俺達がプレゼントを買って自宅へと帰って来た時、家にはまだサクラの姿は無かった。

 実は明日香とプレゼントを買いに出掛けるちょっと前に、サクラには今日のパーティーで出す為に予約していたクリスマスケーキを取りに行く役割を任せていた。正確に言えば任せたと言うより、サクラが『私が取りに行って来るよ』と申し出たからそうしてもらったわけだけど、それにしても帰りが遅い。

 俺が予約を入れていたケーキ屋さんまでは、我が家から歩いても片道十五分ほど。

 それにサクラは俺達よりも先に家を出ていたので、さすがにまだ帰ってないのはおかしい。だけどサクラがケーキを取りに行くのを了承した以上、俺達はその帰りを待つしかない。

 そういえばサクラがまだ帰って来ないのも気になるけど、帰ってからずっと飼い猫の小雪の姿が見えないのも気にかかる。まあ、小雪が自分で家の鍵を開けて外に出る事なんて無いし、おそらくどこか暖かい場所で寝てるんだろう。


× × × ×


 太陽が傾き夕陽に変わり、そろそろ地平の向こうへと沈みつつある十七時過ぎ。

 俺と明日香と琴美は出来上がった料理をテーブルなどに綺麗に並べ、拓海さん達が来るのを待っていた。


「みんな早く来ないかな~」


 明日香はクリスマスパーティーがよっぽど楽しみなのか、さっきから落ち着きなくリビングをウロウロとしている。

 少しは落ち着いて待てばいいのにとも思うけど、そんな俺自身もソファーに座ったまま、明日香の事をどうこう言えないくらいにソワソワしていた。


「涼君もパーティーが楽しみなんだね」

「えっ!? あっ、いやー、まあ、それなりにね」


 琴美の言葉に苦笑いを浮かべつつそう答える。

 こういったパーティーをするのは俺も初めての経験とはいえ、柄にも無くテンションを上げているのは確かだ。


「ただいま~」


 そんなやり取りを交わしていると、玄関からサクラの恐々とした感じの声が聞こえてきた。


「おっ。サクラの奴、やっと帰って来たな」

「サクラさんて、前にワクワクバーガーで会った人だよね?」

「そうそう。元気で騒がしい親戚のお姉さんだよ」


 一応琴美には親戚だと説明していた手前、それを忘れない様にしないといけない。

 俺は琴美にそう言ったあと、急いでソファーから立ち上がって玄関へと向かった。


「こんな時間までどこで道草食ってたんだ? サクラ」

「あっ! ご、ごめんね、涼太君。ちょっと色々あって……」


 俺を目の前にしたサクラは、どこか慌てた様にして両手を後ろに回したままそう答えた。そしてそんなサクラの不自然な態度を見ていると、とてつもなく嫌な予感がした。


「……まあ、遅くなったのはこの際いいとして、頼んでおいたケーキはどうしたんだ?」

「えっ!? そ、それは…………」

「……サクラ。いったい何を隠してるんだ?」

「な、何も隠してないよっ!?」


 サクラはそう答えると、ろくに吹けもしない口笛を吹こうとしながら白々しくそっぽを向いた。こんな様子を見せられると、サクラが何かを隠しているのは確定的に明らかだ。


 ――そういえばサクラの奴、さっきから何をソワソワしてるんだ? 後ろを気にしてるみたいだが……。


 サクラの挙動を怪しく感じた俺は、スッとサクラへ近付いてその背後を覗き込もうとした。


「あっ!? ちょ、ちょっと待って!」


 そんなサクラの静止を無視し、俺は素早く後ろを覗き込んだ。


「へっ!?」


 俺が覗き込んだサクラの背後には、銀髪でショートボブのハーフっぽい顔立ちをした可愛らしい女の子が居た。見た目で年齢を推測するなら、七歳か八歳くらいと言ったところだろうか。


「サクラ。この子は?」

「えっと、それはその……」


 サクラは視線を宙へと泳がせながら、歯切れ悪く『あの、その』と繰り返す。


 ――まさか、可愛いからってその辺から連れて来たんじゃないだろうな? いや、さすがにそれは無いよな……。


 などと思いつつも、プリムラちゃんに対する態度などを知っている俺は、その可能性を完全に否定できないでいた。


「……サクラ。一応言っておくけど、誘拐は犯罪だからな?」

「し、知ってるわよっ! 私がそんな事をするわけないでしょっ!」


 俺の言葉を即座に否定するサクラ。どうやら本当に誘拐して来たわけじゃなさそうで安心した。

 そう思いながら再びサクラの後ろに居る女の子を見ると、その子はきょとんとした表情で俺をじっと見ていた。


「サクラー、大きな声を出してどうしたの? あっ! 可愛い子だねっ! サクラのお友達?」


 廊下に出て来た明日香はその女の子を見るなり、小走りでこちらへと向かって来た。


「お人形さんみたいで可愛い~♪ お名前は何て言うのかな?」


 明日香が女の子の視線に合わせて頭を撫でながらそう尋ねると、その子は明日香を見ながらにっこりと笑顔を浮かべて口を開いた。


「私は冬白小雪ふゆしろこゆき。小さい雪で小雪っていうの」

「へえ~、小雪ちゃんか。可愛い名前だね」

「うん! 私もこの名前大好き!」


 明日香に向かってにこやかにそう答える小雪ちゃん。

 それにしても、妙に明日香に対して懐っこい感じを受ける。


「ところでサクラ。この子はお前の知り合いなのか?」

「うーん……まあ、ね」


 訳有りと言った感じで歯切れ悪くそう答えるサクラ。

 よく分からない状況だけど、今日はせっかくのクリスマスパーティーだし、今はあまり深く聞かないでおこう。


「そっか、サクラの友達か。それじゃあ小雪ちゃん。これから俺達はクリスマスパーティーをするんだけど、一緒にやるかい?」

「うん! 小雪、お兄ちゃん達と一緒にパーティーする!」


 元気良くそう答える小雪ちゃんの笑顔はとても可愛らしく、俺もお兄ちゃんと呼ばれた事で妹がもう一人増えた様な感じがした。


「よし。それじゃあ明日香、小雪ちゃんをリビングに案内してあげて」

「うん♪ 小雪ちゃん、一緒に行こう」


 そう言って明日香が右手を差し出すと、小雪ちゃんは嬉しそうにその手を握ってから一緒にリビングへと向かって行った。


「可愛いもんだな」

「ごめんね、涼太君。突然で驚いたでしょ?」

「いいさ。パーティーは人数が多いと楽しいって言うし。でも、あとでちゃんと説明はしてくれよ?」

「うん。分かったよ」


 サクラはその言葉にほっとした感じの表情を浮かべた。

 しかしほっとしているところを悪いが、俺が最初に聞いた問題はまだ解消されてはいない。


「ところでサクラ。小雪ちゃんの件はあとでいいとして、肝心のケーキはどうしたんだケーキは?」

「えっ!? あっ、え、えっとね、実は……」


 サクラは気まずそうな表情を浮かべてから玄関の扉を開き、俺を外へと手招きする。どうやら外に出て来いという事らしい。


「どうしたんだ?」

「あのね……アレ……」


 とりあえずサクラに招かれるがままに外へ出ると、サクラは外門の内側近くに止めてある自転車の方を指差した。するとそこには、自転車のカゴの上に乗っかっているケーキの箱があった。


「なんだよ、ちゃんと取って来てるじゃないか」


 そう言いながらケーキ箱の取っ手部分を掴んで持ち上げると、妙な違和感があった。その違和感とは、ちゃんと真っ直ぐ持っているはずの箱が妙に傾いているという事だ。

 どういう事だと思いつつ、俺は再び箱を自転車のカゴの上へと乗せてから箱の中身を覗き見た。


「なっ、なんじゃこりゃ――――っ!?」


 箱の中を見て驚愕きょうがくした俺の叫びが、黒に染まりつつある住宅街に響き渡った。

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