第6話・妖精からの質問
学校へ行こう計画を始めてから、早くも二週間ちょっとが経った。
あれから俺と明日香は忙しい日々を送っていて、俺が学園へ行く日は事前に明日香へいくつかの課題を出し、休日は明日香の横について勉強を教えると言った毎日を送っていた。
珍しく自宅前を車一台すらも通り過ぎない静かな夜。
部屋に聞こえるのは壁時計の秒針が時を刻む音と、明日香の鉛筆をノートに走らせる音くらい。
「お兄ちゃん。これはどうやって解くの?」
「ん? あー、これはな、公式を使って解くんだよ」
質問をしてきた明日香に対し、俺は面積の求め方の公式を丁寧に説明していく。
「ああ、なるほど。そうやって答えを出すんだね」
明日香は俺の説明にウンウンと頷き、今度は自分で公式を使って問題を解き始めた。驚くべき事に明日香は、この二週間ちょっとの間で小学校四年生レベルの学力を身に付けていた。
元々高かった理解力などを考慮しても最低半年はかかると思っていたけど、明日香はその予想すら遥かに越えるスピードで知識を吸収している。
俺が思うに、この驚異的な理解力を強めているのは、明日香が持つ凄まじいまでの集中力にあると思う。あとは素直に知識を求めるところが、より理解を早めているんだろうと思える。
「はあ~っ、疲れたあ~」
明日香が机で勉強しているのを後ろで見ていると、サクラがフラフラしながら部屋に現れ、ブツブツとそう言いながら俺のベッドの枕に横たわった。
「お疲れ、サクラ」
「あっ、涼太く~ん。ちょっと羽の付け根部分をマッサージしてくれな~い? 結構飛び回ってたから、もう凝っちゃって凝っちゃって」
――俺に羽は無いから分からないけど、あれって使い過ぎると凝るんだな。
「涼太く~ん。はやく~」
「マッサージって言っても、どうやればいいんだ?」
「簡単だよ。羽の付け根に沿って、上から優しく指圧してくれればいいからさ」
――指圧ねえ……肩叩き以外のマッサージなんてやった事が無いけど、まあやってみるか。
「分かったよ」
その声を聞いて枕の上でうつ伏せになるサクラ。
俺はうつ伏せになったサクラの羽の付け根に人差し指を当て、そのままグッと押してみた。
「んんっ! 涼太君、もう少し優しくしてよー」
「あっ、悪い。これくらいか?」
俺は押す力を少し緩め、羽の付け根の上から下へとゆっくり滑らせる様に押していった。
「んんっ、そう、いい感じだよ……」
「おい。変な声を出すなよ」
「ご、ごめんね。でも、気持ち良くって……んんっ」
付け根部分を押す度にやたらと艶めかしい声を出すサクラ。
俺は別にやましい事をしているわけでは無いのに、やましい事をしている様な心境になってしまう。
そして俺はそのまま約十分くらいの間、サクラの羽凝り解消のマッサージをさせられた。
「あー! すっきりすっきり! ありがとね、涼太君♪」
こちらに現れた時とは違い、本当に爽やかで晴れやかな表情を見せるサクラ。
いくら世界が広いとは言っても、妖精の羽凝りマッサージをした事があるのは、おそらく俺だけだろう。
ちなみにこれは前にサクラから聞いた事だけど、サクラは
天界の奴等ってのはみんな、サクラみたいに適当な感じなんだろうか。
「あのさあ、天生神てどいつも羽凝りになったりするのか?」
「うん。結構多いんじゃないかなあ」
「へえー」
「ほら、天生神て女の子しか居ないから」
「ほら――って言われても、女の子しか居ないのと羽凝りと、何の関係があるんだ?」
そう聞くとサクラは、『もお~、エッチ~』などと言いながら頭の上を飛び回り、俺の頭をペシペシと叩き始めた。
――あー、鬱陶しいなあ……どこかにハエ叩きなかったかなあ。
「何でエッチになるんだよ?」
「そんなの、私を見たら分かるでしょ?」
「サクラを見たら?」
とりあえずグラビアアイドルの様なポーズをするサクラを見るが、頭の上から足のつま先までを見ても、さっぱりその理由が分からない。
「うーん……まったく分からんのだが?」
「もおー! ここだよ、ここっ!」
サクラは大きく手を動かしながら、自身の身体の一部分を指差した。
「胸?」
「そうそう!」
「胸が何なんだ?」
「だからあ、私みたいにおっぱいが大きい子は羽凝りが酷いの!」
「はあっ!?」
――あれだけもったいぶった挙げ句、オチがこれか?
そのあまりにもくだらない答えに、俺は思わず溜息を吐いた。
しかし疑問なのは、巨乳だと肩が凝るとはよく聞くけど、背中にも影響が出るものだろうか。世の中に居る巨乳の方に、是非ともお答えいただきたいもんだ。
ちなみに妖精の巨乳基準は俺には分からないけど、サクラには確かに深い胸の谷間があった事だけは言っておこう。
「お兄ちゃん、終わったよ。あれっ? サクラも居たんだね」
サクラとそんなやり取りをしていると、課題を終わらせた明日香がノートを差し出してきた。
それにしても、サクラが来ていた事にも気付いていないとは、相変わらず凄い集中力だ。
「よし。それじゃあ採点するか」
明日香からノートを受け取り、俺は席を交代してから課題の採点を開始した。
そして俺が明日香のやった課題全ての採点を終えた頃には、既に二十二時を過ぎていた。
「ちゃんと風邪をひかない様にして寝るんだぞ?」
「うん。おやすみなさい、お兄ちゃん」
明日香は眠そうにしながら俺からノート受け取り、それを持って自室へと戻って行った。
朝、昼と俺が出した宿題をし、夜もしっかりと課題をこなす明日香。理解も早いし努力もするし、教える側からすればとても教え甲斐がある。明日香はまさに、理想的な勉強家だと言えるだろう。
そんな明日香に対して満足感にも似た気持ちを感じながら、俺はいつもの様にパソコンの妹系ギャルゲーをやり始める。
「涼太君てさ、ゲームでも妹が好きなの?」
「まあな」
「それじゃあ、明日香とこの子、どっちが好き?」
ゲームを始めてから数分後。
興味津々な感じで画面を覗き込んでいたサクラが、突然そんな質問してきた。
「はあっ? そんなの比べられる訳無いだろ?」
「えー? 何で?」
「何でって……そもそも二次元妹と三次元妹を比べるってのが間違いなんだよ」
「そういうものなの? 妹って事は変わらないのに?」
――何を言ってやがるんだこの妖精は、全然違うっての。
「よし。この際だからサクラには、俺がそのへんについて詳しく説明してやろうじゃないか」
「おお♪」
サクラを机の上に座らせ、俺は妹講座を開始した。
それから時間が経つのを忘れ、俺はサクラに二次元妹と三次元妹の違いについて夢中で語ってしまい、気が付くとすっかり夜が明けてしまっていた。
「よ、夜が明けてるだと!?」
俺は妹講座を始めた事を激しく後悔しながら、もう絶対にサクラとこの手の話はしないと心に決めた。
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