2-6


 祖母の葬儀を全て終えると、すでに太陽は沈み、小さな町は闇に包まれた。

 ここには目の眩む背の高いビルなんてどこにもない。それどころか、建造物自体が少ないから暗い夜道を照らすのはポツポツと道路脇に立つ外灯位だった。

 この町の夜はこんなにも真っ暗だっただろうかと、父の運転する車の助手席に乗りながら夜の町を眺める。

 父は黙々と母の車を走らせる。自動車のバックミラーに目を向けると、少しだけ目の下を赤くして眠っている母の姿が映っていた。


「久しぶりだな」

 ふと、父が正面を向いたままそんな事を口にする。


「まだ言っていなかったけど、おかえり」

「うん」


 母の寝息と、父の声、僕の声が自動車の中で響く。


「最近はどうだ」


 父のその問いかけに、僕はどう答えればいいのかと言葉を見失う。

 最近は、最近はどうだろう。

 何を言っても適切な言葉ではないような気がして、僕は父のその問いかけに何も答えることが出来ない。


「こっちにはいつまでいるんだ?」


 いつまでここに留まるのか。どうだろう。祖母の葬儀はもう終わった。僕がこの町にいる理由はもうない。

 でも、この町を出て再びあの街に帰ったとして、果たして僕はどうやって生きて行くのだろう。見通しが全く立っていない。


「仕事はどうだ?」


 父のその言葉が、僕の心臓を締め上げる様だった。真っすぐ前を向いている父の横顔は、やはり母と同じように僕の知っている父よりも老けて見え、でもその瞳だけは昔と変わらず優しげだ。


「どう、だろう……」


 僕が大学を卒業した後、どんな会社に就職したのかは両親に伝えてある。でも、最近倒れて会社をクビになったことは伝えていなかった。

 夜というのは昼間のそれよりも僕を感傷的な気分にさせる。仕事を終え、今日も疲れたとため息をつきながら同じように暗い顔を浮かべる人で溢れる電車に乗る。家に帰ってシャワーを浴び、明日のことは考えずに深い眠りにつく。そんな生活はここ二、三年ほどのことなのに、これまで過ごしてきた全てを塗り替えてしまった。


「まあなんだ。色々大変だと思うけど、たまにはこうして帰って来いよ」


 父は一瞬瞳だけをこちらに向ける。そうして少しだけ口元を優し気に上げ、再び前を向くのだった。


「父さん、おばあちゃんの家ってまだ残ってる?」


 祖母の家。昔よく遊びに行っていた家。


「残ってるよ」


 父曰く、いつでもまた祖母が家で日々を過ごすことが出来るように、母が定期的に掃除をしていたという話だ。


「そう。ありがとう」


 窓の外に広がる真っ暗な道。その先に見えるのはゆったりと揺らぐ夜の海。

 昔のことなんてすっかり忘れてしまっていたのに、一度浮かび上がり始めた記憶の泡は止まることなく海面へ浮かび上がって来るのだった。

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