第62話 last case 探索編 6

「ぶっ飛ばすぜ!!」

「おう、頼んだぜ義明」


 良い子も悪い子も真似しちゃいけないスピードで、夜の街をタクシーが駆け抜ける。


「ところで、ホントに大丈夫なんだろうな!」

「ああ任せとけ。認識疎外の符をナンバーに張り付けておいた。これで人の目にも機械の目にもまともにうつりゃしねぇよ、その代り」

「事故る確率も段違いって訳だろ!その辺は任せとけ!公道最速の名は伊達じゃねぇよ!」


 タクシーは忍者顔負けのスピードで夜の街をかっ飛ばす。それが、普通の運転ならば、倫太郎も乗らなかっただろう。忍者脚力は車より早い常識である。

 だがしかし、義明の運転はその常識を凌駕するものであった。


「あわわわわ、義明さん、大丈夫なんですか」

「おうよ、美紀!しっかり捕まってろ!」


 義明は、左手薬指のリングを煌めかせながら左右に暴れるハンドルを握りしめる。それに声を掛けた助手席の彼女もまた、半透明の体にリングを煌めかせていた。


 幽霊に、交通事故もくそも無いだろう。倫太郎はそう思いつつも、揺れる後部座席で不動の姿勢を取る、たぐいまれなき忍者バランス感覚をもってすれば、F1カーさながらのアクロバティックな運転でさえ、母があやすベビーカーの如しだった。


「……くそ、待ってろよ」


 誰に宛てたとも知らない、倫太郎の呟きは、タイヤの軋む音にかき消されたのだった。





「ぬぅうううん!河童超忍法!大蛟おおみずち!」


 キュウリを2本も加えた洞ノ助が、上着を脱ぎ棄て筋骨隆々の緑肌を晒しながら地面に拳を打ち付ける。ドゴンと地面が鳴いたかと思うと、拳が抉った場所の手前より夥しい水柱が上がり、それは大蛇となって大きな咢を敵に向けた。


「ここは俺の家だ、ここは俺の故郷だ、ここに居るのは俺の家族だ、テメェらなんぞに奪われてたまるかよ!!」


 優作は、事務所の床下にこっそりと保管されていた、狩猟用?のM60機関銃を腰だめに構えてトリガーを引き絞る。耳を劈く爆音とともに、7.62mmNATO弾が600発/分の速度で敵陣に叩き込まれる。


「はっ、俺は美奈子さんを巻き込んじまった、洞ノ助の尻を蹴っ飛ばしに来ただけなんだがな。

 だが、だがな。てめえらのやり口が気に入らねぇってのは全く持って、同意するぜ。

 天狗超忍法!招雷武御雷てんのいかり!」


 洞ノ助とは逆に細身の体つきをした長髪の白髪男は、カッパファームと美奈子の窮状を聞きつけ様子を見に訪れていた、洞ノ助の旧友であり天狗忍者現当主である豊前天山とよまえ てんざんである。彼は、早九字を切った後護符を天に飛ばす、それは一瞬で夜空に吸い込まれたかと思うと、返す刀で極太の雷が辺り一面に降り注いだ。


「ブヒ!」「ブヒ!」「ブヒヒ!!」

「「「兄弟忍法!絶対無敵防護壁はがねのいえ!」


 豚山三兄弟は美奈子が眠り、鈴子が籠る河童家の周りに陣をひき、3方睨んで四股を踏む。ドゴンと地面を踏みしめる音が木霊すると同時に、3兄弟を結ぶ三角形の黒く輝く黒曜石の様な結界が現れ、銃弾一発、蟻の子一匹通さぬ守りがそびえ立つ。


 勝負は一方的だった、そう、一方的だ。


「くくく、はーーーーはっは!効かん効かんぞ田舎の猿共!その様なかび臭い魔術。全く持って期待外れだ!」


 爆炎が晴れた後に現れたのは、嘲笑と共に仁王立ちする短く刈り揃えた金髪の男と、全く無傷の数十人からなる小隊規模の敵陣だった。

三者三様、其々が初手から全力を持ち叩き込んだ攻撃は、しかしながら全くの無駄に終わったのだ。


「くっ、洞ノ助!奴らは何らかのカラクリを用いている!それを暴かぬ限り攻撃に意味は無いぞ!」

「分かっちょるわい、天山!じゃが全く無意味と言う訳ではない!少なくとも儂らが攻撃している間は敵の攻撃は抑えられちょる!」


 だがそれも時間の問題だろう、幾ら当主二人とは言え最大限の攻撃をそういつまでも続けていられる筈は無い、NATO弾にも限りはある。

カッパファームの攻防は防衛側のリソースが削れていく一方の展開を見せていた。





「にゃにゃにゃ!しっかり働くにゃ!この狸!」

「そうは言ってもこやつ等幻術対策は完璧なようじゃ!儂の十八番が封じられちゃ、打てる手はそうないぞ」


 マミ蔵と言う援軍を得た姫だったが、そのことが襲撃者の余裕を少しばかり拭い去ってしまった。

 敵の攻撃はより仮借なく、熾烈なものとなっていた。


 自らがそう言った様に、化け狸の得意とするのは、幻術などの精神作用系の妖術である。敵はそれによる同士討ちを最大の懸念としてみたのか、種々のプライズを用いて万全の防御体制を確立した上で襲撃をしてきたのだ。


「にゃッ!」


 姫は、呪いにより無用の長物となった左手を引きずりつつも、攻撃に当る。


「ほいッ!」


 マミ蔵は、勾玉の力で増幅された妖力で硬度を増した木の葉を操り、攻防自在の浮遊手裏剣とする。


 だがしかし、片手の姫では突破力が足りず、敵の陣営を崩すことが出来ず。硬くても軽いマミ蔵の木の葉手裏剣では攻防共に今一つの効果を発揮できずにいた。

 反面、敵の攻撃は速さを増すばかり、様子見を決め込んでいた、咲を確保している1班も攻勢に回り由紀子の部屋は前衛的かつ革新的なリフォームがなされていた。


「あわわわわ、お母様が、私の部屋が。こら!あかなめ!貴方何時まで気がふれてるの!」

「乳♪尻♪太っもっもーーーー♪」


 叫ぶ由紀子の声も理性を失ってしまったあかなめには届かない。それどころか、彼好みのわがままボディを持つマミ蔵が追加されたため益々もって絶好調だ。


 このままでは、遅かれ早かれ決着がついてしまう。2匹がそう思い始めた時だった。姫の鋭い耳が、本城家に近づくエンジン音を聞きつけたのだった。

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