第60話 last case 探索編 4

「貴様が、ザビエルとか言うふざけた奴か」


 金髪を短く刈り揃えた、いかにも軍人上りといった、精悍な空気を醸し出す男は、ザビエルに対し、吐き捨てるかのようにそう言った。


「Oh! チャーミングな男と言ってほしいでーすねー」


 しかし、この男にとってそんな蔑視など一山いくらの日常茶飯事。ブッダの顔も7の10倍と、さらりと受け流しつつ、まるで十年来の親友の様に親しげに肩を叩く。


「触るなうっとおしい」

「Oh! スキンシップはお嫌いでーすかー?」


 やれやれと大げさなジェスチャーをするザビエルに、その男は額に血管を浮かせながらも自分のペースを取り戻そうと話を続ける。


「貴様の事はボスから聞いている。しかし、今回の作戦は私に指揮を任されている、貴様はあくまでも道案内に過ぎないと言う事を忘れるな」


 言いたいことは言ったとばかりに、その男は部下たちの元へと去って行った。


「Hu、現金じつだんを山ほど使った本格進攻、とは言えご老体にとっちゃ何時ものお遊び。標的にされる人はたまったもんじゃないでしょうねー」


 ザビエルは生贄の河童を気の毒に思いながら、肩を竦めてあの男が乗ったヘリに急ぐのだった。





 倫太郎は、和孝が奏でるタイピング音とスパコンの駆動音をBGMに、先程明に『敵の目的は、河童忍者に伝わるプライズではないか』と言われた事を考えていた。

 そう考えると筋が通るのは、敵はカッパファームを人質にプライズとの交換を迫るつもりなのだろうか……。

 しかし、筋が通ると言うだけだ、費用対効果を考えると明らかに大赤字。自分が相手の立場だとすると、ちゃっちゃと盗んだ方が手っ取り早いと考えてしまう。

 最悪だが最良の場合は、唸る程の金を持ち合わせた暇人の、お遊びに付き合わされていると言ったケースだが……。


「出ましたよ、倫太郎さん」


 思考の海に潜っている倫太郎を、和孝の声が浮上させる。


「やぁやぁ、やっぱり凄いね君は。博士のスパコンとセットでうちと契約しないかい?」

「スカウトは後でやれ晴彦。それで、結果はどうだ」


 倫太郎と晴彦はモニターを覗きこむ。そこには十重二十重と開かれたウインドウが目まぐるしく乱舞していた、素人ならば、いやその道のプロでさえ溺れてしまう情報の海である。


「おい、訳分かんねぇぞ説明しろ、説明」

「はい、探索方法を説明しても仕方がないので結論から言いますね。

 結論は……正体不明です」


 落ち着いた顔でそう言いのけた、和孝を反射的にぶん殴ろうとした倫太郎を晴彦は長い付き合いの阿吽の呼吸で羽交い絞めをする。


「てめぇ、このクソガキなめてんのか!」

「まーまーまーまー、倫太郎。説明は最後まで聞いた方がいいと思うよ。

 和孝君も、野蛮人が相手なんだからあまり兆発しないでくれるとお兄さん嬉しいな」

「申し訳ございません。少々言葉が足りませんでした」


 和孝は焦った様子などみじんも無く、いつも通り落ち着いたままで言葉を続ける。


「ですが、正体不明なのは正体不明です。いや正確に言うと正体多数と言った所でしょうか」

「「正体多数?」」

「そうです、例のペーパーカンパニーから金の流れを追ってみたのですが、多数の分岐点を経て、世界中の口座へと正しくワールドワイドウェブさながらに繋がっていました」

「……それは仕掛けてる奴が世界中に居るって事か?」

「僕も始めはそう思いましたが、深く潜って見ますとその網の中にコアを発見することが出来ました。ですが、そのコアも一筋縄ではいきません。出発点や見る角度により別の正体を持った正しく正体多数としか言いようがない個人でした」

「なんだか、クソややこしく言ってるが、要するに敵は独りって事だろ?」

「そうですね、変幻自裁の姿を持つ個人です」

「……あっ、あれか!」


 和孝のその言葉に反応したのは晴彦だった。


「なんだお前、心当たりあんのか?」

「うん、とは言っても噂レベルでの話だよ? 欧州の裏社会に君臨する帝王。闇を総べる皇帝、現代の魔術王等々、山の様な渾名と力を断片的に振りまきながらも、決して正体を掴ませない人物がいるって話だ」

「……なんだそりゃ?」

「要するに、凄い深い所にいる黒幕って事。欧州あっちの知り合いから聞いた話じゃ、オカルト世界は元より、表の世界にも深く影響力を持っていて、此の世の富の半分はその人物の支配下にあるんだって」

「んな出鱈目な」

「勿論、表だってそんな事をしたら大混乱だ。だがらその人物は人知れず、尚且つ力を行使しているのに気付かれる事無く力を振るってるんだって」

「……ますます、都市伝説や陰謀論めいて来たな」

「因みに日本における彼の人物の渾名は鵺やぬらりひょんとかあるよらしいよ」

「鵺はともかく、ぬらりひょんなんざ、いつの間にか茶を飲んでるだけの妖怪じゃねぇか」

「あはははは、そこは水木しげる先生に敬意を表して妖怪の親玉って意味だよ」


 話が弾む二人に、珍しく表情を強張らせた和孝が口を挟んだ。


「あのー……僕、その人に喧嘩を売った事になるんですかねぇ」


 その言葉に、倫太郎はニヤリと笑ってこう答える。


「なーに、最初に売られたのは俺だ、お前はただの運命共同体ってだけだぜ」





「お義父とうさん、若様から連絡が来ました、どうやら敵は河童忍者のプライズを目的としている恐れが高いそうです!」


 鈴子の持つスマートフォンに送られた内容を、彼女は焦りと共に洞ノ助に伝えた。


「むぅ……ん?」

「いや、だからプライズが目的……って所で河童忍者のプライズって何なんですか?」

「んっ? 鈴子は知らなかったか。まぁお前にはあまり忍者の道には深入りさせなかったからな。

 そうだな、お前にも教えておくか。河童忍者のプライズとは――」





 夏の長い日が落ちて、蒸し暑い夜がやってくる。姫はエアコンの効いた由紀子の部屋でセミの鳴き声バックにラジオから流れる新感覚暗黒系姉妹アイドルの歌を聞きながらスヤスヤと眠りに付いていた。

 ピクリと、姫の耳が傍立った。


「おい、人間にあかにゃめ」

「どうしました、姫さん」「何ですか、お客人」


 勉強の手を止めて、由紀子がベットで眠る姫の方を振り向くと同時に、部屋の天井からぬるりと黒い影が実体化する。


「客は客でも招かれざる客と言う族がご登場だにゃ。偶には倫太郎の読みも当たるもんだにゃ」


 姫はそう言うと人型に変化し、爪を光らせたのだった。

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