第40話 case6 探索編 2
「どう、鈴子ちゃん。久々に会心の出来だわ」
「おぉう、少女はみんなシンデレラ」
小一時間ほど待たされた鈴子を待っていたのは、シンプルながら美しく研ぎ澄まされた綾子であった。
そのあまりな変貌ぶりは、思わずとち狂った感想を漏らしてしまうほどだった。
元の素材は良いと思っていたが、もはやこれほどとは。鈴子は少女の若さと可能性に嫉妬のボヤが起こるのを何とか抑え、表面上は平静を取り繕う。
それは、スタイリストの腕と天然素材が生み出した奇跡のマリアージュだった。
野暮ったく、樹海の様だった長く暑苦しい長髪は、極上の墨が優しく流れる、清く静謐な清流へと。
隈がひどく、この世の全てを呪う地獄の様に濁った瞳は、それ自体にさほど変化はないものの、眉毛と睫毛などの外堀を整えることで、闇の中にも光が見える程度まで上向いている。
いや、むしろその未完成さが、嗜虐心を保護欲へと変換するのに手助けをしていた。
「いやー、綾子ちゃんきれいになったねぇ」
「元の素材がよかったのに、ほとんど手が入っていないバージンスノー状態だったからね。いやー、腕の振るいがいがあったわよ」
自信満々で達成感に浸っているスタイリストの笑顔に、綾子も薄く頬を染めて、か細い感謝の声を漏らす。
それを見た鈴子は、
「ほーん、やっぱりビンゴか」
「ええ、船頭町家は由緒正しい狗神の家系よ。データベースを漁ったら直ぐにヒットしたわ」
「にしても、狗神なんて面倒くさいものに関わっているのね」
「まー、今回は特別だ。俺だって好き好んで関わっている訳じゃねぇよ」
「嘘だにゃ~、絶対こいつ調子に乗ってるにゃ~」
「喧しい! 黙ってろこのクソ猫!」
遠くから聞こえる、姫の声に翔子は苦笑いを漏らす。変わり者同士どうやら仲良くやっている様だ。
しかし、狗神の呪いは一説では日本3大呪法にも数えられる大技。その大家である船頭町家と関わるのはリスクが大きすぎるが……まぁ彼に言っても無駄な事だろうと、彼女は言葉を飲み込んだ。
「けど、船頭町家の長女相手にいったい何を企んでいるのかしら」
「企んでいるなんて人聞きの悪い。俺は嬢ちゃんの願いをかなえてやろうってだけだぜ」
「願いって?」
「おーっと、それは守秘義務ってやつだ。まぁいずれ目にする事があるかもしれんな」
そう言いながら笑う倫太郎の思わせぶりな含み笑いで、二人の会話は終わったのだった。
美容室に寄った後、鈴子は当初の予定を変更し、アパレルショップを始め綾子を様々な場所に連れ歩いた。
それは、着せ替え人形を着飾る楽しさに似ていたが、傍から見る分には明るい姉と、それに振り回される寡黙な妹と言った、仲の良い姉妹のようにも見えた。
「ところで、綾子ちゃん。貴方どうしてアイドルなんて目指してるの?」
ランチに立ち寄った喫茶店で、鈴子は確信とも言える質問に切り出した。
「……私も輝いて見たかったから」
最初は警戒心に溢れていた綾子も、今までの付き合いで大分とげが取れたのか、その、敏感な質問に対し、そうポツリと漏らす。
「そっかー、まぁ憧れちゃうよねー、あの世界には」
「……私の
一転表情を曇らせ、俯きながら絞る様に繰り出したその答えに、鈴子はある事に気が付いた。おそらく綾子は
もしかすると、彼女の立場は名実ともに倫太郎と同じなのかもしれない。古くから繋がる伝統を継ぐのが重荷で、そこを飛び出してきたのかもしれない。
まぁ倫太郎の場合は、見た目が嫌だからと言う至極どうでもよく、それでいて根が深い理由だったのだが。
「綾子ちゃん、わたしは孤児だったんだ」
「……え」
「まぁ、孤児って言っても、物心ついた時には、倫太郎さんの両親に見受けしてもらって。何不自由なく暮らしたんだけどね。
そんなわたしがお家の伝統についてあれこれ言うのはお門違いかも知れないけど。
綾子ちゃんの人生は綾子ちゃんの物なんだから、貴方が好きなようにやってみるのもいいんじゃないかな。
本気でやっていれば、きっと誰かが応援してくれるよ」
「……鈴子、さん」
柄にもない事を言ってしまったとばかりに、頬を掻く鈴子に、綾子は羨望の眼差しを向け――
「そんな女の言う事を聞いてはいけませんお姉さま!」
綾子の紡ごうとした言葉は、一人の少女の声にかき消されてしまったのだった。
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