第39話 case6 探索編 1
「引き受けたからには、やれるとこまでやりますよ」
倫太郎から離れたくないと愚図る綾子を、無理矢理引き離した鈴子は、まず、彼女を美容室に叩き込むところから開始した。
極貧のフリーター生活を送っていたと言う彼女は、髪は自分で何とかしていたと言って、何ともなっていない髪をいじいじと弄って、俯きながらそう言ったことが原因だ。
身に沁みついた不幸オーラは隠せずとも、せめて付け焼刃でも、清潔感の一欠けらぐらいは身に付けないと、スタートラインにすら立てないとの判断だった。
負のフォースは打ち消しつつも、折角の長髪を生かすところは生かす。とは言え、今回は出世払いのボランティアの、依頼とも言えないお願いやお悩み相談と言うレベル、こちらの懐もそれほど温かいわけではない。と言う訳で、スタイリストへの要求は、素材を生かさず殺さず、出来るだけお安くプリーズ、と言うことになった。
綾子をスタイリストに任せた鈴子は、そっと席をはずし、倫太郎と連絡を取った。
あの倫太郎が何の理由も無く、唯の義侠心でホームレス少女を預かったとは思えなかったからだ。何か理由があるはず、いやあってくれないと倫太郎が唯のロリコンの誘拐者となってしまう事を危惧しての連絡だったのだが。
「おう、今ウチのどら猫に確認を取ったが、やっぱり臭いそうだ」
「臭いって、何の匂いです?」
「にゃー、あれからは、犬畜生の匂いがしたにゃー」
少し離れたところから、もう一人の社員である猫又
「犬?」
「ああ、狗神付きってとこだな、それが呪いかどうかまでは分かんねーがな」
狗神とは古くから伝わる呪術の名前だ。動物愛護法?なにそれプゲラな凄惨極まる方法により作成されたその呪いは、恐るべき効果を発揮する。もしあの時倫太郎が酔客をあしらわなければ、酷い有様になっていた恐れがあったと言う事だ。
「そんなものが、綾子ちゃんに掛けられているんですか?」
あの不幸オーラは、その呪いを背負っているからだろうかと鈴子は不安になる。
「そこら辺が、微妙な所だ。狗神の呪いってのは憎い相手を呪い殺すことから、自分の小間使いの様に使うところまで幅広い。
今翔子に連絡とって船頭町家が狗神付の家系じゃないか調べてもらっている所だ」
業界大手の興信所と言う表の顔だけでなく、多数の構成員を抱える天狗忍者の出先機関の顔を持つ豊前シークレットサービスならば、その情報を最初から掴んでいてもおかしくはないだろう。
「ふーむ、結構難しい問題なんですね」
「まぁな。だが、基本的には狗神ってのはきちんとした契約を結ばないと、容易に飼い犬に手を噛まれる呪法だ。だから彼女が無意識に使役している可能性は低い」
「となると、呪いが掛けられているのはほぼ確実で、その目的が何なのかって所ですか」
「そーいう事、そんじゃ俺はこっちの方を当たるから、お前は現実の彼女と向き合ってくれ」
「その言いぐさはどうかと思いますが、まぁ微力を尽くしますよ。
ところで、倫太郎さん」
鈴子は、密かに抱えていた疑問をぶつける。
「ん? なんだ?」
「今回は無報酬だと言うのに、嫌に精力的に働いてますね、もしかして、もしかしませんよね?」
「あほ言うな、俺はただ人生の先輩として、親のむこうずねを蹴って、たった一人で世の中の荒波に漕ぎ出そうって言う、嬢ちゃんの応援をしているだけだ」
成程、彼は少女に過去の自分の面影を見だしているのだろう。鈴子はそう思い、通話終了ボタンに指を伸ばすのだった。
通話を終えた倫太郎は、愛用の煙草に火をともした。姫はその煙を鬱陶しそうに鼻をひくつかせると、一言こう言った。
「それで、本音はなんだにゃ?」
倫太郎は煙草を一息ふかし、深く椅子に背を預けた、たっぷりと勿体付けた後こう言った。
「俺は人を見る目はあるんだ」
「そにょ心は?」
「あの嬢ちゃんは金になる。
今は全力でマイナス方向に舵が振り切れちゃいるが、あの人を引き付ける歌声は本物だ。
何かのきっかけで、その歯車が合っちまえばその爆発力はとんでもない事になる事は間違いない」
「にゃー、そんなにうまくいくかにゃ?」
「確かに賭けではあるがな、だがそんなに分の悪い賭けでもないと思うぜ。
それに、負けたとしても嬢ちゃん一人の勤め先探す位わけがない」
「にゃー、やっぱりこの男ダメダメだにゃ」
「はーはっはっは、何とでも言えこの化け猫」
馬鹿笑いをする倫太郎を見ながら、やっぱり今回も駄目そうだにゃと、思う姫なのであった。
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