case6 なんてったってアイドル!

第37話 case6 導入編 1

 4年に一度の全世界的スポーツイベントと言えば、オリンピックと双璧を成すのがワールドカップである。

 日本は、下馬評を覆し、奇跡的な活躍を見せており、町は大いに盛り上がっていた。


 だが、そこに。盛り上がりとは真反対にどん底の顔をした男が一人、我らが忍者探偵、河童倫太郎かわどう りんたろうその人であった。


「あーくそ、うぜぇな。こいつら一体何が楽しいんだか」


 夜の繁華街、町往く人は皆日本代表の勝利に浮かれていた。そんな嬌声響く町中を、倫太郎は所用をすまし、自宅兼事務所である、河童かわどう探偵社に戻るところだった。

 ところが、その片隅からこの世の地獄の様な歌が響いて来たのだった。


「ララ♪

 私は独り~、今日も~歌う~♪

 この世の~果てで~世界を~呪い~♪

 朱い~マッチに~歌を~灯し~♪」


 おいおい、随分と気合の入った姉ちゃんだな。と、倫太郎はその少女を横目で眺める、長いストレートヘアーを垂れ下がした少女は、アコースティックギターを寂しげに鳴らしながら、歌う、歌う、歌う。

 何時もと違う時間、いつもと違う道を通っているのが、運が良かったのか悪かったのか、倫太郎は独りの少女と出会ったのだった。

 リズムは昔懐かしいフォークソングのメロディだが、歌う内容はデスメタルもかくやと言った、ドン引きの内容。その二つが相まって、浮かれ気分を地の底まで引きずり落とすその歌に、当然と言えば当然ながら、酔客たちがクレームを付けて来た。


「おいおい、姉ちゃん。んな辛気臭い歌、歌ってんじゃねぇよ。どうせ歌うならもっと上がる歌にしとけよ」

「そうだぜ、姉ちゃん。あの強豪国相手に、日本が奇跡の逆転勝ちした記念すべき夜なんだぜ!」


 だが、少女はそんな酔っ払いの声なぞ1mmも耳に入らないと言った様子で、相変わらず不幸のオーラをまき散らしながら、まるで悪魔召喚の儀式でもしているかのように、この世の全ての負の感情を詰め込んだような歌を歌い続けた。


「おい! 聞いてんのか姉ちゃん!」


 アルコールにより、理性のタガが緩んでしまっているその男は、少女の態度に我慢が出来なくなったのか、よせばいいのに実力行為に及んだ。少女のギターに手を伸ばしたのである。


「何……するんですか」


 演奏が止み、歌声の代わりに、少女の口から出て来たのは、囁くような抗議の声だった。その、嗜虐心を煽る様な声と態度に、男の行為はますますエスカレートし、ついには少女からギターを取り上げ、じゃかじゃかと玩具にする始末。

 周囲に居る者たちも雰囲気にのまれ、適当にあおったり、揶揄しながら止めるふりをしたり、スマートフォンのカメラを向けたりと、少女の味方となる人は誰もいない空気だった。

 そう、この男以外には。


「うおーーーおーおーー……ってあれ?」


 少女から奪ったギターをかき鳴らし、気分良さそうに歌っていたはずの男の手からいつの間にかギターは消えていた。


「おらよ、落としもんだ」


 倫太郎は、そう言うと、男の手からすり取ったギターを元の持ち主へと返却した。


「だが、嬢ちゃんも気を付けるんだな。この世にはTPO的な奴ってあるだろ。酔っ払いたちに聞かせるには、嬢ちゃんの歌はちと高尚すぎる」


 茫と、少女はその差し出されたギターを長い前髪の向うから眺めていた。


「おいおっさん! かっこつけてんじゃねぇぞ!」


 一方、酔っ払いは、場のテンションに任せるままに、倫太郎に食って掛かる。だが、一般人、それも酔っ払いの相手など、倫太郎にとっては、赤子の手をひねるどころか、人形の手をひねる様なものだ。

 伸ばされてきた手をかわしざまに、男の首筋に軽く一撃。スローモーション再生でも達人じゃなきゃ見逃してしまう様な手刀を繰り出して、男を眠らせた。


「俺も、おっさんって呼ばれる年になっちゃったねぇ。

 あーそこの連れの人、この人酔っぱらってるのに激しく動くもんだから眠っちゃったみたいだけどどうする?置いてく?」


 煽りとも取れる倫太郎の発言だが、その無駄のない動きに気圧されたのか、男の仲間は、気を失った男を担ぎすごすごと退散していった。騒ぎが収まった事に拍子抜けたのか、周囲のギャラリーも三々九度と散っていく。

 そして、残ったのは、倫太郎と、未だに彼を眺め続けている少女だけだった。


「あのー、いい加減重いんだけど、受け取ってくれない?」


 倫太郎がそう言っても、少女は茫としたままだったが、暫く立って我に帰ったのか、ギターを受け取ると。


「…………わ」


「わ?」


「私の王子様!!」


 と言い、倫太郎に抱き付いて来たのだった。

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