第32話 case6 導入編 2
「嫌だ、面倒」
「「…………」」
「にゃ~」と、室内を支配する沈黙の海に、猫の鳴き声が空しく響いた。
倫太郎は応接ソファーの上座にふんぞり返り、平和通和孝の依頼を一蹴していた。
「あのー、若さっ、倫太郎さん? 理由をお聞きしても?」
笑顔のまま固まる和明の代わりに、鈴子が質問を繰り出した。
「言っただろう、面倒だって。それが理由だ」
「……もしかして、以前の事を根に持っているですか?」
「それも無いではないが、こいつ等の事信頼出来ねーんだよ」
「それは心外ですね、僕たちが持っているカードは全て開示しています。もしかして、依頼料がご不満なのですか?」
「ばっばかやろう、そんなこたーないのぜ! お前らが、後付け知能で荒稼ぎしてるのを羨ましく思ってなんか無いのぜ!」
「……若様、考え方がしょぼすぎます」
「うっせー、うっせー! 溢れるほど金持ってる中坊なんざどこのおとぎ話だ! そんな奴ら大っ嫌いだ!」
「お金なんて持ってるとこから搾り取ればいいじゃないですか!
せっかくの依頼なんですよ、受けときましょうよ」
「うるせー! 大体中坊の与太話なんざまともに聞けるかってんだ!」
「だから、お金持ってる中学生なんですって! お金に罪はありません!」
「……、どうやら話がこじれてしまったようですね」
ぎゃーすか、ぎゃーすか口論を続ける二人を前に、和孝はため息を漏らす。こじれてしまったのは、倫太郎の感情なのだが、結果としては同じことだ。
和孝は「またお邪魔するかもしれません」と言い、資料を残したまま、事務所を後にした。
「まったくもー、折角の依頼だったのに」
鈴子はぶつくさと文句を言いながら、来客用食器の後片付けをする。
今日も今日とて、事務所は火の車。
帳簿整理が仕事の鈴子としては、どんな仕事でも受けときたかった所だ。
「知るか、ガキの遊びに付き合ってられるか。ハードボイルドは暇じゃねーんだ。一応博士には警備を強化しろと伝えとけ、それでこのお悩み相談は終わりだ」
むくれた、倫太郎はそう言ってタバコを吹かす。
「大体な、金じゃないんだよ、金じゃ。ハードボイルドを動かすのは誠意のこもった言葉だ。あの小僧にはそれが足りねぇ」
「彼は実験の副作用で天才になっちゃったんでしょ。倫太郎さんの馬鹿に磨きが掛かって見えるのもしょうが無いじゃないですか~」
「誰が馬鹿だ! ハードボイルドと言え!」
はいはいと鈴子が気のない返事をしつつ、置きっぱなしの資料をぺらぺらとめくる。そこには、賢者の石を探っている容疑者の外見が記されていた。
「大体なんだ、ピンクのカタツムリを被った人間って、そんな怪しい奴が探ってたら目立つって話じゃねぇぞ」
「あははは、そうですねぇ」
鈴子がそう相槌を打ったところだった。「にゅ?」と昼寝に勤しんでいた姫が鳴き声を上げる。
それに気づいた倫太郎が事務所のドアに目をやった瞬間だった。事務所のドアが控えめにノックの音を響かせた。
「あれ? 来客の予定ってありましたっけ?」
そう言い、鈴子はドアに向かう。倫太郎はそれを押しとどめようとするが、時すでに遅し。
鈴子が慣れた手つきで、ドアを開けた向こうに待っていたのは、体長1.5m程で、ピンク色の甲殻類の様な姿で、渦巻き状の楕円形の頭部にはアンテナの様な突起物をいくつも生やし、カギ爪の付いた手足を多数持って、背中には一対の蝙蝠の様な羽をはやした生物? だった。
「みぎゃーーーーーーー!!?!?!?!!!」
その生物を目撃した鈴子は、ダッシュで戻り、倫太郎の影に隠れる。
倫太郎は鈴子を庇うように立ち、臨戦態勢を整えた。
じりじりと、焦げ付くような緊張感が事務所に張り詰める。一触即発の空気を切り裂いたのは、その生物だった!
「あのー、河童探偵社はここで間違いないでしょうか?」
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