第33話 case6 導入編 3

「依頼だぁ?」

「はい、そうでございます」


 その生物は、奇妙に節くれだった体を、器用にソファーに収めると、気弱そうな口調でそう語り出した。


「ひやあああああしゃべったぁあああああああ!?!?!!!!?」

「いや、その下りはもういいから」

「あぁあぁ、申し訳ございません。こんな外見ですがどうかお気を確かに」


 驚きのあまり、倫太郎にしがみつき、今にもテーブルに有った灰皿を投げつけようとする鈴子に、倫太郎はうっとおしそうにそれを宥め、その生物はオロオロと申し訳なさそうに頭を下げる。


「むぅ、にゃんだか面白そうな奴が来てるにゃ」


 その様子を窓辺でずっと眺めていた姫は、あくびまじりにそう呟く。


「ひゃあああああしゃべったあああぁあああぁああああ!??!??????!!」

「お前もかよッ!!」





 混乱していた、鈴子とその生物を精神分析(物理)で落ち着かせた倫太郎は、改めて会話を再開する。


「そんで、一体アンタ? は何者なんだ?」


 疑問符増し増しで倫太郎はその生物に尋ねる。


「あっはい、私はミ=ゴと言う種族です。個体名の発音は難しいのでミ=ゴ次郎とでもお呼びください」


 そう言ったミ=ゴ次郎は、背中の羽をパタパタと振りながら、どこからか取り出した名刺を差し出す。

 そこには冒涜的な直線と精神に不調をきたす曲線で彩られた、奇怪な文字の様なものが踊っており、その上にはミ=ゴ次郎と読み仮名が打たれていた。


 倫太郎はその名刺を受取るも、興味なさそうに、机の片隅に置いた。


「そんじゃー、ミ=ゴ次郎。聞いてほしい事ってのは何なんだ?」

「わっ若様!? こんな怪しい生物? の依頼を受けるなんて正気ですか!?」


 鈴子は倫太郎の背後に隠れたまま、ぐわんぐわんと倫太郎をゆする。


「にゃしししし、落ち着くにゃ鈴子。こんなに面白そうなことはそうそうないにゃ。取りあえず話だけでも聞いてやるにゃ」


 興奮した鈴子の背後から、人間形態になった姫が音も無く近づいたと思いきや、鈴子の耳に吐息を吹きかけ、胸を揉みしだく。


「うひゃほほぅ!?!?」

「にゃししししし、落ち着いたかぇ鈴子」


 姫はそう言うと、倫太郎の隣にどかりと座りいかにも偉そうに足を組んだ。


「それで、にゃんだって? この海老の妖怪が今回の依頼者かにゃ?」

「海老ではないのですが、その通りでございます」


 ミ=ゴ次郎は姫にも名刺を渡すが、姫はそれには興味を示さずに、話を進める。


「はい、私がご依頼したいのは、最近この辺りで発見された賢者の石と呼ばれる鉱石についてです」

「賢者の石……ですか」


 鈴子は倫太郎を横目で見る。

 正に、和弘からの資料に有ったその犯人が、直々にこの事務所を訪ねてきた事となるのだ。

 倫太郎は鈴子に目くばせをかわした後、姫に視線を送る。この場は姫に会話を任せ、自分は横でその真偽を確かめる。妖怪?の相手は妖怪にさせる腹積もりと言う訳だ。


 姫はその視線を受け、ニヤリと口角を歪ませる。ペットさがしなど飽き飽きしていたところだ、面白い事の為ならば、多少は空気を読む姫だった。


「貴様は、にゃんの為に、その石とやらを探しているのにゃ?」

「商売と言うか、性質と言いますか。

 我々ミ=ゴの文化は鉱石を中心に回っております、そもそも故郷から遠く離れたこの地球にやって来たのも珍しい鉱石を求めての事でございまして」

「にゃんと、貴様は妖怪ではにゃく宇宙人とにゃ?」

「はい、証明しろと言われても難しいのですが……」

「いや、大丈夫です。地球上に貴方の様な生命体は存在していません」


 倫太郎にしがみついたままの鈴子は、自分の正体について弱々しく発言をする、ミ=ゴに小声で突っ込みを入れる。

 それに対して、ミ=ゴ次郎は、小さく頭を下げた。

 この宇宙人、奇怪な外見の割に妙に気が弱くて礼儀正しい人だと、鈴子は思い、さっきからの自分の態度を少し反省する。まぁ本能的な恐怖感からくる体の震えは、そう簡単には収まらないのだが。


「ふみゅ、それで、その石とやらを見つけたら貴様はどうするつもりにゃ?」

「勿論、お譲りして頂けるように交渉いたします。

 文献にある賢者の石と同様の物でしたら、その貴重さはダイヤなどを遥かにしのぎます、それでは何よりも手に入れたい。

 もし所有者が望むのなら、私が見つけた、人の手が入っていない鉱山を譲り渡してもいいと思っています」


 そう言い、ミ=ゴ次郎は、興奮した様子で鉤爪をカシャカシャと鳴らす。もし目が有ったら、そこから炎が出ているくらいの勢いだった。

 だが一変、しょんぼりと肩を落としてこう続けた。


「しかし、私はこの外見です。例え私が探索したとしても、先ほどの鈴子様の様な反応が返ってくるばかりでしょう。

 そこで、ご相談があるのです! 私の代わりに何卒賢者の石探索にお力を貸して頂けませんでしょうか!」


 そう言って、ミ=ゴ次郎はグルグル頭をテーブルに押し付ける。頭部に生えた触手も全て首を垂れるおまけつきだ!

 その姿勢を前に、2人と1匹は顔を合わせる。

 このミ=ゴ次郎の話が真実ならば、先ほどの和孝との話と合わないからだ。その疑問を解決するため、倫太郎が口を開く。


「なぁお前さん、お前さん自身はその石の探索を行っていないのか?」

「はい、自分が人間にどうみられるかは承知の上です。今回ここをお尋ねしたのは、名前は伏しますがとある親切な方のアドバイスによるもので、それまでは近所の山でどうしたものかと頭を抱えていたものでございます」


 やはり、話が違う。和孝の話では、ミ=ゴと思われる生き物が賢者の石を探して、この町で夜な夜な探索を行っていたはずだ。

 2人と1匹が黙り込んだのを見て、ミ=ゴ次郎は何か思い当ったのかバサバサと翼をはためかせた。


「まっ! まさか!!」

「うぉ! どうした?」「うひゃあ!!!」「みゃ!」


 奇声を発する、ミ=ゴ次郎に探偵社のメンバーは驚くも、彼は構わず先を続ける。


「もしかすると、ミ=ゴ太郎がこの件を嗅ぎ当ててしまったのかもしれません!」

「ミ=ゴ太郎ってなんだよそりゃ」

「はい、ミ=ゴ太郎とは、私の実の兄のことです。兄は私と比べて多少乱暴でございます。早く手を打たないと、短気な兄は強硬手段に打って出るかも知れません!」

「強硬手段とは?」

「それは、私の口からはとても言えません。兎に角急がないと!」


 焦った口調のミ=ゴ次郎に対し、鈴子が倫太郎にストップをかけた。


「若っ、若! なんかやっぱり胡散臭くないですか」


 表情その他一切のモノを読み取ることは不可能だが、怪しさで言ったら、前の客である和孝とどっこいどっこい。信頼に足る基準と言うものが全く測れない。


「まぁ、正直俺も宇宙人の心理を読み取るなんざできっこない、胡散臭いのは同意するが……」


 揺れ動く、二人の心理を決めたのは、次にミ=ゴ次郎が繰り出した、たった一つのシンプルな答えだった。


「依頼料として、その石と同重量のダイヤモンドをお出しします。どうかこの依頼お受けください!」


 その言葉と共に差し出された、前金代わりのダイヤモンドの輝きに、二人は飛びつきこう言った。


「「その話お受けしましょう!」」

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