第30話 帰国の後で
お腹の中で魔力が動く。子供が魔力を放出しているのだ。深呼吸をして気分を落ち着かせる。
「こら、そういう事をするとお前の母上が辛いだろう?」
オイヴァが麗佳のお腹を撫でながら子供に注意している。麗佳はそれを聞いてくすくすと笑った。
「きっと、この子も十日間緊張していたんでしょう。せっかくのびのび出来るようになったのだから魔力の放出くらい許してあげましょうよ」
「でもお前に負担がかかるのはどうかと思うぞ」
「オイヴァは過保護すぎですわ。薬飲んでるから大丈夫よ」
もう呆れるしかない。まだ妊娠初期の段階からこんなに心配性では、もっときついらしい妊娠後期はどうなってしまうのだろう。
一つ息を吐いて目を閉じる。そっとオイヴァが抱き寄せてくれたのでそれに甘える事にした。先ほどは大丈夫だと言ったが、やはり多少は体に負担がかかってだるいのである。それは昨日までの緊張の糸が切れたという事も原因なのだろう。
そうして甘えていると、オイヴァが小さく、でも楽しそうに笑っている。
「どうしたのです?」
そっと目を開けてオイヴァを見る。
「いや、昨日のヴィシュ使節団の唖然とした様子を思い出してな」
その言葉で昨日の事を思い出し、麗佳も吹き出してしまった。
勇者の召喚の件で、オイヴァはヴィシュの使節団として入ってきた者全員を返す事に決めた。
なので、最後の舞踏会の時に隠密を全員幻影で惑わし、一室にまとめて閉じ込めてから、次の日の使節団の見送りの時に、『お忘れ物ですよー!』とばかりに彼らを連れて来たのである。
思いがけない『同郷の人間』を見て呆然とする者、『この人達は誰?』と訝しむ者、事情を察して諦めの表情を浮かべる者、いろんな反応の人がいた。あれは確かに滑稽で、そしてとても胸がスッとした。
そしてヴィシュ使節団は隠密も全員ヴィシュ王国に魔法陣で返されたのである。
これで麗佳達も安心して日常生活に戻れるのだ。
とはいえ、麗佳は体調がよくないので、なるべく安静にするようにしている。今はオイヴァが一緒にいるから中庭に出られるが、そうでなければずっとベッドで休んでいなさいと言われている。
退屈防止のために、侍女がわざわざ図書塔から本を持ってきてくれるくらいだ。
きっと、部屋に戻れば、机の上にまだ読んだ事のない画集があるのだろう。どんな絵が載っているのかワクワクする。
これも全部ヴィシュの王族が帰ってくれたからだ。本当に追い返してくれた臣下達には感謝しなければならない。
「とりあえずお前はこれからゆっくり休まないとな」
オイヴァが頭を撫でながら甘やかすような声でそう言ってくる。その声がくすぐったくてつい笑ってしまう。
「……万全な体調で妊娠発表をしなければなりませんからね」
恥ずかしさを隠すために、つい可愛らしくない返答をしてしまった。
「そうだな。私達の幸せな姿を国民達にしっかりと見せないとな」
だが、オイヴァは気にしていないようだ。だから『そうね』と言って素直になる事にした。
それにしても、オイヴァがこんなに過保護なのはやはり麗佳の事をかなり心配しているのだろう。きっと先代王妃が、オイヴァの母親が亡くなった時の事が忘れられないのだ。
わたくしは大丈夫よ、という言葉はあえて言わない事にした。不安に気づいている事はわざわざ言わなくてもいい。
だが、そう思ったタイミングで、お腹の赤ちゃんが軽く魔力を放出してきた。胎児は母親の心の声に反応するのだろうか。
ママと一緒に頑張りましょうね。
麗佳はお腹の中の子供に心の中でそう呼びかけた。
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