第19話 プロテルス公爵の悪あがき
「……まったく」
オイヴァはレイカの状況を見ながら苦笑をしていた。
そのうちに笑いが漏れて来たので遠慮なく、くつくつと笑う。安心したせいか気が緩んでいるのが自分でも分かる。
「陛下」
宰相が小声でそっとたしなめて来る。あなた様は今玉座に座っているのですからもっと威厳を持って下さい、という事だろう。
静かに姿勢を正す。
今の謁見室にはオイヴァと信用出来る臣下しかいない。捕らえたものは全員牢に追いやった後だ。
だからリラックスしてもいいはずだが、宰相としてはそれは許すわけにはいかないのだろう。
オイヴァはここでレイカが戻って来るのを待っている。今日は一日中でも待てるように仕事も調整したのだ。
それにしても『待つだけ』というのは辛い。ある程度ピンチになるまでバックにいるオイヴァは手出しは出来ないのだ。
「陛下、ウティレに遠隔から魔力回復をかけておきました」
ウティレのサポートであるユリウス・ラヒカイネンが報告をあげる。オイヴァは『そうか』とだけ答える。
この場には今、出かけている者達のサポート役がそろっているのだ。いつでも助けられるために、この場には、大きな魔法映像で彼らの様子が映し出されている。
レイカは先ほどまでヴィシュの王の手先の放った魔術の対処をしていた。互いに使っていたのがどんな術なのか映像だけでは分からなかったので、後で本人から報告を聞く事にする。
それにしても魔術が放たれた時は焦った。思わず玉座から立ち上がるほどだったのだ。
「まったく、不安にさせやがって」
小声でひとりごちる。
無事で良かったと思う。でも、まだ心配なので映像から目は離さない。
その時、レイカが通信魔道具を作動させた。
「どうした? 王妃」
オイヴァはすかさず話しかける。こうやって通信が繋がった事を嬉しく思う。だが、態度は崩さない。
——先ほど起きた事を簡潔に報告させていただきます。詳しい事は戻ってからになってしまいますが、よろしいでしょうか?
それほど緊急を要する事なのだろう。
「ああ。何だ?」
——ヴィシュのアーッレ陛下はわたくしを攫った上で、わたくし専用のあの剣を作ろうとしていたようです。術師がいた場所が剣作りの魔道具のある部屋のようでしたから。彼らはそれで魔王陛下を脅すつもりだったのでしょう。『要求を飲まなければこの女の命はない』などと言って。
「何だと?」
あまりにも重い話にその場にいた者全員が息を飲む。最悪な場合の一つとして予想はしていたが、本当にやるとは思わなかった。
あの男達は本当に馬鹿だ。そうしてこちらを怒らせるのがうまい。
——ですからプロテルス公爵がそちらに来る可能性が高いです。魔王陛下に報告をあげてアーッレ陛下の元に連れて行く者が必要でしょうから。
それは間違いないはずだ。
——わたくしもベルマン侯爵の保護を急いで終わらせて、なるべく早くそちらに合流するつもりですが、もし間に合わなかったら申しわけございません。
「よい。あまり焦る必要はないぞ。公爵が来たらこちらで対処しておくから」
少なくともそういう事があれば、公爵は城内に入った瞬間に捕らえられるのは間違いない。彼が逆賊だという事はこの城にいる者全員が知っている。
——陛下のお手を煩わせてしまって申し訳ございません。
「構わないよ。私も一緒に戦っているのだから」
——ありがとうございます。
お互いに微笑み合う。会話は和やかに終わろうとしていた。
だが、そうはならなかった。
「陛下!」
騎士の一人が謁見室に駆け込んで来る。許可もとらず入ってくるのは緊急事態か、暗殺目的かのどちらかだ。ただ、後者を謁見室の見張りが気づかないはずがない。だから間違いなく報告なのだ。
「では頼んだぞ、王妃」
それだけ言って通信を切る。レイカが少し遅れて、『はい、陛下』と返事をしていたのが面白く感じたがそれどころではない。
「どうした?」
「プロテルス公爵閣下を捕らえました」
「本当か!?」
「はい。先ほど、『陛下に大事な話がある』と城門で大さわぎをしておりましたので」
だが、焦っている表情とは逆に、唇は歓喜に満ちていたように見えたと騎士は言う。
つまり、公爵はレイカを排除出来たと思い込んでいるのだ。レイカの方は元気にベルマン侯爵の屋敷に転移するようウティレに改めて命じているのだが。
「連れて来い」
それだけを命じる。ほどなくしてプロテルス公爵がオイヴァの魔法で作った魔力封じのかけられた縄で縛られた状態で連れて来られた。離せ離せ俺を誰だと思っている無礼だぞこのやろう、などと騒いでいてとてもうるさい。
「久しぶりだな、プロテルス公爵」
冷たい調子で声をかける。公爵はオイヴァを目にすると一瞬だけ満足そうに口角をあげた。
「陛下。どうしてわたしにこんな仕打ちをするのでしょう」
「少し考えれば分かる事だろう」
「王妃殿下の事は残念でございました。企みを潰す事が出来なかったのは申し訳なく思っております。それでもこんな仕打ちをなさるなんて……」
わざと目を潤ませ被害者を装っている。それがオイヴァを苛立たせる。
「王妃の事、とは?」
「陛下はご存知ないのですね、あの元女勇者は陛下の好意を無下にして敵側に……」
公爵の言葉をオイヴァは最後まで聞かなかった。その代わりに魔法映像の方を顎で示した。公爵がそれを辿って息を飲む。
当たり前だ。目の前の映像にいる『王妃』は臣下達と一緒にきちんと動いているのだから。
その臣下達はみんなの信頼が厚い者が多い。全員が全員裏切るわけがないのだ。
公爵の計画ではレイカはヴィシュ側につき、オイヴァの身柄を要求するという設定になっていたようだ。剣は『言う事を聞かないと殺しちゃうぞ』とか言ってレイカを脅すために使う予定だったようだ。
それで罰しに行ったところでオイヴァを暗殺する。そういう手筈だったのだろう。
オイヴァが信じていなくてもレイカを助けにいくとふんだのだ。だからどちらにせよおびき寄せられる。
「あ、あの小娘……。どうやって……」
プロテルス公爵がわなわなと震えながらそんな事を小声で言っている。
「『小娘』?」
オイヴァは気に食わない単語を拾ってやった。プロテルス公爵は目に見えたように慌てる。
「王妃の行動は私がしっかりと見ている。私を裏切る事など彼女に出来るはずがないのだよ」
公爵は悔しそうに唇を噛んだ。
「それよりお前は謹慎中だったはずだが? どこに行っていた?」
もう知っている事を冷たい調子で問いただす。
「そ、それは……。あの元女勇者が裏切るのではないかと心配で、見張りを……」
「誰がそんな事を頼んだ?」
オイヴァは怒りを隠していない。しっかりと公爵を睨みつける。
「あの元女勇者は危険です。そんな事も分からないあなた様は王にはふさわしくない!」
ついに言ってはならない事を言った。彼はそれだけ追いつめられているのだ。
「だから『プロテルス王国』を作ろうとでも?」
冷たい調子でずばりと指摘してやる。
「そうですよ。あなたが傀儡になっていればこんな事にはならなかったものを! 生意気にも自分で統治などするからこんな事になったのです」
後がないのは公爵も知っている。だからこそオイヴァを傷つけようとしているのだ。
「敵と内通している者の傀儡にどうしてならなければならない? それはただの暗君だろう」
「でもお前は危険な勇者なんかを娶っているじゃないか! 十分に暗君だ!」
「レイカの方がこちら側についたのだ。私を裏切っても何の特にもならない事は彼女も知っている。婚約したばかりの頃などは味方などほとんどいなかったのだからな」
「つまりあの女はヴィシュ王国を裏切ってここに来たんだろう! そんな者を信用なんか出来るわけがない! これだから若造は!」
王に対して言ってはいけない事を言っている。逆に『歳だけ無駄に重ねた愚か者が』と言い返してやりたいが、喧嘩に乗ってやる必要はないので言わないでおく。
ついでに『お前の方が信用出来ないのだが』という言葉も無駄なので言わないでおく。
話なんか聞いてやるべきではなかった。無駄な会話ばかりだ。
「もう良い。連れて行け」
だからさっさと退場させる。後でもっと重い公式の場でしっかりと話を聞き、処罰をする予定だ。この場であっさりと決めていいほど、彼の罪は軽くない。本音を言えばさっさと公爵位から降ろしてやりたいのだが。
公爵が悔しそうに拳を握りしめながら連れて行かれるのをオイヴァは冷酷な目で見つめていた。
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