第13話 人の心が読める機械

これは読心術とか怪しげな人相占いの話ではない。最近では科学的に人の心を読むことが実用化されつつある。fMRI(機能的磁気共鳴装置)という装置を使って、人が何を考えているかおぼろげながら読むことができるという。

MRIはもともとは医療用に開発されたもので、人体に磁気を当ててそのはね返り具合で体の中の断層映像を作る機械である。今ではガンなど病気の診断には欠かせない機械である。このMRIに血流量等の動態変化を計測する機能を持たせたものがfMRIである。

人が頭の中で何かを思い浮かべる時、脳の中の特定部位の血流量が変化することが認められている。例えば、何もせず静かに瞑想している時と、何かに集中して動作をしている時では、脳の中を流れる血流量は明らかに異なっている。このくらいであれば、とりわけ人の心の中を読んだという類の話にはならない。

しかし、この血流量の変化する部位をさらに精緻に調べて地図化すれば、例えばYESかNOの判定くらいはできるようになる。YESかNOかの判断につき、あらかじめ被験者の脳の血流量の変化パターンを作っておけば、被験者が質問に対してYESとかNOとか念じるだけでその意思を外部から読み取ることができるようになる。

実際、ALSという難病で体の筋肉が全く動かせなくなった患者と、この方法によりコミュニケーションを図ることは実用化されている。ALSの末期では眼球すら動かせなくなるため、患者は自らの意思を外部に伝えるためには頭の中で念じるしか他に方法がなくなる。まさに人の「念じる心」を読み取るのである。

そして、最近ではさらに進歩して、簡単な図形も読み取れるようになってきたという。患者に○□△といった図形を思い浮かべてもらい、その時の脳の血流量パターンをあらかじめ作っておけば、患者は念ずるだけでコンピューター上に図形を描くことができるようになる。将来的には、さらにfMRIの精度が上がればアルファベットを区別させることもできるようになるかもしれない。また、好き、嫌い、怒り、喜びといった感情も読み取れるようになるであろう。

ただ、複雑な画像や、微妙な感覚まで読むのは今のところ難しい。例えば、患者にモナリザの絵を頭の中に思い浮かべてもらっても、それがモナリザだと分かるまで精緻に再現することは不可能である。また、誰かを好きだという恋心も、どの程度好きなのかというあいまいな判定は難しいとされる。

また、犯罪捜査にこの手法を持ち込むことも今のところ実現されていない。裁判の証拠としてfMRIによる検査が認められていないからである。本当に人の心を読むというのは、まだまだ先のことになりそうだ。


(追記)

このテーマにつき、いわゆるポリグラフ(ウソ発見機)についてどう考えるのかというご意見も頂戴しておりますので、筆者の私見を追記したいと思います。

ポリグラフは警察の犯罪捜査等で使用されており、被験者の脈拍、血圧、発汗の状況などから被験者がいろいろな質問にどう反応したのかを計測する機械である。ただ、ポリグラフは被験者の身体の様々な変調により間接的にウソかホントかを推定するものであり、被験者の脳血流量を直接測るfMRIとは根本的にシステムが異なる。

ポリグラフでは、よく被験者がウソをつくと、脈拍が速くなったり手に汗をかく等と言われているが、それがウソをついたことによるものなのか、それとも極度の緊張状態に置かれることが原因なのかが判然としないため、あくまで参考としてしか用いられておらず、裁判での有効な証拠とはされていない。

でもfMRIなら、YESかNOかはほぼ確実に判別できると言われており、であるならば裁判での有力な参考資料として用いられてもいいのではないかと思う。特に、被告の責任能力を争点とする場合には、かなり効果的である。

現在の刑事裁判では、裁判員は検察官と弁護人による陳述や質問に対する被告の反応等を見ながら判断するわけだが、いずれも人が行なうものであるからどうしてもその人の主観が入ってしまう。そのため、裁判員は判断を惑わされることになる。陳述や質問の上手下手によって判決に影響が出るということもありえる。

刑事ドラマなどでも、有名な辣腕弁護士の手にかかると有罪の人でも無罪になるなんてのをよくやっているが、弁護士の良し悪しで被告の運命が決まってしまうというのも何となく釈然としない。

でも、機械が出した答えなら、そしてそれが正しい確率が90%以上あるのならば、裁判員の判断も楽になるし、何よりも客観性があるので判決の説得性も高くなる。特に、状況証拠だけで重い判決を言い渡さなければならないようなケースでは、裁判員は後々まで精神的に苦しむ場合もあるという。そんな時、客観的に判断できる材料があれば大きな助けとなるであろう。fMRIによるYES・NO質問は、ぜひ正式に導入を検討してもらいたい。

ただ、機械が誤判定する可能性も皆無ではないので、あくまで参考資料として裁判に提出されるべき点は譲れないと思う。他の様々な証拠や被告の情状も含めて検討した上で、最終の判決は当然人が下すことになるが、fMRIの導入で裁判員の精神的負担は確実に軽減されると思う。

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