第6話 心頭滅却すれば火も涼しいはホント

これは昔、戦国時代に織田信長によって攻められ火あぶりの刑に処せられた高僧が言い残した言葉とされている。心を無にしてしまえば火さえ熱く感じなくなるということだが、驚くなかれ、これは真である。

簡単な実験をしてみよう。被験者に目を閉じて両手を前に出してもらう。マジックでどちらかの手の甲に線を描き、どちらの手に線を描いたか当ててもらう。被験者は間単に答えを出すであろう。これを何回か繰り返すうちに、バンとテーブルを大きくたたきながらマジックを走らせてみる。被験者は驚いて目を開くであろうが、マジックの先が手に触れたことすら気づかない。人の感覚など所詮その程度のものである。より大きな刺激が来ると、小さい方の刺激は感じられもしない。人々は、一般にこのことを「気をそらす」と言っている。

実際、有名なサッカー選手が骨折していることにも気づかず30分間もプレーを続けていたという報道を耳にしたことがある。あまりにプレーに集中していて痛みすら感じなかったのであろう。当の本人は試合後「少し違和感はあったが、まさか折れていたとは」と語ったそうである。

しかし、さすがに火はと思う人もいるであろうが、低温やけどの場合は、本人も気づかない間に重度のやけどを負うこともある。実際、筆者も子供のころ体験した。朝起きてみると足の甲に大きな水疱ができていたのである。原因はコタツ。夜眠っている間に、無意識のうちに火傷したらしい。家庭の医学によると、50度くらいの温度でも長時間皮膚に直接触れていると火傷するという。

また、全く逆のケースの実験を以前テレビで見たことがある。催眠術をかけられた被験者に「これは真っ赤に焼けた鉄の棒です」と言いながら鉛筆を押し当てたところ、被験者は熱くもない鉛筆をはねのけ、何と鉛筆に触れたあとが実際に赤くなったのである。これには驚いた。手品かと思ったが、これはある種の生体防御反応だそうだ。火傷や怪我をした時に皮膚が赤くなるのはサイトカインという物質のせいである。サイトカインは免疫細胞を呼び込む働きがあるとされ、怪我などによる感染症を防ぐために分泌される。催眠術をかけられた被験者の脳が熱くもない鉛筆に反応し、サイトカインを分泌せよとの指令を送ったため、鉛筆が触れた箇所に軽い炎症反応が起きた。

聖痕スティグマータ現象もこれにより説明できる。聖痕とは、処刑されたキリストのように手の平や額に赤いあざが突然浮かび上がるという現象である。共通しているのは、聖痕現象を起こす人が催眠状態に置かれているという点である。催眠術をかけた少女に、今からおまえの手の平にくいを打つと言って、木の棒を押し当てれば聖痕の出来上がりである。

人体はわれわれの想像以上に神秘的である。

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