第38話(志穂編 梅の宿編)


「――終わったよ」

 そう言われて手鏡を渡される。

 ちょいドキドキしながら進化したらしい自分を覗き込む。

 おお! いつもよりすごくなった感ある! 唇赤い。

 そんな感想が出て、そんな自分をじーっと見つめる。

 そうしたらギュッと私の中の何かが引き締まった。待ってろよ愛海ってそんな気持ちが沸き起こってくる。

「――真央。仕上げ頼む」とちーちゃんの指示でまーちゃんが背後に立つ。さっきもやってたのにまた髪をいじるのか。

「……」

 そして黙ってやるまーちゃんの手は初めてやってもらったときもそうだったけど、すごく優しく感じる。不思議と痛くなくてするするーっと髪が動いていくからか、なんかキモチー。

「終わったわよ」

 そして今度は郁美から「こっち来い」と手を引っ張られる。おおう今度はなんだ?

「次はコレな」とさっきから傍で準備していた物を見せられる。

「へ? これ着るの?」

「学校で言ったろ」

 そういえばそんなこと言われたような気が。

「ほら、早く」

 そして手伸ばせとかしゃんとしろとか指示され、言われた通りにやってたらするすると高そうな布が体を纏った。以前に着るのも脱ぐのもそんなに時間掛からないとか言ってたけど本当だ。

「キツイか?」

 キューっと私の背後で帯を締める音がする。

「へーき」

 というわけで私も郁美みたいになった。

 雪合戦やった日の帰りにいきなり呼び出されたのを思い出す。

 須藤さん?(確かそんな名前だった気がする)と郁美に体のサイズをせっせと測られたのはこういう理由だったのか。

 あのあと先に帰った真帆から『愛海が玄関で待ってるから注意』って連絡が着て、どう誤魔化すかと郁美と二人で理由を考えたのを思い出す。

 そのときはとりあえずお茶貰った的なことにするかってことでなんとかなった。愛海は疑いの眼差しを向けてはいたけれど、深く追求するようなことはしなかった。

「完成だな」

 ちーちゃんが何か言ってるぞと思ったら私のことだった。嬉しそうな顔した彼女が背中を押して私を鏡台の前に立たせる。

 そうして自分を見た途端「おおっ」と声が出る。


 ――母さんが降臨したぞ。


 昔梅の宿に参加したときの母さんの写真まんまになってる。

 やっぱ親子なんだなぁと、他人事のようにまじまじと鏡を見つめる。そして気づいた。

 ――着物の色まで似てないか?

 この高そうな色あいになんか見覚えが……いや、気のせいか? 

 いや、でもちょっと気にはなるので一階降りて写真と比較してみるか。

 あーでも無理だ。アルバム押し入れの遥か奥の奥。取り出すのめんどいしホコリまみれになるしで汚して後ろの三人に怒られる可能性大だ。

 後で確認するかとまた鏡の中の自分をじろじろとみてみる。

 うん。結構イケてる。

 なので鏡の前で横を向いたり後ろ姿を映したりして見てみる。

 調子に乗ってしなを作ったり、この前見たヤンマガのグラドルみたいなポーズをとったりしてみた。

「志穂――」と郁美に言われて体がビクッとなる。

「――そういうのは部屋で一人きりのときにやれ」

 なんだよー。さっきからじーっと黙って見てたくせに、これぐらいやらせてよー。

「無理もない。かなりの出来栄えだしな」とちーちゃん。隣のまーちゃんも腕を組みながらうんうんしている。すごい褒められてる!

「本当に文句なしね。千明の言った通りシンプルで全然いいわ。予想の遥か上を行く綺麗さね」

「そうだろうそうだろう。美人を彩るのにかけてあたしを上回るやつなんていないのさ」

 おい、なんかみんなすごい持ち上げてくれるぞ。いいの? このままだと調子に乗っちゃうよ?

「やっぱあたし天才だからさ」

 ガッハッハと笑うちーちゃんを見てまあー調子に乗るのはやめとくかと判断。この人のおかげなんだから。

 それにしても本当に凄くなったな。化粧とちーちゃんの力すげぇ。

「で? どうなんだ志穂?」

 感想は? と郁美に言われて正直に答える。

「なんかすげーって思った」

「愛海に早く見せたいってなったか?」

「おいやめろ」と言うと「じゃあさ――」と言われる。

「――自信は持てたか?」

 そう言われて迷わなかった。

「うん」と頷いて「最後までズバッと言える」と言い切る。自分でもびっくりするくらいの自信があった。

「ならよしだな」と郁美らしくニカッと笑う。

「じゃあその為にも早く会場に向かうか」

 ちーちゃんのそれにほーいとみんなで頷き、ぞろぞろと片付けを始める。ようやく梅の宿に向かうわけだ。

 あ、でも着いたら先に何かやらなければいけなかった記憶が。

 えーと、なんだったっけ……確か着いたら郁美のお婆ちゃんに挨拶しなきゃいけないとかなんとか。学校で郁美から今日の計画を話してもらってたはずだけど、今日の朝の時点でほとんど忘れてしまっている。

 とりあえず憶えているのが、先にちーちゃんの用事で郁美のお婆ちゃんに会いに行くこと。そしてその後で愛海に告白する機会がやってくる。誰にも邪魔されない場所を確保しとくと郁美が言ってたから、そのときになったらもう思う存分ぶつかるだけだ。

 ……自信持ったって言っても、やっぱ緊張はするな。

 でも言えるのは確かだ。後は嚙まないように注意するだけ。

 ――母さん父さんこの私に力を!

 そう祈っていたところでハッとあることを閃く。心の中でニタァーっと笑う悪い自分がでてきた。

「ちょ、ちょっと待て」

「どした?」

「せっかくだから父さんに見せてみたいんだけど。いい?」

 ちょっとイタズラ心が芽生えた。ほんとうに母さんに似てるし、いっちょこの姿を見せて父さんがどんな反応するかを見てみたい――っていうかひっくり返るリアクションがみたい。

 一瞬顔を見合わせる藤沼姉妹は心を読んだのか二人供ニヤニヤする。

「なるほどな」

「すっころんで怪我させても知らねーぞ」と私の悪だくみをオッケーしてくれる。

「じゃあ出発の準備は済ませておくから、その間に行ってきなさい」とまーちゃん。

「ほーい」と言って、転ばないように階段を一段一段丁寧に下りていく。

「時間少ないから、さっと済ませろよ」とちーちゃんの声がして「そうなったのは千明が遅れたからでしょ」とまーちゃんのツッコム声を背中で聞きながら階段を下りきる。

「あ、そうだ志穂――」と郁美に呼び止められる。階上からひょこっと顔を出した彼女から「玄関に草履置いてあるからちゃんとそれ履いて出るんだぞ」と言われた。

「りょーかーい」

 ――そっか。着物だからそういうの履くのか。

 あれ歩き難そうに見えるけどどうなんだろ? だったらやだなーとか思いながら一階廊下を歩いて父さんがいるっぽい台所へ向かう。

 んー。これもなんか緊張する。

 実の父親に見せるだけでもなんか恥ずかしくなってきたな。でも父さんのリアクションみたいし頑張るか。

 そしてまだ慣れないせいか動きにくい。きつくはないけど体が締め付けられている感じもする。郁美は慣れれば大丈夫になるとは言ってたけどほんとかな。

 まあ今夜だけだしなと、父さーんと呼びながら台所に入る。

 そして冷蔵庫の前に立つ父さんを発見。コップに注いだ『うわーいお茶』を飲んでいる。

「んー」とこっちを見る父さんにさて、どうなるかなとドキドキしながらこの姿を見せてみる。

 しかし返ってきたのは「おおー」といつも通りの声だった。

 そして「綺麗だな」とニッコリ笑顔。実にふつーに返す。いつも通りのテンション。

「……ちーちゃんに綺麗にしてもらったよ」

 なんだよ。随分と反応薄いじゃないか。

 すごいびっくりされるの期待してたんだけどなぁ……。

 私の予想を裏切るように「良かったな」とそれだけ。本当にいっっっつもどおりの父さんだ。


『近所のおばちゃんに飴もらったよーパパ』

『おおー。良かったな志穂』


 みたいな態度と全然変わらん。悲しいくらい拍子抜け。

 まあ、それでもちょっと照れ臭くはあるんだけどねー。

「おめかししてどっか行くのか?」

 そういえば言ってなかった。

「ごめん言ってなかった。梅の宿だよ。郁美に招待されてるんだ」

「あーそういえば今日だったな。送ってってやろうか?」

「まーちゃんに送ってもらうから大丈夫。帰りも送ってくれるって」

「そうか。変な奴に声掛けられないように気をつけろよ」

「ほーい」

 そしてそれだけで会話終了。結局父さんはいつも通りだった。

 惨敗を背負って台所を出る。なんかガッカリーと肩が落ちた。

 もしかして綺麗になったと思ったのは私の勘違いだったか? と玄関にある鏡で全身を改めて見てみる。

 ――いや、綺麗になったはずだ。ちーちゃんも完成って言ってくれてたし。

 どう見たって普段と全然違うし間違いないだろう。

 私はレベルアップしてる。たぶん父さんが鈍感で女心もわかんないチンパンジーだからだ。そうだ! そうに違いない!

 いや、でもそれにしたって……もっとこうさ……うおおお! みたいな反応あってもいいんじゃない?

 そう思いながら玄関を出る。みんなはもう片づけが終わって家の前に停めていた車に荷物を詰め込んでいた。

「サイズは大丈夫か?」

 出てきた私に気づいたちーちゃんに言われる。着物のキツさならさっきも言ったような気がするぞ。

「大丈夫ッス」

「おい。違うもん履いてるぞ」

 下を見ながら言われて気づく。足の事だった。しまった、うっかり家のつっかけを履いて出てしまった。

「玄関に置いてあったろ?」

「間違えましたー」と慌てて戻って履きなおそうと玄関を見下ろす。さっきは気づかなかったがキラキラと神々しい波動を発する綺麗に揃えられた草履を発見。

 ――う、これ新品じゃね? しかもなんか高そう。

 おそるおそる履いて、傷つけないようにおそるおそる歩く。

「動きが固いぞ。堂々と歩け」とちーちゃんからダメだし。

「えええええ」

「もっかい」

 そう言われてまた玄関に戻らされる。ええい。傷つけても知らんぞといつもどおりにスタスタ歩いてみた。

「うん。それでいい」

 今度は一発オッケー。いいのこれで?

「えっと、歩き方とかは?」

「そんなもんあってもいらない。志穂らしくいつも通りでいいんだ」と言われる。

「あたしもその方がいいと思うぞ」と郁美。

「固くならずにいつも通りにしてた方が魅力的よ」とまーちゃんまで。それがいいならそうした方がいいのか。

「じゃあ行くぞ」とちーちゃんに言われてほーいと車に乗り込む。

 だが寸前で「あっ」とまた思い出したことがあった。

「今度は何だ?」と言われ、すぐ戻るからちょい待っててーと慌てて台所まで戻る。

 今日は私が食事当番だったことを思い出した。作り置きもしてないから父さんに今日夕飯ないって言っとかないと。

「――あれ?」

 そして台所に戻ってみるが父さんがいない。

 部屋かなと思って覗いてみてもいない。

 母さんのところにもいない。トイレでも風呂でもない。

 んー? と首を傾げた後に「キャー! 助けてパパー!」と大声で叫んでみる。

 でも返事ない。どっか出掛けたか? いつもならこれですっ飛んで来てくれるのに。

 と思っていると外からガタン、ドコン、ドカドカボンと大きな物音が聴こえてくる。何かに三回くらい足をぶつけたような音。

 ――裏口方面?

 そして窓の向こうを覗いた私は「んんん?」と首を傾げる。

 覗き込んだ窓の向こう。父さんが物凄い速さで自転車を走らせて出掛けていくのを目にした。

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