第3話(志穂編)


 配達が終わって、真っ直ぐ家へ帰った。

 いつもならすぐにお風呂へ入る。冷えた体を湯船に入れて『ほへー』とか声を出しながら肩まで浸かってからの一曲熱唱で心と体をリラックスさせる。

 上がった後はちーちゃんから貰った何て読むのかわからん名前の化粧水をコットンを使って顔にペチペチして乳液もあてる。

 髪を乾かして水を十分にとってもまだおわりじゃない。

 ちーちゃんに指示された変な柔軟体操が待っているのだ。毎日やらされているそれらを済ませてからようやくホカホカした体を冷たい布団にダイブさせ、グースカ寝る私の至福タイムが始まる。

 ――でも今日は後回し。

 今日の朝は風がない。それでも寒いことに変わりはないけれど、風があるのとないとでは私のテンションは違っている。

 ――行くか。

 澄んだ空気の中で見える朝日が見たかった。すぐに配達用の装備から真冬のバイクウェアへと着替える。玄関でブーツを履き終えると長距離ツーリングへ行くみたいな恰好になった。目的地は15分もかからない近場だけれど、真冬はこれぐらいしないといけない(じゃないと途中寒さで死ぬ)

 途中にある自販機にしか売られていないお気に入りのホットココアを買ってポケットへ忍ばせ、望月には寄らずにまっすぐ丘のバス停へと向かってバイクを走らせた。

 ――オムライス食べたいなぁ。

 昨日の夜。たまたま観たバラエティ番組でオムライス特集をやっていたせいだ。朝っぱらから頭の中がオムライスだらけ。今の私は最高にアレを欲している。



「――よし。誰もいない」

 バス停はいつも通り人がいない。ランニングやウォーキングをしてる人や犬の散歩で通り過ぎる人はいるけれど、ここへ立ち止まって朝日を眺めようとする人は今のところ一人も見たことがない。いい場所だと思うのは私だけ?

 バイクを停め、ベンチに座ってのんびりとココアを飲む。

 見上げた空に朝日はまだその姿を現さない。視線の先にある山の裏をゆっくり昇っている。てっぺんに近いところにあるのか山の頂上が滲むように赤くなっていた。

「……」

 焦らすように光の勢いは緩慢で、私のいるところにまであの赤はなかなかやってこない。

 はーやくこい。

 そう思うと余計長く感じる。でも日が少しでも姿を見せればあっという間。ぶわぁーっと迫ってくる光の強襲は私だけでなく国木全体を真っ赤に染めていく。

 ……まだかな。

 ココアで暖をとりながら、ふと視線を外して近くにある階段の方を見る。ジッと見たそこから誰かさんがヨッと言いながら出て来るのを期待している。

 冬のヤツの出現率がかなり低いことは知っている。それでもここへ来る度に何度かチラ見してしまう。

 なにやってんだろ……。

 会いたければ連絡すればいいだけなのに。

 全然それができない。こんなんだから決めていたことも進めずに止まったままなのだ。


 愛海が綾を助けて。

 綾が元気になって。

 綾が、綺麗な顔をして笑うようになった。


 もう、丈夫なんだなってことがわかった。

 だから、もう向かって行かなきゃって思ったのに。それなのに少しも進めずに時間は無意味に過ぎていく。

 あまり余裕はない。

 冬休みが終わって明日からは三学期。二か月もすればもう三年になって、そこから先は進路やらなんやらでお互い忙しくなる。

 運良く高校まで一緒だったけど、卒業後も同じとは言えないしなんとなく同じ進路になるとも思えない。

 ――だからいい加減にきめないと。

「よし」

 とりあえず二人きりになれる状況を作ることにした。つい意識し過ぎてしまうせいか話がしにくくなるけれど、もう無理矢理にでもそうした状況を作らないとダメっぽい。

 外は周囲の目が気になる。できれば屋内がいいから私の家に誘うのがベストか。そして誰もいない屋内二人きりになれば……ちゃんと言えるはず。

「――おっ」

 光が横顔に当たって、その方を向く。

 ようやく朝日が山の上に顔を出した。山の裏側をそろりそろりと忍び足で昇っている。それにつれ、こちら側へ散らす光が少しずつ強さを増していく。

「……」

 まだオレンジとならない深紅の光が体全体に降りかかる。

 瞳に吸い込まれていく光は瞼で塞ぎたくなるほどの強さではない。だからじっと目の奥へと受け入れる。

 ――愛海。

 そうして心の中で、今ここにいない彼女の名を呼んだ。

 ――絶対に好きって言うからね。

 そんな風に勝負の三学期に向けて意気込んだ。

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