第41話(愛海編)


「――ん」

目が覚めた。

数回の瞬きの後、やっぱりかと上体を起こす。なんとなく日が出る前に目を覚ますような気がしていた。

時刻は朝に近い。

それでも振り返った先。カーテンで覆われた窓からは夜の気配を感じる。時間を見なければ朝はまだ先だと勘違いしてたと思う。

「……」

綾はこちらに背を向けて眠っている。息をしていないんじゃないかと思うほどの静かな寝息。その背中に向かって、聴こえないほどの小さな声でトイレ借りますと言って立ち上がる。

――あれ? スリッパどこやったっけ?

見つからない。まあいいかと素足で部屋の外へ出る。

二階廊下は外の寒さと比べれば普通に耐えられる。夜は冬になるって志穂が言っていたけれど、屋内の冷たさに触れてみるとまだ秋なんだと思った。

「……」

寝る前に綾が点けておいてくれたのか、足元をほのかな明かりが照らしてくれている。二階廊下から階段下のトイレの場所まで続くそれを追うように歩く。トイレから出て階段を上がりながら、うちにもこのライトほしーと思った。

そして階段を上り切った後だった。

ふと視線が、綾の部屋とは別の方にある部屋のドアへ向く。

意識していなかったのに、目が引っ張られたかのようにそこを見ていた。

「……」

あそこが――綾のお母さんの部屋。

寝る前の綾は私をあの中へ通さなかった。

行こうとしたのはわかったけど、彼女はそれを避けた。


あの中に――綾の言っていたものがある。


汚れ。匂い。お母さんの影。

綾の手足を掴んでいるもの。

この家から出ることを決意した今でも、それらがまだ彼女の中にあるのなら。

 引っ越しただけでは終わらない。

「……」

終わるとは思えない。

だってそれは……部屋の中にあるものなんかじゃなくて、今も綾が持っているものだと思うから。

そう思うせいか、体が動く。

できることが見つかったのだ。だから動く。あの中へ入ってみることにした。

一度綾の部屋へ戻って綾が用意してくれた毛布を肩に掛けるとあの部屋の前に立った。

少しの緊張を持ってドアノブに手を掛ける。鍵は掛かっていないから、ドアはすんなりと開いてくれる。

そしてその先にある、からっぽの空間が瞳に映し出される。

部屋の窓はカーテンすらも掛かっていないから、窓から通った夜が部屋の中を夜で満たしている。天井には電灯が点いていないから明るくすることはできなかった。

ゆっくりと中へ足を踏み入れる。

足裏に冷たい感触が走るように入り込んできた。

でもそれだけ。

それ以上はない。さっきみんなで観たホラー映画のような怖いことも起こらない。

部屋の真ん中へ辿り着いて、部屋全体を見回してみる。

暗くてもわかった。

この真っ暗な部屋は何もない。

汚れなんてない。匂いも洗剤の匂いしかしないし、誰もいない。

やっぱりそうだ。綾の足を掴んでいるのはこの中にあるものなんかじゃない。

今も綾が持ってるんだ。

だからそれを――捨てさせないと。

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