第23話(郁美編 修学旅行編 一日目)
真帆がちょっと大人しい。
大人しいっつーか暗い。みんな飛行機が原因だと思っているみたいだけど、長い付き合いのせいかそれだけじゃないのがわかる。特に集合写真を撮り終えたあたりから変だったことから、余計なことでも考えているような気がした。
多分、まなみんのことだろうなぁ。
近いうちに起こることで真帆が気にすることといったらそれしかない。
やれやれとため息をつく。
せっかくの旅行なのに、なにもったいないことしてるんだか。
「――何考えてんだ?」
バスが走り出したと同時に聞いてみる。隣に座る真帆は僅かに顔をこちらに向けた。
「ちょっとねー」
「どうせまなみんのことだろ?」
「……」
真帆は目を丸くしてあたしを見る。
「やっぱりそうか」
「……顔に出てた?」
「いんや、完全に勘」
はぁっと軽いため息を吐く。当たったみたいだ。
「何気にしてんだよ?」
「……余計なこと考えてたなーって」
「余計なこと?」
「うん、全然いらないこと。もうそれがいらないってわかったからもうなくなったんだけどね」
「ならいいじゃん」
「うん、でも今度はなんでそんなことばっか考えちゃうのかなーって思ってさ」
「自己嫌悪?」
「そ」
「余計なことまで考えちまうのってギャンブラーの性なんだろ? だったらしょーがないだろ」
「いや、私ギャンブラーじゃないし。それにギャンブラー関係ないよ。完全私個人の問題なんだから」
「そうなの?」
「そうだよ――っていうか、郁美はそういうのないの? 冷静になればそれがいらないことだってわかるのに、変にしがみついちゃったりすることとか」
「んーまず余計なことってのがどんなことなのかが想像つかないんだよなぁ」
「……たとえば怖いこととかさ」
「怖いこと?」
まなみんのことで怖いことってなんだそりゃ?
「だってさ――」
何かを言いかけて、真帆は思い出したかのように口を閉ざす。そしてこちらに向けていた顔を前に向けてしまった。
「……」
バスで体が揺らされてもその口は開かない。
機会を窺っているんだと思って、何も言わずにじっと待つ。
そして周囲の雑音が多くなってからだった。
「だってさ――」
ようやく彼女の口が開く。もう一度言い直した彼女の顔はこちらを向いていない。
「――女の子同士だし」
「……」
なるほどなと理解する。
暗い顔。女の子同士。怖い予想。
あたしはバカかもしれないけれど、その意味がわかんないほどではない。
それと同時に真帆に何かあったんだと思った。
そうでなければここまでのことを言い出したりはしない。あたしのいないどこかで、そう思うってしまうような何かがあった。そしてそのときに生まれた悪い物が今も体の中に残って悪さをしている。
――つまりこれはデトックスが必要というわけだ。
「――まなみんが気持ちを伝えることに、あたしらがそこまで考える必要なんてあるのか?」
あたしも合わせるように声のボリュームを下げて言った。
「あたしらが明後日のことをアレコレ気にしたって仕方ないと思うんだ。そもそもあたしらがやることってそういうことじゃないと思うし」
「……じゃあどういうことなの?」
「今は旅行を楽しんで当日を待って、それで当日になったらまなみんを見送る。そして結果を貰ってきたまなみんをお迎えする。それだけだろ?」
それ以外のことを考える必要なんて一切ないと思う。
志穂から聞いたまなみんの決意を聞けば尚更だ。
「――まなみん言ってたじゃん。何があっても逃げない。あたしらがいるんだから最後まで行けるみたいなことを」
『みんながいるから告白できる』
『怖くなんかない』
それだけで、あたし達はまなみんを信じるだけでいいと思う。
「――どんな結果であれ、あたし達がまなみんのことを守ったり支えたりすることには変わりないんだしさ」
「……」
最後まで黙って聞いていた真帆。
目を閉じると少しの間を作る。
「はぁー」
そしてまたそれが出た。
ちょっと長く出たそれは反省の意味ともうひとつの意味があると思った。
「郁美はいいなぁ」
「なんだよ?」
「だってすぐにその答えに行き着くんだもん。私なんか遠回りしちゃってたし」
そっちの意味とはまた珍しい。
「だからかな――」と、真帆はまたため息をつきながら目を閉じる。
「?」
そして少し俯く。
なんか恥ずかしさを隠しているようにも見えるそれになんだなんだ? と疑問が出る。恥ずかしくなるところあったか?
「――また言い難いことか?」
「うん。もっとね」と、目を開け今度は即答。
「憶えてるよね? お互い18になっても好きな人や彼氏がいなかったらってやつ」
忘れたとは言わせねーぞと、振ってきた突然の不意打ち昔話。
ああ……なるほど。それは確かに言い難い。
「ちゃんと憶えてるぞ?」
動揺したけどそれを悟られたくない。
だからハッキリ言ってやる。
アタシの投げた返事に真帆は目を大きく開けてこっちを向いた。
顔がちょっと赤い気がする。
「――キスするってやつだよな?」
自分で言ったことだ。
恥ずかしかったけどしっかり憶えてるよ。
『真帆。もし18になってもお互い誰にも恋しなかったらさ――』
『キスしたいって思う相手もいなかったらさ――』
『――そのときは、初めての相手になってくれよ』
中学の頃にした大事な約束。家で一緒にテレビを観ているときだった。
「少しも忘れたことないぞ」
本当に忘れたことなんてない。もう次の誕生日まで一年もないわけなんだし。
それだけにこっちも赤面しちまう。でもあたしはあまり顔に出ない方(多分)だから大丈夫だろう。堂々とした態度で真っ直ぐ言ってやった。
すると真帆は急に落ち着いた顔をするようになる。今日は色々と表情の変化が忙しい。
「だからかな――」と、また前を向いて軽く息を吐いた。
今度のそれはため息とかではなく……なんていうか、あったかいお茶を呑んでホッとしたような感じ。
「――だから私、オッケーしたんだろうね」
そしてそれに合った柔らかい顔がこちらに向く。
「……」
微笑む真帆の顔を見て思った。
もう悪いものは完全に出て行ったな。
「そかそか」とあたしもにっこりを返す。
「旅行。楽しまないとね」と真帆は誤魔化すように言う。そうしようと、あたしも真帆の誤魔化しに同意する。その話の続きはお互い18歳になってからでいい。
「これからしっかり楽しもうな」
うんと頷いた真帆。ようやく旅行に集中してくれる。そうしてくれ。せっかくの思い出なんだからさ。
「まずは寝る――」
しかしそんな願いも虚しく、真帆は私の肩に顔を寄せてきた。
「おーいおい起きてろよ。あたし一人じゃ寂しいじゃないか」
「後で郁美の相手する為にちょっと寝とく。飛行機でやられたから回復しないと。だから着いたら起こしてー」と言うと、そのままだんまりになってしまう。
「……」
何を言っても、もう何も言わなくなってしまった。
おかげでバスの移動が暇になってしまった。
次の目的地までどう過ごそうか。
真帆と違ってあたしは全然眠くない――っていうか真帆の頭重い。
「……」
しかし真帆の寝顔を見ていると、まあいいかと思えてしまう。とりあえずリュックを漁って家から持ってきたスイッチを起動。
ちーちゃんから借りたゲームでもやるか。
タイトルこそよく聞くしたくさんシリーズがあることは知っていたけれど、まだ一度もやったことがないやつ。一回もクリアしてないからこの隙に少しでも進めておくか。
「……」
しかし開始十分もしない内に諦めて電源を切った。
あー落とし物誰のかわからーん。詰んだー!
そして真帆の頭に自分のあたまを乗っけるような形で目を閉じることにした。
バスが目的地へ着くまでずっとそうしていたけど、真帆は眠れてもあたしは全然眠れなかった。
でも居心地が良かったのは言うまでもない。
***
「――行ってこい」
「待ってるからね」
あたし達にそう見送られながら、まなみんは高台の方へと向かって歩いていく。
「……」
志穂は何も言わなかった。でも口に出さないだけで、心の中で応援しているのはわかる。
高台にいた陽菜は綾を残してこちらへと向かって来ている。
タイミングとしてはまなみんが歩き出すよりも少し前。どうやって陽菜一人をこっちへ来させようかと思っていたけれど、その手間はなくなった。
向こうからやってきた陽菜とまなみんが行き交う。
擦れ違う前、二人は一旦足を止めて向かい合っていた。
「――」
「――」
一言か二言ぐらいだったと思う。言葉を交わしていた。
なんて言ったのかはわからなかったけど、それだけで擦れ違う。
まなみんは綾のいる所へ。陽菜はあたし達の所へと向かって進んで行く。
でも陽菜はすれ違ってすぐに振り返っていた。
「……」
何を思ったのか、まなみんの背中をジッと見ている。
でもそれだけで済ませて、すぐにこちらへとやって来る。
「――みんなここで待機ってことでいいのかな?」
こっちへ辿り着いた陽菜は開口一番にそう言った。
その質問でわかる。彼女もずっと前から気づいていた。
「そ。終わるまでここで待機だ」
「親に迎えに来てもらうことになってるから、今の内に連絡しとかないと。郁美、ここから一番近い場所で車停められる所ってどこかな?」
「ここは欲羽山の北側になるから北口駐車場かな。陽菜の家からだと
「うん。急な階段があってちょっと危ないけどそこがいいと思う」
陽菜はありがとうと言うとスマホを取り出し、電話を掛けながらあたし達から離れていく。
「……」
どういうわけか、ただ親に連絡するだけだというのに焦りがあるように思えた。
――気のせいか。
そう思ったあたしはまなみんの方を見る。志穂も真帆も同じようにして遠くの二人を見守っている。
「……」
「……」
「……」
まなみんがまた足を止めている。背中を向ける綾まであと少しというところなのにどうしたのだろうか。
――でもま、なんとなくわかる。
怖くて止まったとか、そういうことではない。
そこから踏み出すのにはまた何かが必要なのだ。
――焦らずゆっくりだ。まなみん。
そう心の中でエールを送り続けた。
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