プロキシマ・ケンタウリの鈴
守分結
第1話 となりの神社で鈴が鳴る
ゴォーというすさまじい勢いで、風が窓ガラスをたたいた。
直後にバリバリッ、ドシンと不吉な音が鳴り響く。
鉄筋コンクリートのマンションが地震のようにゆれた気がした。
里居夏希はかぶっていたタオルケットのすきまからそっと窓のほうをのぞいた。
外はまっくらで、ガラスに打ちつける雨のスジがぼんやりと見えるだけだ。
(台風なんて、はやく通り過ぎちゃえばいいのに)
うらめしい気持ちでもう一度タオルケットをしっかりとかぶり直す。エアコンはつけてあるけど、頭から足のつまさきまですっぽりかぶっているから、汗だくになる。
けれど手足も顔も出そうという気にはならなかった。
夏希はビビりなのだ。
大きな音とか強烈な光とかは苦手だし、いるはずのないお化けも、高いところもこわい。
(台風、まだ行っちゃわないのかな)
何度めか、そう思ったところで、突然、凶暴な風の音がやんだ。
(行っちゃった? もう終わりかな?)
おそるおそる顔を出すと、さっきまでまっくらだったのに、今は月の光がさし込んでいた。
タオルケットをはね飛ばしてベッドからおり、がらっと窓を開ける。
少し欠けた月が東の空にぽっかり浮かんでいた。すごいスピードで雲が流れていく。あごのところで切りそろえた髪がばらばらと顔にまとわりついた。
きれいだなあとぼんやり空をながめていたら、となりの部屋の窓が開いた。
「さっきの音、なんだったのかな」
ツバサだ。
同じ五年生で保育園時代からずっと一緒の神野翼。
寝ていたせいか、いつもはかけているメガネをいまは外している。月明かりを受けてツバサの横顔が、まるでちっちゃな子どものように見えた。
ツバサは、あごに指を当ててひとりごとのように続けた。
「神社の鳥居は無事みたいだけど、暗くてよく見えないな。かみなりの音じゃなかったよね」
目を空から下に向けると、マンションのすぐ横の青見神社の森が黒いかたまりのように見えた。そしてその向こうには天青川が、やはり黒っぽく光っている。
「ねえ、うちのマンションはだいじょうぶだよね?」
ツバサは、ちらっと夏希のほうを見て、盛大なため息をついた。
「こわくて頭から毛布をかぶってたんだろ。いまは台風の目に入っただけだから、すぐにまた雨と風がぶり返すよ」
「そうなの?」
失礼なと思ったけど、その通りなので言い返せない。ツバサは昔から口が悪いのだ。
窓を閉めようとして、夏希は手を止めた。なにか聞こえたような気がした。
ツバサも窓から身を乗り出すように神社を見下ろしている。
音がした。
リーン、リーンと鈴の鳴るような音が。風の音にまぎれてしまいそうなほど小さく。でも、はっきりと。
「スズムシ? いや、ちがうな」
ツバサの言うとおり、コオロギやスズムシの鳴き声とはちがう。もっと音楽のように、なんだか歌うように、その音は高くなったり低くなったりしている。
「なんだろ? だれが……?」
――リーン、リーン、リリリ、リンリンリーン。
急に胸の奥をぎゅっとつかまれたように感じがして、夏希はぴしゃりと窓を閉めた。
ツバサに「おやすみ」も言わなかったなと思いついたのは、再び風雨がぶり返して、タオルケットをかぶり直した後だった。
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