23 行き交う便りと
「エド様。お元気ですか? 私もティガーもとっても元気です。
ようやくお父様もウォーラムに到着して、家族全員が勢ぞろい。でも、お兄様達は昨日から巡視艇に乗っていて陸にはいません。海獣の被害防止に時々見回るのだそうです。
私はマーマンもセルキーもまだ見たことがないの。エド様は見たことがある? ……」
「エド様! シーサーペントの目! お父様もだけど、お母様がとっても喜んでいます。ありがとうございます。もらっちゃって本当に大丈夫? でも、すごく嬉しい。代わりに、何かあげられるものがあるといいのだけれど……。
お父様から、エド様が魔道具の勉強も始めたと聞きました。内緒だけど、褒めていました。内緒よ?……」
「ウォーラムに来てもう三か月、海の水もだんだん冷たくなってきました。今年はおじい様に勧められて、いつもより長くここにいます。ティガーは潮だまりで遊ぶのに慣れたし、私も乗馬が上手くなったと思うの。もしかしたらフェンテにはもう、一人で乗れるかも。
お母様は来週一度王都に戻るけれど、私はこのまま直接ノースランド領に行くことになりました。なので、エド様に会えるのは来年ね。王都は寒いのかな、エド様も、マーヴィンやみんなも風邪をひいていない? それと、雪の祭日にはカードを贈りますね。……」
「エド様、すごくきれいなカードをありがとう! 開くと雪が降ってくるカードなんて初めてでびっくりしたわ! お父様が『こう使うとは……』って悔しそうにしていました。合格、って伝えてって言われたけれど、もしかして魔道具講義の課題だったりした?
カミラおばさまからのお手紙に書いていたのだけど、アレク様は急に身長が伸びて足が痛いのですって。そんなに背が高くなるってすごいよね。
私ももう少し背が高くなりたいけれど、痛いのはちょっと嫌かも。ハル兄様もそうだった、とお母様も言っていて……」
「前から聞いてはいたけれど、ルードルの引退はやっぱりちょっと寂しいな。それに、引退した後の伝令鳥は呼び名が変わるというのも知らなかったわ。エド様、本当に私が次の名前を付けていいのね? ええと、まだ秘密。来月、会った時に教えるね!
私も背が伸びたとお母様に言われるから、会ったらエド様びっくりするかも……」
「帰ってきてからもやっぱり、まだちょっと……だって、エド様もアレク様も、あんなに背が高くなっているなんて! 私だってドレスを新しくするくらいは大きくなったのに。それは、まだティガーを持ち上げられないけれど。何か、ずるくないかしら。
新しくできたお友達が、ヤギのミルクを飲むと背が伸びるって教えてくれて、それを聞いたおじい様が、領地にいるヤギを二頭贈ってくれました。黒いのと白いので、とっても可愛いの!
でも、白いほうはオスでした。おじい様はきっと、気づかなかったのね……」
「エドワード殿下
学園へのご入学おめでとうございます。
これからはアレク様といっしょに寮生活ですね。お手紙も今までみたいにたくさん書くのは大変だと思うので、今後は控えます。
楽しい学園生活をお祈りしています」
「あの、エド様。今まで通りでいいって、本当に? お手紙、無理しないでね。じゃあ、少しだけ少なくするね。
始まったばかりだけど、学園はどうですか? お兄様はエド様と入れ違いに卒業してしまったけれど、冒険者の登録とかで時々顔を出すようなことを言っていました。ディオン先生の魔術の授業、私も学園で受けてみたいなあ……」
ここはウォーラム辺境領。
屋敷備え付けの浴場で湯あみを済ませたエイミは、家族専用の住居部分を通り一人で部屋に戻っていた。
ほかほかと温まった体もぽたぽたと雫を落とす黒髪も、魔術で爽やかな風を吹かせればさらっと乾く。風呂上りに乾燥させすぎない程度を見極め、魔力を調節するのはなかなか手間がかかる。
しかし「髪と肌は、顔かたちや体形なんかよりずっと大事よ!」とお手入れ必至を訴える母イサベルのアドバイスに従い、季節や体調によって微細なコントロールができるまでになったエイミだった。
その姿は相変わらずぽっちゃりしているが、十四歳になる今、身長はぐっと伸び、長い手足と小さい顎でそこまでひどく肥満体型には見えない。
とはいえ同年代の少女たちに比べるとその差は明らかで、控えめにいって多少、いささか……やや、ふくよかである、といったところだろうか。今もカヴァデール公爵夫人には仲間認定で可愛がられている。
部屋の扉を開けると、ミア、と鳴くティガーの高い声と、おもちゃの毬が転がる音が聞こえる。エイミのもとに来た頃よりずっと落ち着いたティガーは、それでもやっぱりエイミが一番大好き。
地道に築いた信頼関係のおかげで、姿が見えなくても不安がることは減り、こうしてボール遊びなどして一人で待つことができるようになっていた。
中に鈴の入ったこの毬はゴムボールほどの大きさで、普段はあまりおもちゃに興味を示さないティガーが珍しく気に入ったもの。ようく耳を澄ますと聞こえるほどの小さい鈴音がいいのかもしれない。
乱暴に爪を立てたり噛みついたりはせず、前足で器用に転がしては追いかけて、と楽しんでいる。
「ティガー、楽しそうね」
夢中になって遊ぶ姿にエイミの口元も自然と上がる。ころころとエイミの足元まで転がってきた毬をひょい、と手にすると、ティガーも一緒についてきた。
ジャンプで抱き着くティガーをよろけながら受け止めて、ぴったりと抱きしめる。
「ふわぁ、今日もとろんとろんのふわっふわ……」
今日は、来週には王都に戻るエイミ達のために、別れのパーティーが催された。今も大人が残って宴は続いているが、一足先に部屋に下がったエイミは愛猫を抱いてようやく人心地がついた。顔見知りが多いとはいえ、大人数でのあれこれにまだ慣れていないエイミはすっかり疲れてしまったのだった。
来月からはエイミも学園へと通うことになる。学生と言っても前世と今世では違うだろう。一変する生活に不安は多いが、それと同じくらい期待もあった。
まだ始まらない魔術の勉強に意識は向かう。治癒魔術はかなり上達したが、これで終わりとならないのが魔術というもの。
この数年の間に、公爵夫人の「猫の会」で獣医師と一緒に動物の手当を手伝うようになった。そこでも必要なのは、それぞれの身を守るための魔術。ならばやはり自分のすべきことは決まっている。
そう、どこまでいっても、エイミを動かす何かは常に動物達だった。
ふと目をやると、サイドボードの上には届いたばかりのカードが数通。差出人は今や国境のない
皆、エイミが王都に戻り学園に来るのを待っている。
――「乙女ゲーム」が始まるとしたら、エイミの在学中だろう。でもあれ以来、ヒロイン(仮)の姿はここウォーラムでも王都でも見かけたことがなかった。
心配が全部無くなったわけではない。それでも自分に大事なのは何か、それを見失わないで、できることをしっかりやっていればきっと――
「……うん。頑張ろう」
エイミの胸ですっかり脱力するティガーを乗せたまま、ぽすりと背をベッドに倒す。ちいさくクルルと喉を鳴らす声に応えて、きゅうんとエイミの胸が鳴る。大好き同士で一緒に眠れば、幸せな夢を見られそう。
手を伸ばして枕元の灯りを消すと、そのままふたりで眠りの世界へと飛んで行ったのだった。
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