ナーバス・ランチタイム

匙丹小海

ナーバス・ランチタイム



 大口を開けて突っ込んだ、鮭フレークが載った飯の味がしない。

 もちゃもちゃと柔らかくて粘り気のある物質が俺の口の中にあることしか感じられない。


 「颯人今日も浮かない顔してんね?そんな顔でお弁当食べても消しゴムみたいな味しかしないんじゃない?」


 薄ピンク色に染まった長めの爪先をこちらに向けられる。


 「そうだな。あのさ、さっきからお前のつま先に当たっているの、俺の脛だから」


 「えぇっ!?椅子に当たってんのかと思ってたー!マジでごめんねー!」


 ついでにお前が原因で俺の味覚が失われていることについても謝ってほしい。

 音を立てて両手を合わせ、大げさに眉毛を下げて謝罪をする姿を冷めた目で見つめ、深いため息を吐く。


 「颯人、そんなことでため息吐くもんじゃないよ。月花ちゃんだって悪気があったわけじゃないんだから」


 隣に座っている透也がネギトロ巻きから口を離して、目の前の女の擁護をする。

そういうことを言うからモテんだよ、この無意識フェミニストが、と口に出さずに毒づく。

 風を受けて、そよそよと透也のアホ毛が二本なびいている。俺はそれを引っ張りたい気持ちに駆られた。


 「いいんだよ、だって颯人そーゆーキャラだもんね?うちは全然気にしてないから!」


 よく喋る口だ。月花の唇は年に似つかわしくない程真っ赤だ。

 元はといえば俺が蹴られていた筈なのに、まるで俺が悪いことをしたみたいな構図になっている。一体どういうことだ。


 「そーゆーキャラ、って陰キャってこと?」


 女の隣に座っている叶がぼそりと呟く。透也が吹き出した。

 睨むように叶を見ると、鋭い眼力で睨み返された。長くて真っ黒な睫毛で縁取られた瞳には「もっと優しく接してあげてよ」という意図が浮かんでいるように見える。俺は視線をつうと斜め上にやって目を逸らした。


 「二年二組が誇る陰キャです、よろしくどうぞ」


 半ばヤケクソになってそう言うと透也が腹を抱えて笑いだした。

 コイツがこんなに笑うなんて珍しい。クラス中の視線が集まる。周囲の女子達が透也を可愛いだのなんだのと囁いている声が聞こえる。きっと透也の耳にも入っているはずだが、彼は笑い続けている。


 この時期特有の、生温かくて鬱陶しい空気が俺の癖のある前髪をふわりと浮かせた。

 俺はさっさと昼食を終えて図書館にでも行こうと思った。


 「ごめんって、うちはそんなつもりで言ったわけじゃ…フフッ」


 月花は言葉を途中で切って笑った。それにあわせて、頭の後ろで纏めている暗い茶色のお団子がゆらゆらと揺れる。

 叶も俯いて肩を震わせている。

 体を折り曲げて笑っていた王子様顔の性悪野郎は涙を拭っている。


 俺は口をつぐんで、終始ランチマットにしている風呂敷の隅を指で弄っていた。

 陰キャである自覚はあったが、自分で思うのと周りから思われるのは別の話だ。


 他人なんてどうでもいい。自分が良いと思っているならそれでいいんだ。人の目を気にする奴はめちゃくちゃダサい、と言い聞かせてなるべく一人で過ごしているのに、他人からの評価に傷付いている自分が滑稽に思えて口角を吊り上げる。

 こうやって自分自身を自嘲しないとやっていられなかった。




 「お前は本当に自分のテリトリーに入って来る奴に対して当たりがキツイな」


 ジュース飲みたいから購買行こ、と言った叶が月花を連れて教室を出て行ったのを見届けてから、透也が口を開いた。

 彼の言う「自分のテリトリーに入って来る奴」とは月花のことだ。


 「そうかもしんねぇけどまずあの女が無理」


 風呂敷で包んだ弁当箱をスクバに放り入れる。透也はやれやれといったように肩をすくめ、マヨコーンパンを頬張った。

 彼は毎日昼飯にはネギトロ巻きとマヨコーンパンに焼きそば、そして飲み物にいちごミルクを選んでいる。全て登校する途中にコンビニで買ってきているらしい。

 以前、いつもその組み合わせで飽きないのかと聞いたことがあったが、彼は「なんだろ、ルーティンに組み込まれてしまったから変えるに変えれなくなった」と答えた。

 なんとも間抜けな話である。


 「…常に笑いを取ろうと明るく振舞っていて、自己中で、馬鹿だから無理」


 胡座をかいて椅子に座り、天井を仰ぎながら言う。

 マヨコーンパンを完食し、焼きそばの入ったプラスチックのケースのフィルムを剥がしながら透也は鼻の先でせせら笑った。


 吉川月花は、つい一か月半前までこのクラスの中心人物だった。

 クラスで一番騒がしいグループに所属し、休み時間は教卓に座ってお友達とお喋りをし、授業中は教師を揶揄ってクラスメイトの笑いを誘う。学校祭では自分の意見を押し通そうと責任者に無理を言って、我がクラスは彼女の好きなキャラクターモチーフの喫茶店をする羽目になった。

 その際に言った「うちのクラス最高!」という言葉が忘れられない。


 そんなクラス内で絶対的な権力を握っていた月花だったのだが、一か月半前のある日を境にグループからハブられてしまったのだ。グループの女子達は月花を避けながら、まるで彼女がそこにいないかのように振る舞っていた。

 何が原因かは定かでない。当然の結果だといえばそれまでなのだが、俺はその時に集団の女子の恐ろしさを知った。


 それから月花は一気に大人しくなった。心なしか元気が無さそうにも見えた。水飲み場で一人ため息をついているところも見た。その姿を見て少しだけ「なんもここまでしなくても」と彼女に対して同情心のようなものが湧いたことがあった。

 その後も俺は彼女が昼食時は他クラスへ移動し、移動教室は一人で向かっている姿を度々見かけた。


 授業も月花の妨害がなくなった為スムーズに進むようになった。時々、数人の馬鹿な野郎共が教師をおちょくることはあったが。

 しかし、月花がハブられてからというものの、彼女には悪いが俺は実に快適な学校生活を送ることができていたのだ。

 休み時間はそこまで騒がしくなくなったため、本に集中することができるようになったし、昼飯の時は中学から一緒で互いに気心が知れている透也と叶と一緒に食べればよかった。授業は静かだから寝やすく、隣の席が透也だから丁度いいタイミングで椅子を蹴って起こしてもらえる。

 実に快適だったのだ。


 だが、一ヶ月前の叶の言葉によってそんな俺の快適生活は終わりを告げた。

 昼飯を食うために透也と机をくっつけていると、いつものように叶がやって来て言ったのだ。


 「今日からお昼食べる時は月花も入れたいんだけど、どうかな?」


 申し訳なさそうな表情を浮かべて言う癖に、口調から有無を言わせないような威圧が滲みでていた。

 さらに透也が「いいと思う」とサラリと返事をしたことによって、俺は頷かざるを得ない状況になったのだ。

 クラス内で居場所がなくなった月花は「ほどほどの友人」であった叶を頼ったのだ。また、特に断る理由もなく、むしろ周りの人々の月花への接し方に嫌悪を示していた叶はその頼みを快く受け入れたのだった。

 それから昼飯の時間限定で、俺の味覚は消えた。


 初めの頃、月花は大人しく食事を取り、叶とのみ話していたのだが、段々と透也とも話すようになった。

 その三人で話すようになると、自然と俺もその会話に参加せざるを得なくなるため、俺も月花と話すようになってしまったのだ。

 すっかりこのグループに馴染んだと思い込んでいる月花は、先ほどのように俺に気軽に話しかけてくる。


 なるべく人とコミュニケーションを取るのは最低限の内に収めておきたいのだが、月花はそれを許してくれない。この女は俺が入らないで欲しいと思って張っている境界線を「無邪気」という武器を振りかざして、何ら気にせずズカズカと踏み込んでくるのだ。

 元から煩くて馬鹿な女だと思っていたが同じグループで関わらないといけないとか、本当に勘弁してほしい。


 「そんなに月花ちゃんのこと嫌いなのか」


 そう言って透也は焼きそばをいちごミルクで流し込んだ。

 それをまじまじと見ていた俺は言いようのない不愉快な塊に胸が圧迫されるような感覚に襲われた。この偏食家め。


 「嫌いよりは無理に近い」


 「でも颯人にああやって話しかけてくる人は中々いないから、大事にしといた方が良いと思うんだけどな…馬鹿だけど」


 片方の口角を歪ませ、俺の目をじっと見ながら透也は笑った。



 休み時間、トイレから出てろくにハンドソープもつけずに水だけで手を洗っていると、廊下から大きな笑い声が反響して聞こえてきた。

 ズボンに濡れた両手を擦り付けつつトイレから出ると、案の定そこには他クラスの女子と円を作って話している月花がいた。


 傍から見てもあの輪を牛耳っているのは月花だとわかる。

 彼女は必要以上に大爆笑しながら、湿気で歩く度に高い音が鳴る床を散々踏み鳴らしている。まるで周囲の人間に向かって「私はここにいる」と主張しているかのように。


 ゴキブリ並みの生命力の高さだ。あそこまでして恥ずかしくないのだろうか。まるで道化師のようだ。


 月花はなんとしてでも今の状況から這い上がろうとしている。きっと俺たちのグループはアイツが這い上がるための踏み台なのだろう。

 それに腹を立てたり、邪魔したいとは思わないが、また騒がしい日々が始まるのもごめんだ。


 今も尚、彼女に対する昔のグループからのシカトは続いているらしい。



 からりとした風が吹き、セーターを着る時期を窺うようになったある日の昼食時間、叶は持っているサンドイッチの角を俺に向けてこう言い放った。


 「颯人はもう少し月花と話した方が良いよ。あんなに露骨な態度を取らなくてもいいじゃん」


 月花が風邪で休んでいるのをいいことに、彼女の話題を引っぱり出したのだろう。透也はうんうんと頷きながら、節分でもないのにご丁寧に両手を添えてネギトロを頬張っている。


 「ずっと思ってたんだけどさ、なんで叶はいつもサンドイッチ食ってんの?」


 「話逸らさないで」


 ぴしゃりと言われてしまった。


 「中学の時から食ってたじゃん。叶は母親の作ったサンドイッチが好物なんでしょ?」


 取り出したストローをいちごミルクの紙パックに差し込みながら透也が答えた。


 そう言えばそうだった気もする。中学時代はこの二人を含めて七、八人のグループで飯を食っていたから、そんなことははっきりと覚えていない。我ながら、よくあんな大人数で集まって行動できていたものだと感心する。


 「そうだよ…それはいいとして!私は颯人の月花嫌いが目に余るって話をしているの!」


 「逆に聞くけど、叶はなんでアイツのこと好きなの?煩いしすぐ調子乗るし自己中で、友達からハブかれるような奴だよ?」


 三人の間に沈黙が落ちた。予期しなかった沈黙に戸惑っていると、そこに叶が紅茶の入ったペットボトルのキャップを捻った、パキンという乾いた音が響いた。


 「確かにそうだけど、あの子面白いでしょ。それに、もうそこまでハブられていないみたいだよ。最近私たち以外のクラスメイトとも関わり始めているし…あと可愛いよね、馬鹿なところが」


 「そうそう、馬鹿可愛いっていうの?」


 食い気味に透也が言った。

 わかるー、と互いに指を指して笑いあう二人。

 貶しているようにしか聞こえないが、果たして馬鹿可愛いというのは褒め言葉なのだろうか。多分違う。


 馬鹿は馬鹿だろうが。アレのどこが可愛いんだよ。


 「お前ら性悪同士でホント仲良しだよな」


 月花がいないお陰で味のする弁当を頬張りながら二人を睨みつける。


 「まぁ仲良しだよね?」


 透也がその腹立たしい程整った顔に柔らかい笑顔を浮かべて叶を覗き込んだ。

 叶はサンドイッチを持っていない方の手でそれを追い払う様な仕草をする。


 「やめてよ、私彼氏いるし」


 「は?」


 思わず声が漏れた。腹の下あたりがスッと冷たくなる。

 俺は隣に座っている叶の中学時代の彼氏の様子が気になって、透也の顔を覗きこもうとした。


 「うん、知ってる」


 俺が覗き込む前にパッと顔を上げた透也はいたって普通の表情をしていた。


 気味が悪いくらい平然としていた。



 日誌を書き終え、ペンのキャップを閉める。インクが付かないようにとセーターごと捲っていた制服の袖を元に戻して立ち上がる。椅子を足で戻すと、窓際で暖房に手をかざしながら外の景色を見ていた透也が振り返った。


 「じゃあ職員室行きますか」


 ん、と返事をして差し出された透也の広い手のひらに日誌を乗せる。これさえ渡せば日直の仕事は終わり、帰宅部の俺は晴れて学校から解放される。


 夕日が差し込む廊下をダラダラと歩いていると透也が口を開いた。


 「叶ってさ、可愛いよな」


 はっきりと言った。教室に居残っているうちの学年の奴がいたら絶対に聞こえているであろう声量で。

 幸い、どの教室からも人の気配はしなかった。

 透也と付き合ってたということもあってか恋愛的な意味で可愛いと思ったことはないが、確かに叶は可愛いと思う。

 艶のある黒髪からは時折石鹸の良い香りがするし、肌は透也程ではないが白く、強気そうに輝く瞳はぱっちりとしている。


 透也は浅く頷いた俺に向かって、顔の右半分を夕日で橙色に染まらせて「な?」と首を傾げた。

 コイツは叶のことが好きなのか。

 いつから?それとも、「まだ」好きなのか?


 「不毛な恋だと思ったろ?」


 確かに一回別れているし、叶には今彼氏がいる。難しい話だとは思う。叶は真面目な奴だからいくら透也がアプローチをしたところで、透也になびくはずが無い。


 「まだ好きだったのに振られてさ。高校生になったらもう一回告ろうと思ってたのに、その前に他の男に取られたんだよ。俺らしくねぇよなぁ」


 淡々と透也は話す。

 かける言葉が見つからない。むしろ、言葉をかけるべきではないような気がする。


 「タイミングって大事なんだよ」


 日誌で頭を叩かれる。

 透也は笑っていた。それは弱々しくて愁いを帯びたものではなく、ほくそ笑んでいるのに近かった。この表情は腹に一物抱えている時のそれだ。

 透也が何を企んでいるのか、俺には想像もつかない。


 「タイミング、か」


 「そ。ほんと後悔したわ」


 本当に心の底から後悔しているようには見えない。まさか、まだ勝算があるとでも思っているのだろうか。


 俺はタイミング、と再度口の中で小さく呟いてみた。


 「言っとくけど、お前散々月花ちゃんのこと馬鹿だ馬鹿だって貶してるけどお前も相当の馬鹿だからな」


 「は?」


 少なくとも俺は月花よりは成績が良いし、むしろ良い方、透也と同じくらいだ。

 だとしたら人間性において?卑屈な性格をしている自覚はあるが、自覚しているだけマシだろう。そこまで傍から見ていて滑稽な程俺は捻くれているのか?

 思い当たる節が全く無く、怒りよりも戸惑いを強く感じる。


 「どういうことだよ」


 「自分の胸に聞いてみな」


 透也のそのはっきりしない返答が胸に引っかかり、俺はその晩中々寝入ることができなかった。



 月花に彼氏ができたらしい。


 「月花のSNSの匂わせ投稿の多さたるや。どんだけ幸せアピールしたいんだっての」


 叶はまぁそれも可愛いんだけど、とでも言いたげに口元を緩ませている。

 彼女の右手でサイドテールの毛先を弄り、左手でスマホを操っているのを見て、やっぱり女子は器用なんだなと感心する。


 「幸せそうでなによりですねぇ」


 透也は冷やかすようにそう言って焼きそばをいちごミルクで流し込もうとした。それを見て食欲が削がれないように、俺はすかさず目を逸らした。


 「ちょっと、透也。あんたいつもそれ飲んでるけど、一緒に食べるもの考えて飲み物選びなさいよ」


 俺は無言で頷いた。


 「好きだからしょうがないよね」


 わざとらしく肩をすくめて言う透也を見て、叶は呆れたようにため息をついた。


 コイツ、マジか。

 叶は気付いていなかったが、透也は叶の瞳をじっと見つめながら今の発言をしていたのだ。

 透也は本気で叶とよりを戻そうとしているらしい。


 「まぁ元カノから『あんたはいつもいちごミルクを飲んでるからそんな甘い言葉が吐けるんだね』って言われたことあるしね」


 「煩いなぁ…」


 できればそんな思い出話は聞きたくなかった。親友がどんな甘い言葉を吐くのか少し想像してしまい、俺は眉をしかめた。

 叶は不機嫌そうにサンドイッチを食べている。

 透也は楽しそうにニヤニヤと笑っている。

 コイツの気持ちを知っている俺はどんな表情をしていいのかわからない。


 三人の間に漂う微妙な空気に、一人で勝手に居た堪れない気持ちになった俺は弁当を持って立ち上がった。


 「今日は別の場所で食べるわ…そういえば月花は?」


 クラスの中心の座へと着々と近づいていっている月花は今も尚、俺たちと昼飯を食べている。


 「ほら、そこの教卓で話してるだろ」


 見れば月花は昔いた例のグループの女子達と楽し気に話している。

 あれだけハブかれていたのに楽し気に話すことができる月花のことも、あれだけハブいていたのに親し気に話しているあの女子達のことも、俺は理解できない。


 いつしか叶が言っていた「女の人間関係は複雑な癖してどこか適当なんだよ」という言葉を思い出す。

 ひょっとして、月花はその「適当」な部分を見つけて、それを利用するのが上手なのかもしれない。



 重たい扉を開けた瞬間、風が吹き込んできて顔をしかめる。

 十一月下旬の屋上は流石に寒い。見渡す限り誰もいない。そりゃそうだ。こんなところで弁当を食べる奴は余程の馬鹿だ。

 眺めの良さそうな場所を見つけて、コンクリートの地面に座る。

 そう、俺は余程の馬鹿なのである。


 「ひゃー!!風強すぎ!前髪死んだー、ないわぁ」


 聞きなれた大声と大げさな物言い。


 「屋上で食べたいって言ったのは月花なんだからな」


 「でもこんなに風強いとは思ってなかったし!飛んでっちゃう!!」


 小走りでやって来た月花が隣に座ってきて、辺り一面に甘くて心地良い香りがふわりと広がった。

 飛ばねぇよ、と言いながら弁当箱を広げる。

 月花も俺の四分の一くらいの大きさの弁当箱とスムージーを出した。

 ケースから箸を出し、蓋に手を掛ける。


 「あっ!!!待って、投稿用に写真撮らせて!!」


 「はいはい」


 このやり取りも既に四回目なので慣れてしまった。なにも、食べられない訳ではないのだ。少し待っていれば食べることができるのだから、苦痛に感じない。


 「天気悪いからうまく光入んないなぁー、てか曇り空が背景ってどうなんだろ?あぁ、フィルター掛けて加工すればそれっぽく見えるかぁ」


 二人の弁当箱にカメラを向けてああでもないこうでもないと言っている彼女の姿を見て、自然と笑みがこぼれた。

 SNSに載せるためだけに寒い思いをして、角度や光の入り込み具合に細心の注意を払って写真を撮っているなんて馬鹿らしい。


 馬鹿らしくて、可愛い。


 「おっけ!ありがとねー!!お陰でいい写真撮れたよ、後で送るね!!」


 「お前、あんまSNSに投稿しすぎんなよ?相手が俺だってバレたら、また総シカト食らう羽目になるかもしんねぇし」


 弁当箱の蓋を開ける。今日の飯にも鮭フレークが載っている。箸で摘まんで口に放り込む。


 「なんでー?バレないようにしたいのも意味わかんないけど、なんで私の彼氏が颯人だったらそれがハブかれる理由になんの?ならないしょ」


 マスカラをのせた睫毛を瞬かせながら、月花はバナナスムージーを啜る。

 こんな寒い中で食っているのに弁当が美味い。


 月花は馬鹿みたいに無邪気で、馬鹿みたいに素直だ。

 その素直さに俺は偶にハッとさせられることがある。

 彼女の肯定の言葉は時に俺に希望を与えてくれる。偏屈な性格の俺を救ってくれる。

 月花は羨ましいほど真っ直ぐなのだ。良い意味でも、悪い意味でも。




 高校二年生になったばかりの頃、俺はクラスの中心で振る舞う月花が羨ましかった。敢えて目立たないように一人で過ごしていた俺とは対称的に、人に囲まれて、人を笑わせていて。

 しかし、彼女に抱いていたその羨望の意が次第に屈折していき、俺は彼女を疎ましく思い、遠ざけるようになった。


 そんなことに透也に発破を掛けられるまで気が付かなかった俺の方が、余程の馬鹿者なのだ。




 ちなみに、人は緊張すると飯が喉に通らないとはよく言うが味覚が鈍くなることもあるらしい。

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ナーバス・ランチタイム 匙丹小海 @Small__Sea_

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