第11話

「つまり、作戦の概要はこうだ。ヒトの身体を六倍のサイズに拡大出来るムーンキーパーであれば、おおよそ時速二十五キロほどで行軍可能だと思われる。不確定要素をマージンとして見ても、現地まで一時間半で行けるはずだ。だからこれから六時間以内に、ムーンキーパーに最低限の改良を施し、二台でJTVに向かう。一台はオフェンス、一台はバックアップだ。そしてPS7、二十台を回収し、迅速に帰投。ムーンキーパーには一台の〈三輪車〉を同伴させる。指揮命令、そして緊急時の足用だ」


 三輪車とは、特に搭載能力は何もない、本当に月面を走るだけの三輪電動バイクだ。これは基地に五台ほど装備されているから、仮に一台くらい失っても痛手はないのだろう。


「改造内容としては、簡単な装甲、それにレーダー、月面GPS、通信装置を装備させる。加えて、操作モジュールの宇宙服対応。可能か?」


 尋ねられたテツジは、口を尖らせ、僅かに考える。


「レーダーとか何とかは、よくわかんないっすけど。宇宙服対応って、ハード? ソフト?」


「ハードタイプの宇宙服がいいだろうな。ソフトでは、仮にムーンキーパーが破損した場合、危険を伴う」


「なら、そう難しくないっす。せいぜい四、五時間もあれば」


「レーダー、GPS、通信装置に関しては問題ないよ。昔のJTVのストックがあるからね」


 楽しげに云う羽場に、克也が付け加える。


「ま、それくらいの装置なら。適当に鉛で被えるか」


「せいぜい段ボール箱程度の大きさだよ。平気平気。三時間で可能」


 三人の答えを受けて、佐治は頷いた。


「よし、ギリギリ六時間は避けたかった。四時間でいいな? さて、問題は誰がムーンキーパーに乗るかだが」と、佐治は少し怖ず怖ずといった風にテツジに目を向けた。「やはり、あれにオレは乗れないのか?」


「むーりー」


 即答するテツジに、身を乗り出す佐治。


「どうしてだ! どうして宇宙服対応が出来て、サイズを大きくするのは出来ないんだ! 同じ事だろう!」


「だからさ。腕の長さとか足の長さとか、多少のアジャストは出来るけど。二十センチも違うと無理だって。新しく作らなきゃ」それでも引かない佐治に、彼は面倒くさそうに云った。「だから無理なもんは無理だって。一号機は百七十センチ、プラスマイナス五センチ! 変に胴長かったり手足短かったりするヤツは駄目! 二号機は百六十センチ前後のヤツ! わかった?」


 苦々しく表情を歪め、佐治はようやく諦めた。


「わかった。なら、一号機はキミらのチームの岡クンに任せたいと思っている。ムーンキーパーは、彼が一番乗りこなしているようだし」


「聞いてみないとわからんですけど。ま、いいんちゃいます? アイツ、そういうの好きだし」


「よし。そして二号機だが」


 私は素早く、片手を上げた。


「はいっ! 私は絶対に、乗りませんからね!」


 そんなこと、出来るはずがない。それは月面を、ロボット、外骨格に乗って歩くのは夢のような体験かもしれないが、それから一時間半も歩いて、JTVから積み荷を回収して、また戻ってくるなんて。とても私の体力で可能だとは思えない。


 だが佐治には当初から別の思惑があったらしく、軽く鼻で笑ってから私に云った。


「そんなことは考えてない」


「え? でも、この基地で他に、百六十くらいの人なんて。ディーさんは、こんなことしてる場合じゃないだろうし。あとは津田ドクターくらいしか」


「どうして女にこだわる。男でも一人、小さいのがいるだろう」


 あ、そういえば。


 皆が思ったのか、彼らの視線は、一斉に羽場に向けられた。


「え? ボク?」


 自分を指し示しながら云った羽場に、佐治は頷いた。


「他に誰がいる」


「いやぁ、でも。ホントにボク? 参ったなぁ。ボクはそりゃ、スケボーとかセグウェイとか、そういうバランス取るのは得意だけどさ。ムーンキーパーって結構力いるんでしょ? ボクよりゴッシーの方が力あるんじゃないの?」


「どっ、どうしてそうやって、か弱い女子を平気で危険な任務に送り込もうとするんです!」


「別に危険はないがな。限りなくゼロだ」


 云った佐治を、私はとにかく気合いで押した。


「無理ですって! っていうか、なんで皆さんそんなに、たかだかゲーム機のために必死になってるんです!」


「それは、暇だからな」


 重々しく呟いた隊長に、羽場が大げさに叫んだ。


「あっ! 隊長、そんなこと云っちゃ駄目でしょ! これは重要な任務だって!」


「じゃあ、二号機にはオマエが乗れ」


 佐治はそれで議論に片を付け、皆を見渡し、云った。


「オレは三輪車で同行する。細かい進路や作戦は、これから検討する。とにかくムーンキーパーの改造に取りかかってくれ。いいか、アメリカのジャイアン主義には、皆もいい加減にウンザリしてる事だろう。これは連中を見返す、いいチャンスだ」


 そして後を、隊長が引き取った。


「よし。この作戦には、基地の存亡がかかってる。皆、全力で事に当たるんだ。作戦名は〈ベテルギウス〉。皆の健闘を祈る」

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