1章2話 金髪碧眼の美少女が、願いのためになんでもする件について(1)



 朝には1つの太陽が昇り、夜には2つの月が瞬く惑星。

 ヴァッサーシュテルン。


 その4月の第2月曜日。

 大陸1つが全て領土の国家、ヴォルフラント。その東方に位置する首都にある天罰代理執行官育成学園高等学校の入学式が終わって、それから1時間後のことだった。


 数分前、新入生にとって初めてのホームルームが終わった。そのあと、真新しい制服に身を包み、入学式で新入生代表の挨拶を務めたアンナは学園長室に呼びされていて、事実、すぐにそこに直行する。

 そして――、


「入学の挨拶、ありがとう、ハーフェンフォルト君」


 労いの言葉をかけたのは学園長、テレサ・グラオヴァルトという12歳ぐらいの外見の女性だった。


 身体のどこに水滴を零しても、ことごとく弾きそうなきめ細かい色白の肌。炎のようにからまることを知らない、燃えるようにサラサラな深紅の髪。老いるという概念を未だ知らない、爛々らんらんと眼光が鋭い金色の瞳。

 背筋もキチンと伸ばしていて猫背ではなく、初見なら、どこからどう見ても少女としか認識できない。


 が、彼女は未成年ではなく、さらに深く言ってしまえば初老期さえ迎えている。

 そのせいだろう。幼女のような外見に不釣り合いなほど、気高そうで、気強そうな、精神的な強靭さのようなモノが伝わってくるのは。もし睨まれたら、肌が痺れ、焦げそうなほど。


「いえ、アタシも入学式の挨拶を任されて、こう言ってはアレですが、入学早々に嬉しかったので」


 ソファに腰かけるテレサの対面、同じくソファに座っているアンナは両手をパタパタ振って社交的に返す。と、言っても、まだ普通に年相応の少女っぽさが残っていたが。


「それで学園長、アタシをここに呼んだ用件というのは――」

「その前に、少し世間話でもしようか」


 テレサはソーサーからティーカップを手に取る。優雅な所作で香りを楽しんだあと、ようやくその紅茶に口を付けた。

 アンナの鼻腔びこうを突き抜ける、紅茶のフローラルで、蜜のように甘い匂い。


 だが、彼女がほぅ、と、惚けてしまったのは、紅茶ではなくテレサの所作が理由だった。

 その所作は、同性であるアンナから見ても過分に艶やかで、ドキドキしてしまうほどだったのである。端的に言えば色女だった。


「君は、入学式で在校生の挨拶を務めた3年次生、アルベルト・ナハトヒューゲルについて、どこまで知っている?」


 一瞬、なぜそのようなことを訊くのかわからなくて、アンナは答えられない。

 しかしすぐに切り替えて、その質問にゆっくりと答え始めた。


ちまたで噂になっていることなら、ほとんど知っているつもりです」

「――例えば?」


「この世界には数多くの神託オラクルを持つ神託者プレイヤーがいますが、曰く、アルベルト・ナハトヒューゲルの神託は『勝負に絶対に勝つ』という能力だとか」

「そう、正式名称は〈救世を願うギルティ罪重ねた屍ブレイブ〉という」


「他には……彼は入学試験の時、その神託を使い受験生で唯一、試験官を倒した。しかも、その試験官も時空干渉、または概念操作を可能とするSランク神託者だったのに」

「学園長として保証するが、それは事実だ」


「あと……入学後、先輩は腕試しということで多くの生徒に決闘を挑まれるも、全戦全勝。1年次の冬頃には、学内の戦績を評価されて、神の番犬ゴットベスティエと異端者たちの実戦に加わったこともあるけど、そこでも常勝無敗」

「そうだな。とはいえ、実戦では基本的に、敗北と戦死は同義ではあるが」


「ゆえに、本来Sランクまでしか位階がなくても、唯一無二の最強ということで、EXランクという二つ名で呼ばれている」

「あぁ、神託者の界隈でEXランクといえば、彼以外に該当する者はいない」


「それと余談ではありますが、会員の大多数が女の子のファンクラブが存在する、と」

「ぷっ、……おっと、失礼。本当に余談だな。しかし、事実ではあるが」


 締めくくると、テレサは再度、紅茶を口腔こうくうに含んだ。喉を鳴らすように嚥下えんげして、そこでようやく、ティーカップをソーサーに置き直す。

 ここまでアンナにいろいろとアルベルトの情報を語らせたが、その全てを彼女は否定しなかった。


 つまり、学園長であるテレサからしても、これら全ては事実である、ということ。

 そして、彼女は鋭くて、見た者の本質を量るような視線を向けて、アンナに問う。


「以前君は私に教えてくれたが、それを知った上で、本当にナハトヒューゲル君に決闘を挑む気なのか?」

「――っ、はい、それがアタシがこの学園、本校を選んだ理由、入学した理由ですから」


 一瞬、言葉に詰まってしまうも、すぐに訊かれたことを受け入れて、アンナは凛としてハキハキと答える。

 すると、テレサは扉の向こうに対して――、


「――だ、そうだ。入ってきたまえ、ナハトヒューゲル君」

「…………ッ!?」


 戦慄するアンナはバッ、と、扉の方に振り向く。

 それとほぼ同時に扉は開き始め、そこから1人の男子学生が入室してくる。


 黒い髪に、ダークブラウンの瞳。

 身体の筋肉は残念ながら、制服の上からでは細かくわからない。しかし顔は引き締まっていて、姿勢は軍人の見本にしてもいいぐらい正しい。

 少年は少し歩き、ソファに座るアンナの近くにくると、どこか冷めた声音で――、


「初めまして、ハーフェンフォルト。俺がそのアルベルト・ナハトヒューゲルだ」


 言われた瞬間、ゾク……ッ、と、アンナの全身が震えて、熱くなった。憧れの人に会えた喜び。あるいは最強が目の前にいることに対する本能的な恐怖。快感とも不快感とも分別が付かなかったが、とにかく、彼女の背中には昂揚感こうようかんのような刺激が奔る。

 目の前に唯一無二のEXランクが立っている。そう自覚するや否や、圧倒的なプレッシャーのせいか、めまいが起きる。その感覚は、気を緩めたら失禁さえしてしまいそうなほどだった。


「少々趣味が悪かったかな。だが許してくれ。私も交えて、新入生代表の君と、在校生代表のナハトヒューゲル君で集合写真を撮りたかったんだ。来年の入学案内のために」


 テレサが説明するも、もはやアンナの耳には届いていない。

 今の彼女にとって全ての音は、まるでリアリティがない別世界からの遠音のようにしか聞こえないから。


 次いで、フラッ、と、幽鬼のように立ち上がるアンナ。

 彼女は自分の目の前にいるずっと戦いたかった、倒したかった学園最強に対して――、


「アルベルト先輩! アタシと決闘してください!」


 有言実行と言わんばかりに、決闘を申し込んだ。

 真剣な表情のアンナ。対するのは一切表情を崩さないアルベルト。最後に、この場において唯一の観客であるテレサは、心底愉快そうに笑みを浮かべるだけ。


 張り詰めたような空気、肌が痺れるような雰囲気の中――、

 アルベルトはアンナの挑戦に――、

 絶対零度のごとき口調で――、


「別にかまわないが、そのためには恐らく2ヶ月間程度、順番待ちをしてくれ」

「……は? 順番待ち、ですか?」


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