双極のウロボロス
宵闇むつき
プロローグ
開幕
ナツメ@_natsume_
春咲市なーう!
「マジか」
スマホを手に、思わず声が出る。相手は仲のいい相互フォロワー、ナツメさん。春咲市というのは、俺が住むこの街のことだ。
旅行の準備をしている、という話は聞いていたが、まさか春咲にやって来ていたとは。
「観光地って訳じゃないんだけどな」
俺はベッドに寝転がっていた体を起こし、ナツメさんへのリプライを打ち込んだ。
ロック@春休み@redlock666
@_natsume_ マジっスか。実は地元ですよ
レスポンスの早い人だ。すぐに返事が来るだろう、と思ったところで、通知が一つ。
ナツメさんからダイレクトメッセージが届いていた。
『マジで? 嘘吐いてない?』
それに思わず笑いながら、俺は返事を打ち込んだ。
『エイプリルフールにはまだ早いですよ。マジで地元です』
『めっちゃ偶然じゃん! 神引きじゃん! 今ならSSR引けるわマジ』
『いや、既に運を使ってるのでは……』
慌てて突っ込んだが、遅かったようだ。
数分後、若干送れてレスが返ってきたと思ったら、文面が意気消沈していた。
『引けなかったわマジ……。これはロック君に俺だけのSSRになってもらうしかねぇわ……。いや、むしろ俺がロック君のSSRに……?』
『意味が解らねぇ! 爆死したのは解ったから帰ってきて!』
『タロイモ!』
『おかえり! 今日はやけにテンション高いっスね?』
『だってロック君の地元とは思わなかったからさ。暇なら逢っちゃったりする? 俺の正体を明かしてやるぜゲッヘッヘ』
『うっわ出会い厨キモイ』
『何歳? どこ住? 女子?』
『全部知ってるだろアンタ!』
『今あなたの後ろにいるのは誰?』
『そういうの止めて!』
もう夜の十一時過ぎだ。壁に背中を付けているからいいものの、後ろを振り返れなくなってしまう。
『ごめんごめん。で、どうよ? マジで逢って遊ばね?』
ネット上とはいえ、ナツメさんとはもう一年以上の付き合いだ。
ナツメさんのツイートに驚き、リプライを送ったことがきっかけで相互となり、今では毎日ダラダラと会話するほどになっている。
リアルの友人以上に仲良く、密接に、お互いのことを知っている関係だ。
だからこそ、ちょっと躊躇ってしまうのだ。ナツメさんの趣味であり、ライフワークを知っているから。
『止めて、俺にコスプレさせる気でしょう!』
『よく解ってんじゃねーかゲッヘッヘ! 迂闊にプリ写真あげてたりするから俺に狙われるんだぜゲッヘッヘ」
『現役のレイヤーに言われたくねぇ! あとそのキャラキメェよ!』
そう、ナツメさんはコスプレイヤーなのだ。フォロワー数六千を超える、その界隈では有名な人だったりする。俺がリプを送ったのも、そのコスプレの完成度の高さに驚いたからだった。
そして一年前、中学を卒業したばかりの――ツイッターを始めた当初の俺は、友達と撮ったプリクラをアイコンにし、はしゃいでいる写真をインスタグラムに上げていた。
だから俺はナツメさんを知っているし、ナツメさんにも顔を知られているのだ。
『前から言ってるけど、ロック君コス似合いそうでさー』
『マジで何をするつもりなんだよ!』
『ヤだな、コスプレだよ?』
『キャラ名! 性別!』
『コスプレだよ?』
『答えねぇよコイツ!』
『ゲッヘッヘ。で、どうする? こんな偶然二度とないだろうし、ガンガン行こうぜ』
「んー……」
若干悩む。が、今年の夏コミは一般参加して、ナツメさんと逢おうと思っていたのだ。予定が半年程度早まったと思おう。
何より、ナツメさんの言うとおり、こんな偶然は中々ない。
『解りました。折角ですし逢いましょう』
『お、マジで! やったーロック君大好き!』
『はいはい』
返事を打ち込みながら、俺は思わず苦笑する。困った人だなーと思うが、こういうところが好ましい人でもあるのだ。
と、ナツメさんからのレスが来た。
『まさかそれが、あんなことになるなんて……』
『変なフラグ立てようとしない! じゃあ、明日で?』
『そだなー。明日の午前中から? 一日中? コスを?』
『しません! てか持って来てんですか!』
『ほら、何があるか解らねぇし? んじゃ十時で』
『何を想定して生きてんだこの人……。 はい、十時で。春咲駅の北口にデカいラグビーボールの銅像があるんで、その前で待ってます。何もない街ですけど、適当に案内しますよ』
『了解だぜー!』
話に区切りがついたところで、俺は改めてベッドに寝転がる。少しゲームでもしてから寝ようかと思っていたが、今日はこのまま眠ってしまおう。
そう思いつつ、改めてスマホを見ると、
『こっちには一週間くらい滞在する予定だから、出来るだけ沢山遊ぼうぜ! それじゃあ、おやすみ!』
「一週間も? 本当、何しに来たんだあの人……」
おやすみなさい、とレスを返しつつ、俺は首を傾げる。
桜祭りの時期には少し早いし――その時期だったとしても、コスプレで練り歩けるような催しは行われていない。同人系のイベントがある、という情報も知らない。
それでも、『何か』があるのは確かなのだろう。そして俺は、春休みになんの予定もなく、暇を持て余していたところだった。
――まさかそれが、あんなことになるなんて。
冗談みたいな一文が、冗談でなくなってしまうことを、俺はまだ知らなかった。
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