第250話 蟻さん
一夜明け、朝食を済ませた清宏は王都へ向かう準備の真っ最中だ。
毎度の如くペインが面倒臭いとゴネていたが、結局は食べ物に釣られて了承し、今はバルコニーで清宏を待ちつつ、非常食として渡された干し肉をしゃぶっている。
素早く準備と確認を終えた清宏は、リリスに出発する旨を伝えると、いまだに不機嫌そうにしているルミネを振り返った。
「お前は行かなくて良かったのか?」
「行く理由がありませんでしょう・・・こちらに来たばかりだと言うのに何を報告しろと仰っるんですの?まさか、メジェド様方の事を陛下に報告しろとでも?」
「それもそうだな・・・」
清宏が頷いてバルコニーに向かって歩き出すと、ルミネはその背中をジト目で睨んだ。
「そもそも貴方もいらっしゃらない、アンネさんとレイスさんはベルガモットさんの教育、シスさんや他の方々は仕事がある・・・その上で私まで居なくなってしまっては、誰がフォルバンさんの介護をしますの?」
「あー・・・すまんが頼むわ」
振り返った清宏は申し訳なさそうに頭を下げ、ルミネはため息をついて頷く。
「任されました・・・こちらは私も見ておきますから、貴方はご自分の事に集中なさいな。
昨夜の一件に関しては正直まだまだ言いたりませんが、医療制度などに関しては素晴らしい考えであると思います・・・癪ではありますが、貴方の思いが実を結ぶ事を願っていますわ」
「了解、ありがとな・・・じゃあ行ってくる」
ルミネは若干恥ずかしそうに笑って清宏を見送ると、フォルバンの元へ向かう。
皆に手を振ってバルコニーに出た清宏は、先に外で待っていたペインと共に王都へ出発した。
それから約1時間、雑談をしながら向かっていた2人は、先日と同じ場所に降りて徒歩で王都に入る。
「まだ早い時間だってのに盛況だな」
「活気があって大変結構であるな!」
「取り敢えず、城に行くにはまだ早いだろうし街をぶらつくか?」
「ふむ・・・今日はそれ程腹も空いておらぬし、見て回るのも良いであろう」
2人は近くの露店で串焼きを1本ずつ購入し、ゆっくり食べながら通りを進む。
人の姿になっているペインは、スタイル抜群で背が高いためかなりの注目を集めているのだが、口の周りに串焼きのタレを付けているため誰も近寄ろうとしない・・・普段ならば見かねた清宏が口元を拭ってやるのだが、もし拭って綺麗にした場合、男達が寄って来る可能性を考えて敢えて放置しているようだ。
しばらく歩いて街中を見て回っていた2人は、多くの人で賑わっている建物の前で見知った人物と鉢合わせた。
「ラフタリア・・・お前何してんの?」
「ラフタリアよ久しいのであ・・・いや、まだ数日しか経っていなかったのである」
「げっ、清宏とペインじゃないの・・・あんた達こそ何してんの?」
話しかけられたラフタリアは嫌そうな顔をして後退り、2人を交互に見ながら尋ねた。
「俺は陛下に急ぎの用があってな・・・で、お前は何してんだ?報告書はもう終わったのか?」
「私は気分転換と近況と生存報告よ・・・依頼受けてなきゃ王都に居るのは分かってるんだから、毎日誰かしら来ないといけないのは勘弁して欲しいわよねまったく」
「生存報告なんてあんのか・・・」
「ギルドだって、自分達の管理してる冒険者の誰かが死んで何も知らないってのは問題あるから仕方ないのは私も理解出来るんだけどね・・・しばらく報告が無い場合には調査しなきゃならないし、もし何かあったら死んだ奴の家族への補償なんかもしなきゃならないから職員も大変なのよ。
で、陛下に急ぎの用って何なのよ?良かったら教えてくれないかしら」
面倒臭さそうに説明したラフタリアは、途端にワクワクとした表情で清宏に尋ねた。
だが、清宏は首を振ってそれを拒否すると、建物を指差した。
「人が多い場所で話せる内容じゃないし、何より報告がまだだろ・・・まずはそっちが先だ」
「そうだったわ・・・じゃあ、報告済ませたら城への道すがら聞かせて貰うわよ?」
「へいへい」
「・・・忙しい奴であるな」
駆け足で報告に向かったラフタリアの背中を見て、ペインは呆れて呟いた。
2人が外で待つ事5分、報告を終えたラフタリアが猛スピードで帰って来るのが見え、清宏は歩き出す。
「おい、人通りの少ない近道はあるか?」
「それならこっちよ!」
清宏の言葉に元気よく答えたラフタリアは、大通りから逸れ、小さな路地へと歩いて行く。
「ここなら殆ど誰も通らないから大丈夫よ!で、何の話をしに来たの?」
立ち止まって振り返ったラフタリアは、鼻息荒く清宏に笑顔で尋ねる。
清宏はそんな彼女にため息をつくと、念の為小さな声で話を始めた。
「この前、俺はこの王都から帰ってすぐに訳あって東櫻女氏國に行って来たんだが、向こうの女王の由良様から面倒な情報を得たんだよ・・・」
「訳あってって・・・あんた、あの後すぐに行ったって事?それに由良様って、何であんたなんかが会えるのよ」
「向こうの魔王に信濃ってのが居てな、そいつに頼まれて会う事になったんだよ・・・まあ、そこについての詳しい話はまたにさせてくれ」
「まあ、直接関係無い話なら別に良いわよ・・・それで、面倒な情報ってのは何なの?」
再度ラフタリアに尋ねられた清宏は、彼女に近付いて顔を寄せ、さらに小さな声で耳打ちする。
「砂漠の先にアガデールって国があるだろ?何でも、最近その国の軍隊が妙な動きを見せているらしい・・・下手をすると、この国か由良様の所に攻めて来るんじゃないかって話だ」
「マジで?いや、あの国なら有り得る話ね・・・てか、もしアガデールが攻めて来るならこっちの可能性が高いわ」
「何で言い切れる?」
清宏が神妙な面持ちで聞き返すと、ラフタリアはさらに小さな声で呟く。
「これはオーリックから聞いたんだけど・・・この前、マグラーって奴が邪魔をしたって話をしたじゃない?」
「あぁ・・・」
「何でも、マグラーの雇っていた使用人の中にスパイが紛れ込んでいた形跡があったらしいのよ。
そいつがスパイだったって事はマグラー自身も知らなかったらしくて、まだどこの国に雇われていたかも特定されてないらしいわ・・・そこで今回のあんたの情報でしょ、繋がりが無いって方が不思議じゃない?」
「確かにな・・・なあ、アガデールの動きはこっちには入ってないのか?」
「入ってたらリリス様との会談なんて開いてる余裕なんか無いわよ・・・」
「おい、そこの2人!いくら人通りが少ないからって往来で乳繰り合ってんじゃねーよ!」
清宏とラフタリアは身体を寄せ合う様に話をしていると、何者かに急に話しかけられて驚き、抱き合って振り返った。
そこには、冒険者風の男が苛立ちを顕にして立っていた。
「すっ・・・すんません!そんなんじゃ無いんです!!」
「違うなら尚更周りに気を付けろ!」
「すまなかったわね・・・」
2人が謝ると、憮然としていた男がラフタリアと目が合い口をパクパクとし始めた。
「ラ・・・ラフタリアさんでしたか!生意気な口利いてすんませんでした!!」
「いえ、周りを見て無かったのは事実だし、貴方が謝る事じゃないわ・・・それより、こいつとは本当にそんなんじゃないからね?ただ他に聞かれたくない話をしてただけよ」
「は、はい!すんませんっした!では、自分はこれで失礼します!!」
身体を90°に曲げて頭を下げた男は、慌ててその場から立ち去って行く。
男の姿が見えなくなったのを確認した清宏は、安堵のため息をついて周囲を見渡し、民家の壁に向かってしゃがみ込んでいるペインの頭に拳骨を喰らわせた。
「こっちは大事な話してんだから見張ってろよ!聞かれたらどうすんだ!?」
「い、痛いのである・・・我輩にも難しい話である事は解るのであるが、内容を知らんので油断していたのである」
「で、あんたは何してたのよそんなとこで?」
呆れたラフタリアが尋ねると、ペインは再び壁の前にしゃがみ込んで地面を指差した。
「蟻さんの行列を見ていたのである!」
満面の笑みを浮かべたペインを見た2人は、呆れ果てて壁に寄り掛かる。
「ひ、暇人にも程があるわ・・・てか、私達には呼び捨てなのに、蟻さんて・・・」
「国の大事より蟻の行列って・・・肝が座ってるんだか馬鹿なのか」
「いやいや、蟻さんは凄いのであるぞ!?こんな小さな身体で、自分より遥かに巨大な物を運ぶ力があるのであるぞ!!
もし我輩と同じサイズの蟻さんが居たならば、正直勝てる気がしないのである!!」
深いため息をついた清宏は、腕を組んで胸を張るペインの襟首を掴んで歩き出す。
ラフタリアも呆れて首を振り、その後について行く。
「ぬあっ!?蟻さん、我輩はまた会いに来るのであるぞ!!」
「もう来ねーよ!恥ずかしいからさっさと歩け馬鹿!!」
「本当、こんなんが竜族の最上位種とか信じられないわ・・・」
蟻に向かっていつまでも手を振っているペインを引き摺り、清宏とラフタリアは城に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます