第247話 ヤブじゃないですヤハブです。
男は顔を洗って戻って来ると、先程までとは打って変わって真剣な表情でフォルバンの前にしゃがみ、触診を始めた。
まず額に手を当てて熱を計り、リンパの腫れや関節などを確認する。
「爺さん、胸痛や倦怠感はあるかい?」
「そうじゃなぁ・・・確かにここ数日は胸の痛みと気怠さを感じるのう」
「熱は今より高かったりはしなかったか?」
「残っておった薬を飲む前は高く感じたが、今は大分楽にはなっとるよ」
「そうか、なら良かった・・・だが、古い薬を飲んでしまうと身体に障る事があるから、これからは出来れば控えてくれ」
男は問診と触診を終えて立ち上がると、心配そうに様子を見ていた清宏を振り返って苦笑した。
「こりゃあ風邪だな。まあ、少し拗らせちまってるが、残ってた薬があったおかげで悪化は防げたようだ」
「薬で治るのか?」
「この程度なら、薬と栄養のある食事を摂って安静にしていれば数日で良くなるだろう・・・だが、関節は時間が掛かるだろうな」
「風邪とは無関係なのか?」
「風邪から来る関節痛もあるが、何より長年の無理が祟ってる方がデカいな・・・まあ、働き者だったって証拠だ」
清宏に答えた男は、もう一度フォルバンの前にしゃがんで手を取ると、ニカっと笑った。
「なあ、長年の無理が祟ったって事は病気ではないんだよな?ならポーションとかは効くのか?」
「どうだろうなぁ・・・正直、ポーションてのは俺達医者が調合する薬とは違って製作者によって効果に差が出るから、当たり外れがかなり激しい物なんだよ。冒険者ギルドみたいに仕入れ先が決まってる所が扱ってる物は一定の効果が得られるんだが、その辺の怪しい店なんかじゃ粗悪品を安値で売り捌いてたりするからな」
男が肩を竦めながら答えると、清宏は自作のポーションを取り出して男に手渡した。
「それは俺が作ったポーションなんだが、あんたから見て出来はどうだ?」
「ちょっと待っててくれ・・・こりゃあ凄えな、ここまで澄んでるのは初めて見たよ!」
「飲むなら見た目も重要だし、効果をそのまま維持出来るよう気を付けて濾過してるんだ」
「ふむ・・・味も申し分ないんだが、何が入ってるのかさっぱりだ」
「色々と入れまくってるからな・・・一応、今使ってる素材のリストがあるんだが、それで判断出来るか?」
男はリストを受け取って目を通すと、手を叩きながら笑い始めた。
「はっはっは!こりゃまた贅沢だなおい!!あんたが作ってるのは、ポーションどころか王国が専属契約してる業者のハイポーションより上だよ!!
いやぁ・・・それにしても、最近オークションでかなりの高値で落札されたポーションがあるって噂を聞いたんだが、もしかしてこれかい?」
「いや、俺は出品してないけど・・・」
男の言葉を聞いた清宏は、答えながらアンネを振り向く・・・すると、アンネは困ったようにため息をついて首を振った。
「もしかすると、手に入れた方が出品したのかもしれませんね・・・」
「よし、帰ったら回収しよう!」
「それが良いかもしれませんね・・・」
清宏はアンネと頷き合うと、もう一度男に向き直ってポーションを指差した。
「それで、俺が作ったポーションは爺さんに効きそうか?」
「見たところ使ってる素材は問題無さそうだし、効果はあるだろう・・・だが、あまりにも効能が高い物を一気に飲ませると身体に負担が掛かる事もあるから、出来れば薄めて数回に分けて飲ませた方が良いだろうな」
「ふむふむ、じゃあこっちはどうだ?」
清宏は次にヒロポンを取り出して手渡す。
男はもう一度じっくりと観察し、一気に飲み干すと首を傾げた。
「これは何だ、ポーションとは違うようだが?」
「それは栄養ドリンクみたいな物なんだが、風邪で弱ってるなら飲ませても良いかな?」
「ふむ、まあ問題無いだろう・・・てか、これもなかなか贅沢だな」
「一応、滋養強壮とか精力剤としての効果もあるぞ?」
「だろうなぁ・・・娼館で売りに出せば儲かりそうだ。
さてと、それじゃあ診察も済んだし約束を果たさなきゃな」
男はヒロポンのリストを見ながら苦笑すると、棚に向かい薬草などを取って戻って来た。
「取り敢えず、俺が指示を出すから作ってみるかい?ただ見聞きするより、自分で作った方が練習にもなるだろ」
「そうだな・・・じゃあ、折角だしそうさせて貰おうかな?」
清宏は男の指示を受けながら薬の調合を行う。
やはり、普段からポーション作りで慣れているのか清宏は飲み込みが非常に早く、早々に基本を教え終えた男は、安心したように残りの作業を眺めていた。
調合を始めて30分が経ち、1週間分の薬を作った清宏は一息ついて立ち上がり、出来を確認をして貰うため、男に完成したばかりの薬を差し出した。
「うん、やっぱりあんたは良い腕を持ってるな!初めてでこれだけ作れれば、他の薬もすぐに作れるようになるだろう!」
「いや、あんたの教えが良かったからだよ。
なあ、そう言えば自己紹介もまだだったよな?俺は清宏、爺さんの名前はフォルバン、あの娘はアンネロッテだ・・・あんたには世話になったし、名前を聞いても良いかな?」
「い、いや・・・別に名乗る程の者じゃないからさ!気にすんなよ!!」
清宏が自己紹介をして名前を尋ねると、男は急に慌て出して勢いよく首を振った。
そんな男の態度に清宏達が首を傾げていると、男は俯きながら小さな声で呟く。
「・・・ブだよ」
「ん?何だって?」
「ヤ・・・ブだよ」
「ヤブ!?」
「誰がヤブだ!?ヤハブだって言ってんだろ!!だから名乗りたくなかったんだよー!!この名前のせいで今までどんだけ馬鹿にされた事か!!!」
ヤハブは叫んで頭を抱えると、床に倒れて駄々をこねる様に暴れ出した。
3人が哀れむような視線を向けていると、ヤハブはハッと顔を上げて立ち上がり、清宏の肩を掴んで揺さぶった。
「俺、ちゃんとしてたよな!?医者らしかったよな!?なっ!なっ!!」
「あ、あぁ・・・親の付けてくれた名前は仕方ないからな・・・。
それより、その名前の響きはこっちじゃないよな、移住して来たのか?」
ヤハブは清宏の言葉に安堵して頷くと、肩から手を離して椅子に座った。
「俺の故郷は、この国の東にある砂漠を越えた先なんだよ・・・」
「砂漠の先か・・・確か、アガデールって名前の帝国だよな?」
「ああ・・・あそこは昔から貧富の差が激しくてな、今でも田舎の金が無い連中は奴隷同然の扱いを受けてるような国なんだよ。
しかもな、さらに厄介な事にあの国は砂漠に近いせいで資源に乏しくてさ、下々の者達を無理矢理徴兵してまで他国を侵略し、資源を得ようとするクソみてえなところなんだ・・・俺はそれが嫌で15年前に亡命して来たんだ」
「話には聞いていたが、やっぱりかなり面倒な国なんだな・・・なあヤハブ、あんたは身を隠せる場所はあるか?」
清宏が真剣な表情で尋ねると、ヤハブは言葉の意味が理解出来ずに首を傾げた。
それを見た清宏は、外に漏れない様に気を付けながら小さな声で呟く。
「これは先日、東櫻女氏國で手に入れた情報なんだが、最近アガデールの動きがどうもきな臭くなって来てるらしい・・・多分、どこか近隣の国に攻め込もうって腹づもりかもしれない。
もしアガデールがこっちに攻めて来た場合、向こう出身のあんたを疑う奴が現れるかもしれないだろ?だから、今のうちに聞いとこうと思ってな」
「あの国なら有り得ない話じゃないな・・・。
それにしても、身を隠せるところか・・・医者仲間のところは迷惑かけちまうから無理だよなぁ」
「そうか・・・なら、もしそうなりそうなら俺のところに一時的に避難すれば良い」
「あんたは、今日会ったばかりの俺に何でそこまでしてくれるんだい?」
ヤハブが尋ねると、清宏は腕を組んでニヤリと笑った。
「この国・・・いや、人々の暮らしに医者は必要不可欠だからな!例えあんたが向こう出身だろうと、この国を選んで暮らしてるんなら尚更だろ?
それに、保険やら何やら話を進める時には、医者であるあんたの意見も聞かなきゃ始まらんだろ?」
「そうか・・・そりゃあそんな大役任されて野垂れ死ぬ訳にはいかねえよなぁ」
清宏はヤハブの言葉に満足気に頷くと、袋から大金貨を5枚取り出して握らせる。
「だろ?なら話は決まりだな!それじゃあ、約束の金だ・・・また自棄酒して溶かすなよ?」
「こんな大金貰えねーって!」
「あんたの仲間達も生活がヤバいんだろ?なら、その人達にも分けてやりゃあ良いだろ・・・そうすりゃあ、少しでもこの国に医者が残ってくれるからな」
「ありがとう・・・仲間達の事まで気に掛けて貰っちまって・・・本当、感謝しても仕切れないよ」
「気にすんなよ、持ちつ持たれつだろ?あんたは俺に協力し、俺はパトロンになった・・・それだけの事だよ。
さてと、それじゃあこれで失礼するよ・・・またアガデールの情報が何か入ったら報せに来る」
「ああ、あんた達も身体には気をつけてな!」
清宏達は別れを告げて診療所を出ると、ヤハブは3人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
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