第239話 一難去ってまた一難

 リリス城内の玉座の間、清宏とアルトリウスがメジェド達と共に消えてから半日以上が経過し、城主である魔王リリスは不安に瞳を潤ませながら広間をウロウロと歩き回っている。

 他の者達もリリスから話を聞いて心配してはいたものの、仕事を休む訳にもいかずいつも通り作業をこなしているが、やはり2人の事が気になるのか時折様子を見に現れたりと何かと忙しそうだ。

 広間をグルグルと俯きながら歩き回っているリリスが通算320周目に差し掛かると、彼女の眼前に突如として清宏が現れた・・・だが、俯いていたリリスはそれに気付かずに清宏の腹の辺りに打つかり、尻餅をつく。


 「ふぎゃっ!?」


 「おいおい、前向いて歩かないと危ないぞ?」


 清宏は急に打つかられて驚いたが、今にも泣き出しそうなリリスを見て苦笑して手を差し出す。

 目の前に現れたのが清宏だと分かったリリスは、ポロポロと涙を零しながら抱き着いた。


 「ぎ・・・ぎよびろぉー!いぎなり居なぐなっでじんばいじだのじゃぁぁぁぁっ!」


 「はいはい悪かったよ・・・メジェド様達に連れられて、信濃の方の問題を解決しに行ってたんだ」


 「一言ぐらい話じでほじがっだのじゃ!!」


 「それに関しては、いきなり連れて行ったメジェド様達に言ってくれ・・・てか、鼻水が汚ねーから抱きつくな」


 「んぐっ・・・アルトリウスも無事で何よりなのじゃ・・・心配したんじゃぞ?」


 清宏に鼻を拭われたリリスは、アルトリウスに笑顔を向ける・・・対等な立場である清宏の時とは違い、配下であるアルトリウスに笑顔を向けるのは、彼女なりの主としての信念から来るものだ。

 彼女にとって対等である清宏は弱さを見せられる相手であるが、曲がりなりにもアルトリウス達の主としては彼等に弱い姿は見せられない・・・彼女は生来涙脆い性格のため殆ど意味を成してはいないのだが、それでも彼等に笑顔を向けるのは彼女なりの優しさなのだ。

 それを痛い程理解しているアルトリウスは、リリスの前に跪き神妙な面持ちで頭を垂れた。


 「リリス様、この度は一言も告げる事なくお側を離れてしまい申し訳ございませんでした・・・」


 「もう良いのじゃ・・・妾は、其方達がこうして無事に帰って来てくれただけで嬉しいのじゃ」


 「有り難きお言葉・・・私には勿体のうございます・・・」


 リリスが涙を拭って笑顔で頷いていると、他人事の様に離れて見ていたメジェド達を清宏が連行して来た。


 「メジェド様、何か言う事は?」


 「スマヌ・・・」


 メジェド達が揃って頭を下げると、リリスは慌てて首を振る。


 「急な事で妾も驚いたが、其方達が居らねばあちらの問題を解決するのにかなりの時間が掛かったじゃろう・・・それを考えれば、今日一日で解決出来ただけ僥倖と言えるのじゃ。

 じゃが、妾にとって此奴等は大事な家族・・・今後は前もって話して貰えれば、要らぬ心配をせんで良いから助かるのじゃ」


 リリスの言葉を聞いたメジェドは素早く清宏を振り返り、リリスを指差して首を傾げた。


 「・・・魔王?」


 「紛う事無き魔王ですよ・・・まあ、かなりお人好しではありますがね」


 「向コウノ天使共ニ見セテヤリタイ」


 「イメージ崩れるからやめてくださいよ・・・ただでさえメジェド様達で腹一杯なんですから。

 さてと、メジェド様達はこれからどうします?」


 清宏が尋ねるとメジェド達は集まってヒソヒソと話しをし、振り返った。


 「帰還スル」


 「了解です・・・次来る時は先に教えてくださいよ?急に来られても心の準備が出来ませんから」


 「フム・・・デハ、コレヲヤロウ」


 メジェドはまたもや股の間から何か黒い物体を落とし、拾い上げて清宏に渡した。

 顔をしかめてそれを受け取った清宏は、渡された物を見て吹き出した。


 「今のご時世にポケベル!?てか使えんの!?」


 「神パウワーデ受信可能」


 「力の入れどころが間違ってる!?」


 「デハ、サラダバー」


 「ちょ、待てよ!」


 清宏は慌てて引き留めたが、メジェド達は手を繋いでそのまま消えてしまった。

 広間に静寂が訪れ、清宏は憎々しげに舌打ちをして頭を掻き毟った。


 「ほんと何なんだあの神達は・・・好き放題やって消えるとかあり得ないだろ!」


 「まあまあ、やっと落ち着けると思えば安いもんじゃ・・・」


 「そう言えば、俺達が居ない間に問題は無かったか?」


 清宏が尋ねると、リリスは目を逸らして口笛を吹いた。

 何か隠しているのが見え見えなリリスの首を、清宏はガシッと掴んで無理矢理振り向かせた。


 「何があったか正直に言えよ?」


 「ぐぬう・・・し、城の運営自体はいつも通り順調なんじゃが、アンネとレイスがちょっとな?」


 「2人がどうかしたのか?2人にはベルガモットの教育を任せていたはずたが・・・」


 清宏は広間内を見渡したが、アンネ達の姿が見えなかったためリリスに向き直る。


 「で、何があった?」


 「それがのう、ベルガモットの覚えがあまりにも悪過ぎて2人共引き篭もってしまったのじゃ・・・アンネが去り際に『これが殺意と言うものなのですね・・・』と言っておって怖かったのじゃ」


 「殺意の波動に目覚めてんじゃねーか!大問題だわ!!んで、ベルガモットは無事か!?」


 「あの娘なら、今は自室でルミネに説教をされとるのじゃ・・・」


 「まずはそっちが先か・・・俺も2人に任せた手前、ちゃんと叱って謝らせねーとならんからな。

 アルトリウス、すまないがお前はアンネとレイスのフォローをしてやってくれ」


 「承知いたしました」


 清宏は素早く指示を出すと、ベルガモットの部屋の扉を蹴倒して中に入る。

 半ベソをかきながらルミネの説教を受けていたベルガモットは、急に扉が倒れて飛び上がる。


 「し、師匠!?」


 「あら清宏さん、戻られたんですのね・・・その様子ですと、リリス様から状況は聞いてらっしゃるみたいですわね?」


 ルミネはさして驚きもせず、清宏を見てため息をつく。

 清宏はベルガモットを睨み付けると、床を指差した。


 「正座・・・」


 「はい?いや、既にしてますけど・・・」


 「正座しろよ早くよぉ・・・」


 「は、はい・・・」


 清宏のあまりの剣幕に気圧されたベルガモットは、清宏の目の前で正座し直す。

 しばらく無言で睨み付けた清宏は、深く長いため息をついて椅子に腰掛けた。


 「お前、父ちゃんと母ちゃんは好きか?」


 「えっ・・・そりゃあまあ、嫌いな訳無いですよ・・・」


 「尊敬してるか?感謝してるか?」


 「この質問にどんな意味が・・・」


 「答えろ」


 首を傾げたベルガモットは、再び清宏に睨まれて首を竦め、恐怖で涙目になりながら口を開く。


 「尊敬も感謝もしてます!」


 「なら、お前は何故その両親の期待に応えてやろうとしない・・・お前の両親は、お前の将来を考えて大事な娘を俺に頼んで来たというのに、当事者であるお前は一体何をしてるんだ?

 お前、今自分がやってる事がどういう事か解ってるか?お前自身が好きで尊敬も感謝もしている両親の期待を裏切ろうとしてんだぞ?お前、俺とクリスさんの話を聞いて来る事になったってのに、知らないってのは通らねーからな・・・甘えた事抜かす様なら、いくらあの人の娘でも叩き出すぞ」


 「はい、すみません・・・でも、私はああいうのはどうも苦手で・・・」


 ベルガモットが俯くと、清宏はただジッと見つめながら腕を組んだ。


 「・・・言い訳はそれだけか?」


 「すみません・・・」


 「良いか、誰にだって苦手な事はあるもんなんだよ・・・ただ、それをそのままにするかどうかは本人次第だし、克服するペースにも個人差がある。

 だがな、お前は最初からやる気が無いだけなんだよ・・・どうにかして克服しようって頑張ってる奴等からすりゃあ、お前は目障りな存在だろうな。

 俺はアンネとレイスにお前の教育を任せたが、あの2人はそう簡単に他人を見限るような奴等じゃない・・・だが、実際はどうだ?2人はたった1日でお前に愛想を尽かしちまった・・・俺が2人を贔屓していると思いたければ勝手に思ってくれて構わないが、何か理由が無けりゃ起こらない問題だろ?」


 「はい・・・」


 ただ返事をするだけで何も言い返して来ないベルガモットを見て、清宏は言葉を続ける。


 「お前は恵まれた環境で育って来たせいか、いまいち真剣味に欠けているってのがオレの第一印象だ・・・もちろん魔道具に関する熱意は認めるが、それ以外はからきしだ」


 「恵まれた環境・・・それは、家が裕福だからですか?」


 ベルガモットは清宏の言葉に苛立ちを見せて睨み付けたが、清宏は首を振って彼女を見据えた。


 「金どうこうの話じゃねーんだよなぁ・・・」


 「なら、何が恵まれているんですか?」


 「家族全員が健康で、会いたいと思えばいつだって会えるじゃねーか・・・まあ、クリスさんは忙しい人だから走り回ってるかもしれないが、それでもお前のところに帰って来てくれるだろ?

 なあ、お前はこの世界の全ての人達が自分と同じだと思うか?俺が勝手に言っちまうのは気が引けるが、ローエンとグレン、シスは孤児院育ちと言っていた・・・ルミネやオーリック達だって赤竜侵攻の時に家族を全員を喪ってるし、他にも家庭内不和とか色々と事情があるから誰も彼もが家族と仲良く一緒に暮らせてる訳じゃねーんだよ」


 「それを言うなら貴方もでしょう?」


 「そこで俺を出すなよ・・・」


 清宏がジト目で睨むと、話に割って入ったルミネはクスクスと笑った。


 「自分の事を隠しておきながら説教をするものではありませんわよ・・・言葉の重みが違ってきますもの」


 「それもそうか・・・クリスさんは俺が魔王の副官って事は言ってたかもしれないが、俺の故郷については触れてないかもしれないからな。

 ベルガモット、俺の素性についてクリスさんから何か聞いてるか?」


 「いえ、特には・・・」


 ベルガモットは訝しげに首を傾げ、清宏を見つめている。

 それを見た清宏は、ため息をついて苦笑した。

 

 「俺はこの世界の人間じゃねーんだ・・・ある日突然こっちに召喚されたんだよ。

 だから家族や友人に会う事は叶わないし、今までの自分がどんだけ甘ったれた馬鹿野郎だったかをこっちに来て嫌になる程思い知らされた。

 俺みたいな境遇はかなりレアだろうけど、家族と二度と会えなくなるのなんて誰にだって起こりうる事だし、それが何時になるかなんてそれこそ神のみぞ知るだ・・・お前も出来る内に家族サービスしとかなきゃ、俺やルミネみたいに後悔するかもしれないって事を忘れないでくれ」


 「私が頑張れば、父様や母様は喜びますかね?」


 ベルガモットが不安気に尋ねると、ルミネが彼女に近寄って抱きしめた。


 「そうでなければ、大事な娘を送り出したりしないのではありませんか?貴女はご両親から期待されているのですよ・・・それはとても幸せな事です」


 「この女、美味しいところだけ掻っ攫って行きやがった・・・」


 「あら、早い者勝ちですわよ?」


 「師匠とルミネさんてなんだかんだ仲良いですよね・・・似た者夫婦みたいです。お2人は結婚はしないんですか?」


 ベルガモットの何気ない質問に、清宏とルミネは怒りのオーラを放出して互いに身構えた。


 「誰がこんな年増と!今まで何を見てきたんだお前は!?これが仲良いんだったら、人族と魔族の争いなんておママごとレベルだわ!!」


 「年増ですって!?貴方、言って良い事と悪い事の区別も付かないんですの!?本当、貴方はそのデリカシーの無さが一番の問題ですわよ!!」


 「ああん?デカ尻はお前だろ!?」


 「誰がデカ尻ですか!デリカシーです!!その歳で耳が悪いなんて信じられませんわ!!」

 

 「生まれつき耳が聞こえない奴だって居るだろーが!差別か?お前、聖職者でありながら差別主義者なのか?信じられねー!クソかお前!!」


 「そんなつもりで言った訳ではありませんわよ!貴方個人に対して言っているのですわ!!」


 清宏とルミネが罵り合いを始めてしまい、原因となったベルガモットは、とばっちりを避けるためベッドの影に避難する。


 「おぉ・・・私の愚かな質問で2人が破局してしまう・・・」


 「破局以前に深い間柄ですらねーわ!隠れて好き勝手言ってんじゃねーぞ!!」


 「そうですわ!誰がこんな失礼極まりない男性と一緒になりたいものですか!!」


 「うわーん!やっぱり2人共息ぴったりで仲良いじゃないですかー!?リリス様助けてーっ!!」


 怒る2人に詰め寄られたベルガモットは部屋の外に逃げ出し、リリスに泣きつく。

 だが、リリス程度では2人を止められるはずもなく、結局その後はペインとアルトリウスの2人が巻き込まれる事になってしまった。

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