第231話 ロキソニン

 祠を発った清宏達はしばらく飛び続け、予定通りの時間で信濃の城へと辿り着いた。

 信濃と鞍馬が庭に降り立つと、それに気付いた配下達が慌てて駆け寄って来る。


 「おひい様、鞍馬様もご無事で!?」


 「心配掛けてすまんかったな、何とか無事に帰って来れたわ・・・」


 「そら良ございました・・・帰って来たもん達の話を聞いて、皆んな心配しとったんですよ?」


 信濃は涙を浮かべている女中に申し訳無さそうに頭を下げて謝り、集まっている配下達を見渡した。


 「戻って来て早々悪いんやけど、広間に全員集めてくれへんか?ウチ等の今後について話があるんや・・・」


 「へい、では直ぐにでも」


 配下達は信濃の指示を受け、手分けして他の者達を呼びに行く。

 信濃は清宏達を振り返ると、苦笑して頭を下げた。


 「慌ただしくて申し訳ないんやけど、広間に来て貰えんやろか・・・皆にも紹介せなあかんしな」


 「俺は別に構わんが、出来れば後でゆっくり城内を見せてくれると助かる。

 それにしても、この庭の枯山水とか本当見事だな・・・踏んじまって申し訳ないわ」


 「自分、ほんま好きやなぁ・・・魔王の副官に褒められたて知ったら、ウチの子達も喜ぶわ。

 せやな、帰って来たら気が済むまで見て回ったら良えわ」


 「心が躍るぜ!じゃあ、さっさと行って済ませなきゃな!」


 清宏が嬉しそうに信濃の後について行くと、アルトリウスが遠慮がちに肩を突いた。

 それに気付いた清宏が振り返ると、アルトリウスだけでなくメジェド達も珍しそうにキョロキョロと庭を見渡していた。


 「どうした?」


 「いえ、何処を歩けば良いのでしょうか?こうも模様が入っていると、踏んでしまうのを躊躇ってしまいまして・・・」


 「今回は別に良いんじゃないか?信濃達も普通に歩いてるしな」


 「そうなのですか?それにしても、何故この様な模様を描いているのでしょう・・・」


 「これは枯山水って言って、水を使わずに山水の景色を表現する庭園様式の一つだな。

 そう言えば、高校の修学旅行で行った龍安寺の石庭は見事だったな・・・あそこは、一度で良いから見せてやりたいくらいだよ」


 「清宏様ならば再現出来るのでは?」


 アルトリウスに尋ねられ、清宏は残念そうに肩を竦める。


 「俺じゃ無理だな・・・本当、龍安寺の石庭は特殊なんだよ」


 「どの様になっているのですか?」


 「幅約25m、奥行約10mの敷地に白砂が敷き詰められていて、そこに大小15の石が配置されているんだが、木や水を用いることなく自然を表現しているんだよ。しかもそれらの石は、どの位置から眺めても必ずどこかの1つの石が見えないように配置されているのが特徴だな」


 「それは・・・難しいですね」


 「だろ?」


 「おーい!自分等何してんねん、早うせえ!!」


 清宏とアルトリウスが話し込んでいると、遠くから信濃な声が聞こえて来た。

 2人が振り向くと、扉の前で信濃とメジェド達が待っていた。


 「やっべ、いつの間にかメジェド様達が先に行ってた・・・」


 「早く参りましょう!」


 2人は枯山水を崩さないように極力気を付けながら急ぎ、信濃達の元へ向かった。

 全員が揃うと、信濃の案内で廊下を進んで行き、一際豪華な襖の前に辿り着いた。

 信濃が前に立つと襖が音も無く開く。


 『おひい様、おかえりなさいませ!』


 信濃が中に入ると、既に広間に集まっていた者達が一斉に頭を下げる。

 信濃は満足気に頷くと、大広間の中央を進み上座へと向かった。


 「皆んな心配掛けてもうて堪忍な・・・早速やけど、色々と言っとかなあかん事があるから聞いてくれ」


 配下達の顔を見て優しく笑った信濃は、立ったまま話を始める。

 まず清宏達の事を紹介し、メジェド達に投げられてからの事や今後について決まった事を報告した。

 皆は信濃の話に真剣に耳を傾けており、最初こそ人間である清宏やメジェド達の異様な姿を怪訝そうな目で見ていたが、話を聞くにつれ安堵と期待に変わって行った。


 「さて、ウチからは以上や・・・」


 信濃が話を終え、清宏に視線を送る。

 清宏は頷くと一歩前に踏み出して頭を下げた。


 「先程信濃様よりご紹介賜りましたが、私は魔王リリスの副官を務めている清宏と申します・・・今回は急な来訪で皆様さぞ驚かれた事でしょう。

 私は見た通り人間ではありますが、皆様と志を同じくする者であると自負しております。

 今回、私の主である魔王リリスと信濃様が同盟を結び、皆様が直面している問題を解決する為の手助けをさせていただきたく足を運ばせていただいた次第でございます。

 何分若輩者ゆえ皆様にはご心配をお掛けするかとは思いますが、人族との交渉を私にお任せいただけたら幸いに存じます」


 清宏が礼儀正しく挨拶をすると、それを聞いていた信濃や鞍馬、メジェド達が口を開けたまま呆然として清宏を見ている。


 「き、清宏・・・自分、何か変なもんでも食うたんか!?」


 「ほんま、猫被るにも限度っちゅーもんがあるで・・・」


 「失礼にも程がある!?」


 清宏が信濃と鞍馬にツッコミを入れると、メジェドが肩を叩いて首を振る。


 「ヤハリ其ハ『ロキ』ニ似テイル・・・良イ人ブッテイル」


 「俺もこのくらいの挨拶出来るんですよ!」


 「コレカラハ、其ノ事ヲ『ロキソニン』ト呼ンデヤロウ」


 「痛み止めじゃねーか!てか何で!?」


 「ソレハ『ロキ』ニ『ソ』ックリナ『ニン』ゲンダカラダ」


 「略し方!?」


 清宏とメジェドが言い合いを始めてしまい、信濃達は完全に蚊帳の外になってしまった。

 信濃はため息をつくと、集まっていた配下達を振り返った。


 「話はもう終わりやから、皆んな仕事に戻って良えで・・・ウチは今の内に着替えて来るわ。

 アルトリウス、自分はどないする?その格好やと目立つで?」


 「私はこのままで構わん・・・一度清宏様の作務衣を着てみたが、私には和服と言う物が絶望的に似合わんのでな」


 「ああ、確かにそんな感じするわ・・・ほな、ウチは着替えて来るさかい待っとってな」


 信濃は清宏達を放置し、女中達を連れて自室に向かう。

 皆が居なくなった大広間では、信濃が戻るまでの間、清宏とメジェドによる舌戦が繰り広げられる事になった。


 

 

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