第195話 袖の下

 クリスの屋敷を出た清宏は、リンクス一家を送ってオーリック達と別れた。

 別れ際に、ペインにラフタリアの荷物を届けさせる約束をし、そこからはすぐに王都を離れて海沿いの街に向かう。

 王都の大通りを通る際、気絶したままのベルガモットを担いでいるペインが衆人の注目を浴びる事になりはしたが、ルミネが一緒に居たため何を言われるでもなく無事に離れる事が出来たのは幸いだ。

 現在、清宏達は海沿いの街からさほど遠く離れてはいない山間部の開けた場所で軽い休憩を取っている。

 飛んで小腹が空いたペインが干し肉を平らげるのを待った清宏は、ルミネに街について知っている事を尋ねた。


 「んで、街の規模はどんな感じだ?」


 「そうですわね・・・この国の港街の中では王都に近い事もあり、かなり大きな所です。

 それと、この街には浜もありますから、避暑地としても結構人気がありますわね」


 「避暑地か・・・なら治安は良さそうだな。

 だが、治安が良いって事は仲間になってくれる魔族捜しに影響が出そうだ・・・他には何か無いか?例えば、特産品とか名産品なんかがあればそれも買って行きたい」


 清宏に尋ねられ、ルミネは人差し指を頬に添えて首を傾げて思案する。


 「正直、私はあまり詳しくはないので何とも言えないのですが、お土産としては魚や貝類の干物や、お出汁用の海藻類なんかがメインになっていたはずですわ。

 あと、ここの様な港街限定ではありますが、生の魚を食べられると聞いた事があります・・・まぁ、私は流石に生魚は怖くて食べませんでしたが、ジルとカリス、リンクスなんかは気に入って食べていましたわね」


 「干物はあっちでも買えるから良いとして、海藻か・・・ワカメがあったら欲しいな」


 「清宏さんは生魚は大丈夫なんですの?」


 「ん?ああ、俺も大好きだぞ。刺身も良いが、白飯の上に旬の魚の切り身を載せて、出汁醤油とワサビで海鮮丼にするのも最高だ。

 せっかくだし、お前も食わず嫌いはやめて食ってみたらどうだ?生の魚は身がプリプリとしてて、焼き魚なんかとはまた違った美味さだからな。

 もし食べてから気分が悪くなったなら、薬をやるから試してみると良い」


 「そうですわね・・・まぁ、例え貴方でも食べ物に関して嘘はつかないでしょうし、お昼に食べてみますわね。

 それでどうしますの?いくら近いとは言え、徒歩で1時間は掛かりますし、そろそろ出発した方が良いと思うのですが」


 ルミネは清宏の提案に苦笑して頷くと、まだ気絶しているベルガモットを見て困ったように清宏に尋ねた。

 清宏はため息をつくと、寝ているベルガモットの上に跨り、頬を軽く叩いた。


 「ほれ、いつまで寝てんだ!さっさと起きないと放置していくぞ!?」


 「んにゃ・・・放置!?それは勘弁してください師匠っ!!ってあ痛っ!?」


 「ブッフォン!?」


 飛び起きたベルガモットは、馬乗りになっている清宏の顔面に頭突きを喰らわせてしまい、痛みで悶えた。

 そして、鼻っ柱にベルガモットの強烈な頭突きを喰らった清宏は、某サッカー選手の名前の様な声を上げ、真後ろに倒れて大の字になっている。


 「大丈夫ですの?」


 仰向けで倒れている清宏に、ルミネが笑いを堪えながら尋ねる。

 清宏は頭を振りながら身体を起こすと、鼻を撫でて頭からポーションを浴びて立ち上がった。


 「不意打ちはスキルが発動するかランダムだからな・・・正直めっちゃ痛い。

 さてと、ベルガモットも目が覚めたし行きますかね」


 「師匠・・・大丈夫ですか?」


 「心配すんな、あれは馬乗りになってて避け損ねた俺が悪い・・・俺なんかよりお前はどうだ?まだ頭が痛いならポーションをやるぞ」


 「あ、私は大丈夫です!小さい時から父様に拳骨を喰らっていたので、頭蓋骨の硬さには自信ありますから!!」


 「それは自慢にならないと思いますわ・・・お父上の苦労が目に浮かびますわね。

 さて、私達も参りましょうか、あまりのんびりとしていると置いていかれますわよ」


 「む・・・それはいかんのである!清宏に昼飯を奢って貰わねばならぬからな!!」


 意味もなく自身満々に答えているベルガモットに苦笑したルミネは、のんびりと座っていたペインを呼び、先を歩いて行く清宏達を追った。

 4人が山間部を抜けて街道に出ると、街に向かう多くの人や馬車が目の前を通り過ぎて行くのが目に入る。

 清宏は道の端に立ち止まって街に向かっている馬車を観察し、人の良さそうな御者を見つけて手を上げた。

 御者はそれに気付き、他の馬車の邪魔にならないよう端に寄せて止まった。


 「どうかされましたか?」


 尋ねられた清宏は、御者に申し訳なさそうに頭を下げ、後ろに居るルミネ達を見た。


 「申し訳ありませんが、よろしければ街まで乗せて行っていただけないでしょうか?

 慣れない道に迷ってしまい、何とか街道に出られたのは良いのですが、ここからまたしばらく歩くとなると彼女達の体力が保つか心配でして・・・あっ!勿論お礼は致しますので、どうか・・・」


 清宏はそう言うと、懐から数枚の貨幣を御者に渡して笑顔を見せた。

 それを受け取った御者は、満面の笑みを浮かべて荷台を指差した。


 「どうぞどうぞ!さぞお疲れでしょうし、荷があるので少々狭いとは思いますが、身体を休められてください!」


 「ありがとうございます・・・お言葉に甘えさせていただきます」


 「感謝いたします・・・貴方に神の御加護があらんことを」


 清宏が袖の下を使うのをジト目で睨んでいたルミネは、皮肉たっぷりの笑顔で御者に頭を下げて荷台に乗り込む。

 御者はルミネの神官服を見て一瞬顔を引きつらせたが、荷台から清宏に謝られて苦笑すると馬車を走らせた。


 「清宏さん、私の目の前であの様な行為はやめていだだきたいですわ・・・」


 「良いじゃねーか別に、これで楽して街まで行けるんだぜ?なんなら、今からお前だけでも降りて歩いて行くか?」


 「私は、対価を払う事について言っているのではないのです・・・嘘をついてまで乗る必要があったのかと言っているんですのよ?」


 ルミネの説教が始まり、清宏は面倒臭そうに欠伸をしている。

 ペインとベルガモットは、巻き添えを食わぬように大人しく荷台から見える景色を見ているようだ。

 清宏の態度が気に食わないのか、ルミネは眦がピクピクと動いている。


 「嘘も方便って言うだろ。馬鹿正直に答えて足元見られるよりは良いんじゃねーの?俺は金を払った、向こうは受け取ったで良いじゃねーか。

 お前はただ疲れたから乗せてくれってのと、道に迷って女が大丈夫か心配だって言われんのとどっちが信用出来るよ?俺なら断然後者の方が印象は良いし、力になりたいと思うがね」


 「本当に貴方とは相容れませんわね・・・私達を出しに使わないで下さいと言っているんです。

 印象云々の話ではなく、相手の誠意に付け入る様な真似に私達まで巻き込まないでいただきたいという事ですわ!」


 「へいへい、悪うござんしたね・・・綺麗事ばっかで生きて行けっかよ馬鹿らしい。

 結局のところ、人間関係なんて大なり小なり損得勘定で成り立ってんだろーが・・・俺とクリスさんの関係だって、腹を割って話し合って互いの考えなんかに共感し、先の事を考えれば利になると判断したから今の信頼関係を得られたんだからな」


 「貴方とクリスさんの利とは何ですの?」

 

 ルミネに尋ねられ、清宏は呆れたようにため息をついた。


 「あのな、それを聞かなきゃ分かんねーから視野が狭いって俺に馬鹿にされんだよお前は・・・清廉潔白をモットーにすんのはご立派だが、頭が硬いだけじゃ駄目なんだよ。

 いいか、俺とクリスさんの利ってのは和睦が成立した後の事に決まってんだろーが・・・そうなりゃあ俺の魔道具を大々的に広められるからな。

 俺は今まで生活に役立つ魔道具をメインに造って来たが、それは人族に俺達の事を認めて貰う布石にするためだ・・・だが、肝心の広める手段が無かったところ、俺の前に現れたのがクリスさんだ。

 クリスさん自身も魔道具の新たな可能性を模索している中で俺と出会い、今後俺の魔道具がこの世界に必要だと考えてくれたからこそ危険を承知で仲介役を買って出てくれた・・・結局、俺とクリスさんの関係も最初は自分自身の利益優先だったが、それが今では利益より信頼を優先するようになっただけだ」


 「・・・ですが、貴方とクリスさんの関係と今回の件では違うではないですか!」


 「これについても考えあっての事なんだよ。

 あのな、魔道具を広める為に必要なのは造って売るだけじゃねーんだ・・・運搬する奴も必要になってくるんだよ。

 俺が何でこの御者を選んだか分かるか?人の良さそうな見た目もそうだが、彼はお前達の事をネタにして同情を誘っても、金をチラつかせたら喜んでそれを受け取った・・・金を受け取ったって事は、この人なら金額次第では運送業界の裏情報なんかを聞き出せる可能性も高いと俺は踏んだ。

 やっぱり、広める為の取引相手なら信頼出来る所に頼みたい・・・もちろんクリスさんのところのコネもあるだろうけど、そこだけ儲からせちまったらあらぬ反発を受ける事もあるし、何より手が足りるかが問題だろ?なら、今のうちから信頼出来る業者の情報を集めておいて損は無い。

 俺はやるからには徹底的にやる性格だ・・・リリスに協力するからには、どんな小さな事でも見逃さない様に落とせるところには金を落とすんだよ」


 説明を聞いたルミネは反論しようとしたが、言葉が出て来ずに諦めて肩を落とした。

 清宏はその姿を見て勝ち誇る様に笑うと、ルミネに向かって胸を張った。


 「どうだ参ったか!俺は口数と勢いで相手を言い負かすのは得意なんだよ!!」


 「威張って言う台詞ではありませんわよ!考えがあるのならば、出来れば私にだけでも前もって教えて欲しいものですわ!!」


 煽る清宏に対し、ルミネは苦虫を噛み潰したような表情で怒鳴った。

 それから街に着くまでのしばらくの間、荷台の中には清宏がルミネを揶揄う声だけが響いていた。

 

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