第188話 清宏のお願い

 クリスの執務室に入り、席を勧められた清宏は、見るからに高級感溢れるソファーに腰掛けて一息ついた。

 2人はしばらくの間、互いに近況などを話し合いっていたが、先程の女性がお茶を用意し、退室したのを見計らってクリスは居住まいを正した。


 「さて清宏殿、今日はどの様なご用件でこちらまで来られたのでしょうか?」


 質問を受けた清宏は和かに笑うと、先程受付に預けようとしていた手紙を差し出した。


 「詳しい内容はこちらに書いてあるのですが、今日お訪ねしたのは、おりいってお願いがあっての事でして・・・宜しければ、クリスさんと商会の技術者の方々のお力をお借り出来ませんでしょうか?」


 「ふむ、我々の力ですか・・・」


 首を傾げたクリスは、受け取った手紙の封を開けて内容を確認すると、子供の様に目を輝かせて清宏を見た。


 「どうです、面白そうでしょう?」


 「それはもう!もしこれが実現したならば、歴史に名を刻む程の功績となることでしょう!!」


 勢い余ったクリスはテーブルを叩く様に立ち上がり、お茶を溢しそうになって慌てて座り直した。

 テーブルに広げられた手紙には、既存の物を遥かに上回る高性能通信用魔道具に関する内容が事細かに記されていた。

 清宏は、テンションの上がったクリスを落ち着かせると、一度咳払いをして微笑んだ。


 「これはまだ計画段階でして、設計図もまだ完成していない物です・・・ここに書かれている仕様が実際に組み込めるかなども分かっていない状況なので、クリスさんや技術者の方々の意見などを聞き、実現に向けて共に協力出来ればと思っています」


 「そう言う事でしたらば是非にでも!正直な話、我々も既存の物を改良し、より良い物が造れないかと何度も試みたは良いのですが、結果を出すには至っておりませんでした・・・もし宜しければ、清宏殿のお考えをお聞かせいただけませんか?」


 クリスが深々と頭を下げると、清宏は慌ててそれを止めた。


 「頭を上げてくださいよクリスさん・・・先程お伝えしたように、力をお借りしたいのは私も同じなんですから」


 「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません・・・」


 清宏は、申し訳なさそうに謝罪するクリスに笑いかけると、アイテムボックスから魔石を取り出してテーブルに置いた。


 「いえいえお気になさらず!では、先程聞かれました私の考えなんですが、既存の物に新型の魔術回路を施したとしても、根本的な解決にはならないと思っています。確かに新型魔術回路では若干の性能の向上は得られますが、出力不足が一番の問題です・・・それは、ただの魔石では新型魔術回路の利点を殆ど引き出せていないのが原因なんです」


 「清宏殿の仰る通り、我々もそこで行き詰まっているのです・・・現状、出力を上げようと魔石の数を増やせば必然的に魔術回路も増えてしまい、そうなると制御が難しくなってしまうのですよ」


 クリスが頭を抱えたのを見て、清宏はもう一度アイテムボックスを開くと、一際大きな魔石を取り出してクリスに見せた。

 クリスはその魔石を見て目を見開くと、恐る恐る手に取った。


 「清宏殿、この巨大な魔石は一体・・・」


 「クリス殿が城に来られた時にはお見せしていませんでしたが、これは魔召石と言って複数の魔石を融合させた物です・・・ちなみに、あの時に見せたレイスの魔道具や、ラフタリアの弓にもこいつを使っています。

 この魔召石は、魔王が召喚をする際に使う物なのですが、元は複数の魔石ですし、何より魔王の強大な魔力によって融合させているので、魔力含有量は普通の魔石の比じゃありません。

 正直、リリスはこの魔召石を人族に分け与える事に乗り気ではないようですが、私は、クリスさんが悪用しない事を了承していただけるならば、条件付きでお譲り出来るようにリリスを説得したいと考えています」


 「・・・これは、それ程までに危険な代物なのですか?」


 清宏は、クリスの問いかけに苦笑して頷く。


 「クリスさんだからこそお教えしますが、私達は既に属性を付与した魔召石の製造にも成功しています・・・この無属性の魔召石ならともかく、属性付きの物は正直人の手に余る代物です。

 例えるならば、このサイズで天変地異を引き起こす大量破壊兵器と言ったところです・・・まぁ、唯一の救いは、その状況を引き起こすには魔王級の魔力が必要と言う点ですかね」


 「まさかそれ程とは・・・」


 言葉に詰まったクリスに対し、清宏はテーブル越しに近づいて真っ直ぐに見つめた。


 「ええ、私も実験中に痛い目を見ましたよ・・・ですが、高性能の通信用魔道具にも、この国との共同事業の為の工場にも、この魔召石は必ず必要な物です。

 クリスさん・・・よろしければ、この魔召石を悪用出来なくする為の手段を私と一緒に考えていただけませんか?もしそれが可能になれば、この世界の生活水準は飛躍的に成長すると思うのですが、どうでしょうか」


 クリスは腕を組み、ソファーの背もたれに寄り掛かって天井を見上げて唸った。

 魔召石の魅力と危険度を天秤に掛け、しばらくの間悩んでいたクリスは、やがて意を決した様に頷き清宏を見た。


 「この世界の発展の為、及ばずながらご協力いたしましょう・・・ただ、どの様に用いても余りにも危険なようでしたら、今後一切魔召石は使わないと約束していただけますか?」


 「ええ、私もその技術で世界が壊れるのを見たくはありませんから・・・」


 清宏の答えにクリスは満足そうに頷くと、頭を下げた。


 「ありがとうございます・・・さて、そろそろ良い時間になりましたな、清宏殿はこれからどうなさるのでしょう?もし時間があるようでしたら、この後私の屋敷に来られませんか?」


 「おお、クリスさんのお宅へですか!?・・・あーっと、すみません・・・今日は仲間を待たせているので、よろしければ次の機会に是非・・・」


 嬉しそうに笑った清宏だったが、ペイン達を思い出し、心底残念そうに俯いた。

 クリスはそんな清宏を見て少し考え込んだが、しばらくして笑顔で手を叩いた。


 「ふむ、そうですか・・・でしたら、ご友人の方々も誘われたらどうでしょう?」


 「なんと!?ですが、結構人数が多いですよ?えーっと、私も含めて7人位ですかね・・・下手すると10人位になりますよ?」


 「今回は結構な人数で来られたのですね・・・お城の方は大丈夫なのですか?」


 「あぁ、私の仲間は1人だけなんですが、冒険者のオーリック達とも合流しなければならないんです・・・」


 「おお、彼等でしたか!私も一度は彼等の話を聞いてみたいと思っておりましたし、腕利きの冒険者である彼等の話を聞けるとなれば、妻や子供達も喜びます!」


 「では、お言葉に甘えさせていただいても宜しいでしょうか?」


 「それはもう、是非ともお越し下さい!それでは早速、まずはうちの者に伝えてからご友人を迎えに参りましょう!これは楽しくなってきましたぞ!」


 またもや子供の様にはしゃぐクリスを見て清宏は苦笑し、商会を後にする。

 まずは馬車に揺られて屋敷に向かい、クリスは客を招くとだけ伝えてすぐにリンクスの家に向かって再度馬車を走らせる・・・馬車の数が人数に合わせて2台になっており、非常に目立っている事は言うまでもない。

 その後、クリスの屋敷から5分程馬車を走らせ、リンクスの家の前に着くと、丁度皆が清宏を迎えに行こうとしているところのようだった。

 清宏はその中に見慣れない男性を見つけて首を傾げたが、その男性が子供達と手を繋いでいるのを見て、彼がリンクスの夫なのだろうと密かに納得した。

 家の目の前に2台の馬車が停まり、その中に清宏が居るのを見てオーリック達は我が目を疑っている。


 「皆の衆、待たせたな!」


 「・・・何をしてらっしゃるんですの?」


 いつも通りふざけた感じの清宏を見て、ルミネは呆れて問い掛ける。


 「クリスさんが、是非家に来て欲しいって招待してくれたんだよ。ちなみにお前等もな!」


 「やあ、急なお誘いで申し訳ないが、良かったら是非我が家に招待させていただけないだろうか」


 何故か得意気な清宏と、和かに笑っているクリスを交互に見て、オーリック達の間にしばしの沈黙が流れる。


 『・・・は!?』


 よく分かっていないペインとリンクスの子供達以外の全員の声が見事に重なる。


 「いや、だから夕飯に誘われてんだよ俺達全員」


 「えっ・・・ん!?私達もですか!?」


 「ご迷惑だったかな?」


 「いえ、そんな事は・・・突然のお誘いで、まだ混乱しておりまして・・・」

 

 「私も皆さんの御勇名は常々拝聴しておりまして、清宏殿とも親交が厚い事を知り、是非ともこの機会に皆さんの貴重なお話をお聞かせいただけたらと思い、お誘いさせていただいた次第にございます」


 クリスはいまだに状況を飲み込めていないオーリック達に対し、改めて丁寧に話しかけた・・・その瞬間、オーリック達は一斉に持ち直して恭しく頭を下げた。


 「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした・・・お誘い謹んでお受けいたします」


 クリスは、オーリック達の反応を見て破顔した。


 「はっはっは!やっとスイッチが入ったようだね、私も君達とこの様な機会を得られて嬉しく思うよ!いやぁ、清宏殿には感謝しなければな!!」


 「いえいえ、感謝しなければいけないのは私の方ですよ!クリスさんのお宅とか楽しみすぐる!オラ、わくわくするぞっ!!」


 自他共に厳しいと噂されているクリスに対し、遠慮なく軽口を叩いている清宏を見て、オーリック達は改めて清宏は肝が座っていると再認識した。

 

 

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