第179話 清宏、泥とゲロを被る

 王都で起きた一連の出来事を聞いた清宏は、腕を組んで唸った。

 オーリックは黙って清宏の反応を伺っているが、内心落ち着かないのかソワソワとしている。


 「あの、清宏殿・・・何か言っていただけると助かるのですが」


 「ん?あぁ・・・何というか、見事に絵に描いたような小悪党だな」


 「・・・それだけですか?」


 「だってさ、お前等みたいなのをまともに相手にするくらいなら、人質をとるのは常套手段だろ?そんなん誰でも考えるわ。

 王様も化け物、近衛騎士団長も化け物、お前等も化け物とくりゃあ常人なら人質とって潰し合って貰った方が楽だからな・・・まぁ、俺はそんなクソダサイ事は死んでもゴメンだけど。

 仮に俺がマグラーと同じ立場だとして、時間が無い中で人質をとるなら、リンクスだけじゃなくてお前等にも知らせるけどな・・・人質を救う救わないでお前等の意見が割れてくれれば、和睦云々の話なんて後回しになるだろう?俺ならその隙に二の手三の手を用意するけどな。結局、悪巧みなんて相手の心に隙を作って揺さぶり、絡めとって冷静な判断力を奪ってナンボだろ?」


 清宏がさも当然と言うようにお茶を飲んで答えると、オーリックが冷や汗を流した。

 

 「貴方を敵に回すのを想像しただけで胃に穴が開きそうですよ・・・」


 「本当にロクでもない人ですわね・・・私、引きましたわ」


 「失礼だなお前等・・・そんな手を使う気は毛頭無いから安心しろ。

 まぁ、今の俺等の戦力で人質なんてとるだけ無駄だけど・・・」


 「また何か召喚したんですの?」


 「聞かない方が幸せな事ってあるわよ・・・」


 呆れて聞き返すルミネを見て、それまでペインの面倒を見ながら酒を飲んでいたラフタリアがボソリと呟き、皆が沈黙した。


 「どうせいずれはバレるんだし、一応言っとく。

 お前等が城を出てから増えたのは、ペイン以外には狼人、シーサーペント、グリフォン、氷狼、砂鯨、餓者髑髏(仮)だな・・・本当はもう一体いたんだが、とんでもなくヤバい奴な上に自分で契約破棄して消えちまった」


 「世界征服でもするおつもりですか?」


 「リリスにそんな馬鹿げた野望は無いよ・・・それ以前に、そのつもりなら引きこもってなんかいないだろ?

 それに、他の魔王達への牽制が出来ると考えれば戦力は有って困らないからな」


 清宏が苦笑混じりに答えたのを見てオーリックは安堵して冷めたお茶を飲み干し、ルミネは不意に立ち上がった。


 「どうした?」


 「いえ、ちょっと席を外しますわね」


 「便所か」


 「・・・お花を摘みに行ってまいりますわ!」


 ルミネはヘラヘラと笑う清宏を睨みつけ、足早に店の奥に歩いていく。

 清宏はそれを見送ると、真面目な表情でオーリックを見た。


 「なぁ、リンクスはいつまで冒険者を続けるつもりなんだ?今回の誘拐の原因は俺達にもあるし、正直申し訳なく思ってるよ・・・でもよ、今回は大丈夫だったかもしれないが、次もそうだとは限らないだろう。お前等はどう考えてるんだ?」


 「リンクスについては、我々もこのままでは駄目だとは思っているのです・・・王都に到着してすぐにその話題が上がったのも事実です。

 ですが、どうやって彼女を説得すれば良いものか答えが出せないのです・・・」


 オーリックは力なく笑うと、俯いた・・・ジルやカリス、ラフタリアも複雑な表情でため息をつく。

 そんな皆の態度に苛立ちを覚えた清宏は、眉間にシワを寄せて睨んだ。


 「何が難しいってんだよ、お前等揃いも揃って馬鹿か?長い付き合いだから言い出せないか?あいつが素直に聞くはず無いから難しいのか?そんなもんは答えを先延ばしにしてるだけで逃げてるだけだろうが!?

 良いか、お前等があいつとその家族を大切に思ってんなら、あいつに何と思われようが言うべき事はちゃんと言うべきじゃねーのか?

 お前等はあいつが居なきゃ依頼も達成出来ない未熟者でもあるまいし、あいつが安心して引退出来るように堂々としてろよ!!」


 清宏がテーブルを叩いて立ち上がり、その衝撃で酒の入ったグラスが倒れた。

 オーリック達は歯を食いしばっているが、言い返せずに俯いている。

 店員や他の客からの視線に気付いた清宏は、我に返って座り直した。


 「すまん、部外者の俺が軽々しく言って良い事じゃなかったな・・・ルミネが席を外すのを待ってて良かったわ」


 「いえ、清宏殿の仰る通りですよ・・・我々は、彼女に恨まれるのが怖いのでしょう。

 私とルミネ、リンクスは幼馴染みで、幼い頃から一緒に過ごして来ました・・・赤竜侵攻で実の家族を失った私にとっては、掛け替えの無い仲間であり第二の家族と言っても過言ではありません。

 彼女は頼もしく、我々の冒険には必要不可欠な存在です・・・ですが、やっと踏ん切りがつきましたよ。明日、彼女と話をしてみようと思います」


 「そうか、焚き付けちまった責任もあるし、俺も一緒に話てやるよ。お前に直接言われるより、俺から言った方があいつも少しは冷静に聞いてくれるだろうしな・・・家族同然の仲間に言われるより、無関係の人間に言われた方があいつも傷付かないだろう?」


 「ですが、それでは清宏殿が・・・」


 「気にすんな、泥をかぶるのは慣れてる・・・今回はお前等にも迷惑掛けちまったし、迷惑料変わりにとっとけ」


 「ありがとうございます・・・」


 オーリックが清宏に礼を言うと、ジル達も申し訳なさそうに頭を下げた。


 「それにしても、やっぱりダンナは頼りになるなぁ!マジで再就職したいんだが・・・」


 「お前のところなら美味い酒が飲めそうだ」


 「私も引退したら考えてみるか・・・」


 「あんた達に冗談抜きに言っておくけど、マジで帰りたくなくなるから気をつけなさい・・・」


 「いや、マジでそれは冒険者としてどうなの?」


 清宏の申し出に皆は笑顔を取り戻し、安心したオーリックまでもが酒を飲み始める。

 しばらく皆で笑いながら話をしていると、真っ青な表情をしたルミネが戻ってきた。


 「おう、お帰り・・・どしたん?」


 「皆さんにお話があります・・・これを見てください」


 ルミネは戻ってくるなり紙の束をテーブルに叩き付け、オーリック達はそこに書かれた内容を見て震え出した。


 「ヤベェ・・・なんだこの金額」


 「言わずもがな、このお店の過去最高の売り上げらしいですわよ」


 「私達はこんなに食べて・・・あっ」


 顔面蒼白のオーリックは、二つ右隣に座ってまだ食べている美女を見て動きを止めた。

 オーリックの視線の先では、山のように積み上げられた皿を背にしたペインが満足気にゲップをしている。


 「そりゃあこんな金額になるわよねぇ・・・」


 「すまん、好きなだけ食って良いって言っちまったんだった。仕方ない、ここは俺が払うよ。

 それにしても、よく材料が保ったな・・・そっちの方が驚きだわ」

 

 「清宏さんの奢りですか?なら、私はこのケーキとお茶を・・・」


 「なら私も注文しようかな」


 「おうおう、好きなだけ食って豚になりやがれ!奢りだと思って調子に乗りやがって・・・」

 

 清宏は口では憎まれ口を叩いているが、楽しそうにしているオーリック達を見て嬉しそうに笑い、酒をあおる。

 ルミネとラフタリアは到着したばかりの食後のデザートとお茶に舌鼓をうっていたが、徐々にルミネの顔が赤くなり、座った目で清宏を睨んだ。

 

 「清宏しゃん!あにゃたと言う人は、なじぇ毎回毎回私にいじわりゅをしゅるんでしゅか!?」


 「ん?何だって?てか何なんだ一体・・・ラフタリアんとこの村長かと思ったわ」


 「誰がしょん長でしゅか!しょれより、なじぇ私をいじめりゅんでしゅか!?」


 「えっ、何んなの?まさか、お酒入ってた!?」


 完全に呂律の回っていないルミネに絡まれ、清宏はラフタリアと一緒に慌ててテーブルを確認するが、特に何も見当たらない。

 ルミネは酒が飲めないため、ケーキに酒が入っているのかと思ったのだが、ルミネの注文した物には含まれていないようだ。


 「何で無視しゅりゅの・・・?」


 「あーはいはい、分かった!分かったから落ち着け!!ったく、何が原因・・・まさか!」


 瞳を潤ませたルミネを振り払い、清宏はルミネの使っていたティーカップを手に取り、匂いを嗅いで青ざめた・・・少しだが、酒の香りがしたのだ。

 ルミネはカップを使い回していたため、先程清宏がグラスを倒した拍子に酒が入ってしまったのだろう。

 ルミネ自身も、まさか自分のカップに酒が入ってしまったとは思っていなかったらしく、全く警戒せずに飲んでしまったようだ。

 ほんの少しの酒が混ざったお茶で泥酔したルミネは、振り払われてもなお清宏に絡み付く。


 「ちゃんと私の話を聞いてくれてましゅか?」


 「ちゃんと聞いてるって・・・店員さーん、お水持って来てー!!」


 清宏が急いで店員を呼び水を注文すると、ルミネはおもむろに首に腕を回した。


 「ちゃんと話を聞いてくれりゅやしゃしい清宏しゃんにはご褒美をあげましゅねー・・・」


 「ちょっ、待てよ・・・っ!!!?」


 次の瞬間、店内が凍りついた・・・ルミネが清宏の顔を無理矢理抱き寄せ、キスをしたのだ。


 「ぶほっ!ル、ルミネ!?」


 「うわぁ、こりゃあ知った日には荒れるな」


 「酔って醜態を晒すなど、酒飲みにとって恥だな」


 「いや、そうじゃないでしょカリス・・・それより、マジでどうすんのこれ?」


 「ほほう、何だかんだ言いつつも仲が良いのであるな!で、これは何が起きているのであるか?」


 驚いて酒を吹き出して咽せているオーリックを除き、今後を想像して苦笑するジル、マイペースなカリスとそれに突っ込むラフタリア、そして腹一杯になって満足気だが状況を把握していないペインは、清宏とルミネを止めるでもなく眺めている。

 しばらく悶えていた清宏は、なんとかルミネの顔を引き剥がして涙目になった。


 「何で酔っ払った勢いでキス出来んの!?怖いんですけど!!」


 「おりこうしゃんにはご褒美をあげりゅものでしょー・・・うっ、きもぢわりゅい・・・」


 「ちょっ、わーっ!?俺の服に吐くんじゃねーよ!!店員さーん、バケツバケツー!!スタッフゥー、スタッフゥーー!!」


 清宏に抱き着いていたルミネは、揺さぶられた影響かみるみる顔が青くなり、清宏のシャツの中に盛大に嘔吐してしまう。

 店員がバケツを持って来た時には、ルミネは力尽きて寝落ちしており、清宏は床に座ってシクシクと涙を流していた。

 その後、清宏は従業員用の浴室を借りて汚れを落として着替え、憔悴し切った表情で支払いを済ませると、ペインに手を引かれながら宿に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 



 

 

 

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