7-2
村長の家の周りには、騒ぎを聞きつけて、老若男女を問わぬ野次馬が集まっていた。
馬に乗って出頭した若い二人の騎士と、彼らに守られるようにして帰ってきた儚げな娘の姿に、取り囲む村人たちからざわめきとため息が漏れる。
家の前で村人たちの指揮をとっていた村長は、おどおどと落ち着きなく、傍らに立つ貴人の顔色を窺った。エルアンリはフレイアシュテュアを待って待って待ちかねた挙句の顛末に、額に青筋を立てながらそこにいた。その憤怒に染まりゆく形相に、じりじりと村長の腰が引けてゆく。
エルアンリの突き刺すような視線に気づきながら、まるで意に介した風も無く、愛馬の背から颯爽と降り立って、ランディは馬上のフレイアシュテュアに両腕を差し伸べた。ガルーシアの黒い鬣から、恐々と手を離すフレイアシュテュアの、細腰を優しく支えてふわりと抱き下ろす。
自身も身軽に栗毛の愛馬から降りながら、一枚の絵のような二人の姿に、状況も忘れて見蕩れてしまうヴェンシナである。長身の偉丈夫であるランディに、並んで見劣りしない女性は数少ない。『兄』の欲目と言われればそこまでかもしれないが、フレイアシュテュアは本当に綺麗な娘になったと思う。
「フレイア――!!」
その美しい絵を壊すようにして、エルアンリが目を吊り上げてずかずかと近づいて来た。
「この――魔女が!!」
フレイアシュテュアの腕を掴んでランディから引き離し、罵倒するなりエルアンリはその頬を張った。
「私というものがありながら、他の男と今までどこで何をしていた! その魔性の瞳で、お前は奴に色目を使ったのか!!」
怒鳴りながらエルアンリは再度平手を振り上げた。
理不尽な言葉と暴力に対して、言い訳をすることも、反発をすることもなく、嵐が去るのをやり過ごすように大人しく待っているフレイアシュテュアを、ランディは背後から抱くようにして庇った。
勢い余ったエルアンリの平手が、鈍い音を立てて、フレイアシュテュアの頬の代わりにランディの上腕を殴打する。
「な、何だお前は! 邪魔をするな!」
エルアンリは逆上しながら焦っていた。ランディには、それまで彼が打ち据えてきた領民たちが持つような、卑屈さや従順さが微塵も感じられなかった。それどころか、一瞬殺気を帯びてぎらりと輝いた、力ある目に威圧されてしまって、それ以上の言葉を継ぐことができない。
「大丈夫ですかっ!?」
「大事無い」
慌てた様子のヴェンシナの問いかけに、ランディは簡潔に答えた。
「私は――、な」
ヴェンシナは全く堪えた風のないランディから、その腕の中へと視線を移した。フレイアシュテュアはランディに両肩を支えられ、ぶたれた左の頬を押さえながらその痛みに耐えていた。
ヴェンシナはフレイアシュテュアよりも頬を赤く燃やして、噛み付かんばかりの勢いでキッとエルアンリに向き直った。
「女の子に暴力を振るうなんてっ、何てことをするんですか!! 一体フレイアがあなたに何をしたっていうんです!?」
「その女は私に恥をかかせた!」
急に横からしゃしゃり出てきた、小生意気な童顔の若造に向けて、エルアンリは苛々と言った。
「この私が望んでやっているというのに、身勝手に部屋を抜け出して、お前たちのようなおかしな男を捕らえてくる!! しおらしいふりをしてとんだあばずれだ!!」
「何ですって!?」
自分の大切な存在を汚すようなエルアンリの言葉に、昨夜からずっとくすぶり続けていたヴェンシナの怒りは沸点に達した。
「フレイアを侮辱しましたねっ!! それにっ、おかしな男とおっしゃいますがこの方は――」
「下がっていろ、ヴェン」
片手でフレイアシュテュアの身体を支えながら、ランディは見かねてヴェンシナの肩を引いた。騎士の叙勲を受けているとはいえ、領民の出身であるヴェンシナが、正面を切って領伯の子息に楯突くのは賢いことではない。
「ですが!!」
肩越しに振り返り、その手を振り切ろうとするヴェンシナに、ランディは一言一句をしっかりと言い聞かせた。
「つまらん挑発に乗るな。
「……申し訳ありません」
ランディが暗に言わんとしていることに気付いて、ヴェンシナはふと我に返った。彼が止めに入らなければ、自分は今、とんでもないことを口走っていたのではないだろうか?
「その男が何だと言うんだ? そうだ、そっちのお前――、さっきから私のフレイアに、馴れ馴れしく触っているなっ!!」
エルアンリはランディがフレイアシュテュアを抱いたままでいる――彼の目にはそう見える――ことに怒り、小柄なヴェンシナを押しのけて、ランディに矛先を向けた。
軽くよろめいたヴェンシナに、人垣から飛び出してきたラグジュリエが素早く駆け寄る。
「ラギィッ!?」
「しーいっ」
ラグジュリエは唇の前に指を立てて、ヴェンシナを野次馬の輪の中に引っ張り込んだ。
ヴェンシナはしっかりとしがみついてくるラグジュリエを片腕にぶら下げて、村人に混じってはらはらしながら成り行きを見守ることになってしまった。
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