4-2

 一同は食事を続けた。料理が大方片付いたところで、カリヴェルトとラグジュリエが皿を下げ、シャレルは香草茶を入れて林檎パイを切り分けた。

「ああそうだ、みんなにお土産があるんだった」

 香草茶で一息ついてから、ヴェンシナは思い出したように席を立ち、小さな包みを四つ抱えて食堂に戻ってきた。


「これが牧師様で、それが姉さんで、こっちがカリヴァーで、それからラギィのでよかったかなあ?」

「ありがとう、その気持ちが嬉しいのお」

 とエルフォンゾ。

「悪いわねえ、何かしら」

 とシャレル。

「すまないね、ヴェン」

 とカリヴェルト。

「嬉しい! ありがと、ヴェン」

 とラグジュリエ。

 土産を受け取りながらみな口々に礼を述べた。


「開けてみてもいい?」

「うん、いいよ」

 ワクワクしながらラグジュリエは包みを開いた。中には色鮮やかなクルプア硝子で細工が施された、小さな手鏡が入っていた。

「うわあ、綺麗!」

「気に入った?」

「うん、ありがと、ヴェン! 大好きよ!」

 ラグジュリエは裏側に嵌め込まれた硝子のモザイクを、洋灯ランプの明かりに照らして煌かせて見たり、鏡の中の自分の顔を覗き込んだりしてとても嬉しそうだ。他の三人も包みから中身を取り出してにこにことしている。

 エルフォンゾには落ち着いた色調のクルプア硝子の文鎮、カリヴェルトには銀を薄く延ばした細工物の栞、そしてシャレルには薔薇色の口紅。


「なかなか趣味のいい土産だな」

 ランディは感心して、足元に置いていた袋を見える位置に持ち上げた。

「これを、私からは塩を」

「まあ、すみません」

 シャレルは椅子から立ち上がって、くるりと食卓を回り、ランディの傍まで受け取りに行った。

「この辺りでは結構高価なのよ。村にはお店がないから、町まで行くか行商を待たないといけないし」

「そう聞いていたのでな、喜んでもらえると嬉しい」

「勿論よ、どうもありがとう」

 シャレルは塩の袋を大切そうに胸に抱え、そのまま台所へ置きに行った。


「それからこれは特別だ。ラギィに良い物をあげよう」

「ありがとう、なあに?」

 ランディはポケットの中から取り出したそれを、ヴェンシナを挟んでその向こうにいるラグジュリエに、ヴェンシナには見えないよう隠しながら手渡した。

「きゃあっ、ヴェン!」

 ラグジュリエはランディにもらった土産を見て黄色い歓声をあげた。ラグジュリエの手元を覗き込んだヴェンシナは、顔から火が出る思いで、慌ててそれを彼女の手から奪い取った。


「なっっ、何ですかっ、これはっ!?」

「よく描けていると思わないか? お前の似絵だよ」

 ランディはにやにやと笑いながら楽しそうに答えた。

 ヴェンシナの手のひらに収まる小さな額縁の中で、真っ赤な林檎を片手に満面の笑みを浮かべているのは、他でもない、どこからどう見ても自分の顔であった。筆跡は勿論ヴェンシナのものと違っているが、 ご丁寧にもっともらしい署名まで添えられている。


「どうしてあなたがこんなものをお持ちなんですっ!?」

「知らないのか? クルプアの下町に行けば簡単に手に入るぞ。近衛二番隊は王宮騎士の花形だからな、みな生半な役者などよりもよほど人気があるそうだ。ちなみにヴェンシナは、赤丸急上昇中の注目株で、小さな子供から老婦人まで、幅広い年代の女性に好まれているらしいぞ」

「ほっほう、ヴェンシナもやるのう」

 エルフォンゾが笑いながら声を挟んだ。

「牧師様までっ……、嫌です、恥ずかしいですよ、こんなのっ」

「他にもたくさん種類があったぞ。それが一番出来が良かったが」

「ええっ!?」

 ランディの言葉に、ヴェンシナは口をぱくぱくさせて青くなったり赤くなったりしている。ラグジュリエは似絵を取り返し、胸に抱きしめて無邪気に聞いた。


「ランディの似絵はないの? ランディも近衛二番隊の騎士様なんでしょう?」

「そうだが、自分の似絵を買うような趣味はないからな」

「そうかあ、そうよねえ」

「それに私は、ヴェンと違って王宮内での内勤が多い。王都の民衆にさほど顔を知れられているわけではないから、よほどの物好きの店でないと、私の似絵など取り扱っていないだろう」

「勿体無いわねえ、ランディもわりと素敵なのに」

 ラグジュリエは昔からヴェンシナ一筋である。全く系統の違うランディのことは、世間一般的に見て好い男だと思うが興味は無い。

「それはありがとう」

 少女の社交辞令にランディは微笑で応じた。

「でも、あなたの方がヴェンよりも、王都には詳しそうですね?」

「私は王都生まれの王都育ちだから」

 ヴェンシナの恨みがましい視線を受けながら、カリヴェルトの追及をランディはしれっとかわした。

「仕事で王宮を離れることは少なくとも、実家に帰ったり、友人を訪ねたり、私用では時々出かけている」

「確かに、制服を着ていないと、近衛騎士様だってことはわからないわよね」

 食卓に戻ってきていたシャレルが頷いた。


「ねえ、王太子様ってどんなお方なの?」

 青い瞳を好奇心で輝かせながらラグジュリエが聞いた。

「今、二十歳ぐらいなのよね? 格好良い方だといいなあ」

「どうだろう……? なあ、ヴェンシナ」

 答えあぐねたランディが肘で突付いてきたので、先ほどの衝撃の余波からようやく立ち直りつつ、ヴェンシナは助け舟を出した。

「ええと……、黒髪に黒い瞳の背の高い御方でね、御年二十一におなりだよ」

「へえ」

 ラグジュリエはドキドキしながら想像の翼を広げた。城の王子は乙女の永遠の憧れだ。


「王太子様とえいば、そうだわ、ヴェン、王宮に帰ったら私の代わりにお礼を申し上げておいてね」

 シャレルが何やら思い出した様子でヴェンシナに頼んだ。

「何のお礼? 姉さん」

「結婚のお祝いにって花嫁のヴェールを賜ったの。必要以上に気を遣うといけないから、ヴェンには内緒でってことだったんだけど、とても豪華で、こんな田舎の教会で用意できるような品ではないから、聞かれる前に言っておくわね」

「そうなんだ……」

 ヴェンシナはちらりとランディを見た。そ知らぬふりでお茶を飲んでいる。

「すぐにお手紙を差し上げたんだけど、ちゃんと王太子様のお手元まで届いているのかしらねえ、心配だわ」

「殿下はヴェンの姉上から、丁寧な礼状を受け取ったとおっしゃっていた」

 カップを受け皿に戻しつつ、ランディは王太子に代わって答えた。

「まあ、よかったわ」

 シャレルは頬を綻ばせ、ほっと胸を撫で下ろした。


「さてと、そろそろお開きにしようかの、ヴェンもランディも今日はお疲れじゃろう」

 労わるような眼差しを騎士たちに向けて、エルフォンゾが穏やかに提案した。

「そうだね、それじゃあ部屋まで僕が案内するよ」

「ちょっと待って、カリヴァー」

 立ち上がりかけたカリヴェルトを留めて、ヴェンシナはポケットに忍ばせていた薬包を開き、件の胃薬を水で流し込んだ。

「おや? どこか悪いのかい?」

「ううん、今はまだ大丈夫。悪くならないように予防してるだけ」

「ふうん?」

 カリヴェルトは不思議そうにヴェンシナを見たが、余計な詮索はしなかった。


「それじゃあ、ご馳走様」

「お休みなさい。ゆっくり休んでね」

「ああ、お休み」

 老牧師や娘たちと挨拶を交わして、ランディとヴェンシナは、カリヴェルトに連れられて二階へと上った。

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