第三章「帰郷」

3-1

 教会の扉の前にある、短い石段に腰掛けて、少女はヴェンシナの帰りを待っていた。

 ヴェンシナは三年前、入隊資格が与えられる十六の歳で、軍人になることを志願して、一人村を離れ王都に行ってしまった。

 故郷の村と『家族』を守るために、国境警備隊に入りたいというのが、子供の頃からの彼の口癖だった。

 それなのに一年間の見習い期間を過ぎても、ヴェンシナは帰ってこなかった。代わりに届いた便りには、数年は帰れぬ侘びと、近衛二番隊に配属が決まったことが書いてあった。


 デレス王室近衛兵団騎士隊二番隊――通称近衛二番隊は、王太子の身辺警護のみならず、未来の国王の側近育成を目的として、特別編成される若手騎士の精鋭部隊だ。選ばれるのは非常に稀なことで、名誉なことだと村人は称えた。誇らしく思いながらも、けれど、少女は、寂しかったのだ。



*****



 シュレイサ村にゆるゆると陽が落ちる。秋の日の夕暮れはひときわ赤い。すでに夜の香りを孕む風が、冷ややかに髪を揺らし頬を撫でてゆく。

「ラギィ、身体を冷やすわ」

 優しい声と共に、ふわりと肩にショールを掛けられた。

「ありがと、シャレル」

 暖かなショールに頬ずりをしてから、ラグジュリエは仰向くようにして、声の主を振り返った。


「ねえ、まだかな、もうすぐかな? 村の入り口まで迎えに行っちゃ駄目?」

「駄目よ、もうじきに夜になってしまうもの。本当は部屋の中で待っていて欲しいけど、あなたは言ってもきかないでしょうからねえ」

「だって、三年ぶりだもの。少しでも早く会いたいの」

「そうね、あなたを見たら、きっとヴェンは驚くわね」

 ヴェンシナと同じ、榛色の瞳を柔らかく細めて、シャレルはラグジュリエの赤い髪を撫でた。


「大きくなったものねえ」

「……それだけ?」

 ラグジュリエは拗ねたように唇をとがらせた。くすくすと笑いながらシャレルは答えた。

「見た目はずいぶんと娘らしくなったわよ。お転婆は変わらないけどね」

「それは言っちゃ駄目だからね、内緒にしててね!」

「わかったわ、いい子だから、ここで大人しく待っていなさい」

 もう一度少女の髪を撫でて、シャレルは教会の中に戻ろうとした。

 その視界の端に、こちらに向かって大きくなってくる、二騎の黒い騎影が映った。


「きっとヴェンだわ! ヴェンー!!」

 勢いよく立ち上がり、スカートの裾を翻して、待ちきれずにラグジュリエが駆け出してゆく。三年ぶりに帰ってきた、弟の無事を早く確かめたくて、シャレルも思わず後を追った。

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