王女様の高級尋問官 薔薇と百合の事件簿 ~美少女たちに愛をささやくと簡単に堕ちてしまうのは何故だろう?~
兎月竜之介
修道院編 1
まるで聖女のようだわ、と誰かが呟いた。
聖ベロニカ修道院は神学校に通っている女学生のための施設である。修道院では10代前半から10代後半までの少女ばかりが30人ほど暮らしており、まさしく男子禁制の秘密の花園なのだった。
修道院に併設されている教会には、週末ともなると100人を優に超える婦女子が集まる。ミサでは聖書の読み上げや修道院長による説法などが行われるが、参加者たちが特に楽しみにしているのが聖歌隊による合唱だ。
修道服に身を包んだ少女たちが壇上に並んで、美しい声で聖歌を合唱する様は壮観である。けれども、それすらもミサの一番最後に控えている催しにとってはあくまで前座に過ぎないと言えた。
ヴァージニア王家の第三王女マリアンヌ・ヴァージニア。
この国を治める王家……その正真正銘のお姫様が、最後に聖歌の独唱を披露するのである。普段は王宮の奥で暮らしている姫君が、毎週欠かさずミサに出席するのはもちろん異例中の異例だが、それは彼女自身が望んで申し出たことだった。
聖女ベロニカの石像を背にして、マリアンヌは壇上で聖歌を歌い上げている。
きらびやかなステンドグラスから光が差し込み、腰まである彼女の青髪は天使の輪のような淡い光をまとっていた。きめ細かい色白な肌は微かに汗ばみ、頬は若い林檎のような微かな赤みが差している。聖歌の歌詞を紡いでいる唇はしっとりと桜色に塗れており、清楚でありながら同性までも強く引きつけるような色気を秘めていた。
身につけているものは修道服を模したシンプルなドレスだが、全体に細やかな意匠が施されているため高級感も感じられる。そして、つやつやとしたドレスの布地には、細身ながらも肉感のあるシルエットが浮き上がっていた。
優雅に聖歌を歌い上げるマリアンヌからは、王家の一族としての堂々とした迫力が感じられる。そんなマリアンヌの歌う姿に見るものは勇気づけられる一方で、彼女が心細そうに胸元に光るロザリオをぎゅっと握りしめる様子は、やはり16歳の普通の女の子としか思えず、見ていて誰もが無性に応援したくなるのだった。
「マリアンヌ様、今日も輝いていらっしゃいますわ……」
壇上を臨む最前列の席で、ローザ・ブラキッシュは呟いた。
純白の詰め襟とスカートを身につけて、二本のレイピアを腰に携えている彼女は、マリアンヌに雇われた護衛官である。護衛官は主の身辺警護をするのが仕事であり、それ故に最前列という特別席でマリアンヌの歌を聴くことができていた。
そんなローザもマリアンヌに引けを取らない美貌の持ち主である。濡れたように艶やかな黒髪に切れ長の瞳、そして幼いながらも鼻筋の通った顔立ちからは、凛としていると同時にどこかミステリアスな雰囲気が感じられた。
マリアンヌが聖歌の独唱を終えて、ミサの参加者たちから拍手が巻き起こる。
ローザは最前列の席から立ち上がり、護衛官として主を壇上へ迎えに行った。
「今日も素晴らしい歌声でしたわ、マリアンヌ様」
「うふふ……ありがとうございます、ローザちゃん」
間近で見るマリアンヌは一曲歌っただけとは思えないほど汗をかいている。彼女は幼い頃から病弱で体力がなく、大声で歌うだけでも重労働だ。笑顔を浮かべてごまかしてはいるが、本当は今すぐその場に座り込みたいくらいのはずである。
ローザはそんな主の手を取り、エスコートして壇上から降りた。
その途端、ミサの参加者たちが何人もマリアンヌの周りに集まってくる。
集まってくる顔ぶれは実に様々だ。神学校の学長や貴族の奥様といった有力者から、下町でパン屋を経営している女将さん、何十年も欠かさず通っているおばあちゃん、さらには住む家を持たないものまで、マリアンヌは分け隔てなく接している。
「今日も変わらずお目にかかれて嬉しいです」
集まってきた人々に微笑みかけて、ときには手を握りしめるマリアンヌ。
この中によからぬことを企むものがいるとは思えないが、ローザは護衛官として周囲に目を光らせていた。万が一のことがあったら、マリアンヌのために命を懸ける覚悟だ。彼女と同じ16歳のローザであるが、それだけの恩を主には感じていた。
(まあ、注意するべきなのはむしろ……)
護衛官としてミサに同行するようになって1ヶ月あまりだが、マリアンヌは放っておくと集まってきた人たちと延々話してしまう。話し相手は絶えずやってくるから、いくら話しても話したりないのだ。そのため、刺客にいきなり襲われるかどうかよりも、マリアンヌが話し込みすぎて倒れやしないか心配だった。
(そろそろ切り上げる頃合いですわね)
護衛官として雇われてから間もないが、それでも四六時中一緒に行動しているため、わずかな表情の変化から体調の良し悪しが読み取れるようになった。マリアンヌの命を守るためなら、彼女を止めるのもローザの仕事である。
「マリアンヌ様、そろそろ――」
「ご参加のみなさま、ミサはもうお開きでございますよ」
ローザが声をかけようとしたときである。
マリアンヌの元に集まる人々の外から落ち着いた少女の声が聞こえてきた。
声の持ち主は修道服を身につけた一人の少女である。
修道服の少女はすらりと背が高く、姿勢もよいから立ち姿に気品があった。修道服のフードからこぼれる金髪はさらりとしており、心がほんわかとするような淡い花の香りを漂わせている。目はほっそりとしていて表情は穏やかなのだが、修道服には隠しきれない豊満な胸の形がくっきりと浮かび上がっているのだった。
「今日はご参加いただき、まことにありがとうございました。ミサは毎週必ず開催されます。マリアンヌ様とお話しできる機会もありましょう。慌てることはありません。また会えるそのときまで、みなさまに神のご加護がありますよう……」
マリアンヌの周りに集まっていた人々が、修道服の少女の前でハッとした顔をする。自分たちがマリアンヌに無理させているのではないかと気づかされたのだろう。人々は別れの挨拶を述べて、その場から去って行った。
「ありがとうございます、カトレアさん」
マリアンヌがホッとした様子で胸を撫で下ろす。
カトレアと呼ばれた修道服の少女は嬉しそうに微笑んだ。
「いつも話しすぎて体調を悪くされているようですから……」
「カトレアさんのお気遣い、本当に感謝しています」
「そ、そんなっ……修道院長(グランシスター)として当然のことをしたまでですっ!」
落ち着いた様子で謙遜している一方、うきうきした様子を隠せないカトレア。
彼女は弱冠17歳にして聖ベロニカ修道院を束ねる立場である。通っている神学校でも学年主席を務めており、将来有望で優秀な人物なのは間違いないが、こうして正真正銘のプリンセスにお礼を言われると普通の女の子のように照れてしまうのだった。
「わたくしからもお礼を言わせていただきますわ、カトレアさん」
ローザとしてもカトレアの気遣いには助かっている。
マリアンヌのために控え室を用意してくれたり、周囲にバレないように出迎えてくれたり、ミサのスケジュールを調整してくれたり……とにかくマリアンヌの体調を第一に考えてくれていた。
「それに修道院長として……いえ、一人の聖職者として、マリアンヌ様のご協力にはとても感謝しているのです。マリアンヌ様の聖歌を聞くために教会へ足を運ぶ。信仰への第一歩がそんな形でも私はよいと思います。もちろん、マリアンヌ様の歌声は素晴らしいものでして、私もうっとりと聞き入ってしまいました」
「頼りにしてもらえているようで私も嬉しいです」
笑顔で体をぽよんと弾ませるマリアンヌ。
その『ぽよん』がよくなかったか、彼女は一瞬ふらついてしまう。
ローザは素早く反応して、マリアンヌの体をしっかり抱き留めた。
「あっ!」
反応の遅れたカトレアが悲鳴にも似た声をあげる。
それから、ローザが一足先に反応したのを目の当たりにして、
「わ、私が受け止めたかった……」
まるで玩具を横取りされた子供のように呟いた。
(一般人に先を越されるわたくしではありませんわ、なんてね)
心の中でちょっと張り合ってしまうローザ。
護衛官としての務めは今日も無事に果たせたのだった。
×
聖ベロニカ修道院でのミサを終えたあと、ローザとマリアンヌは住まいである王女宮に戻ってきた。
ヴァージニア王国の王宮には王女区画と呼ばれる場所がある。王宮の裏にある街一つ丸ごと入りそうな土地が、六人の王女が暮らすための場所になっていた。そして、六人の王女たちの住まう城を王女宮と呼ぶのである。
マリアンヌの王女宮は花の庭園に囲まれた城である。白塗りの壁に黒い屋根の落ち着いた佇まいは、城というよりも教会に近い。正面の出入り口にあるステンドグラスを除いたら、王女宮には豪華な装飾が全く見られなかった。
王女宮の最上階にマリアンヌの自室はあり、流石は王女の暮らしている部屋だけあって一人で使うにはもったいないほど広い。ローザも同じ間取りの部屋を使わせてもらっているが、落ち着いて暮らせるようになるまでかなりの時間を要した。
「つーかーれーたー」
自室のベッドに腰掛けて、大きく伸びをするマリアンヌ。
「聖歌を歌うのも疲れますが、馬車に揺られるのも疲れます。マジ疲れです。このマリアちゃんを乗せるためだけに空飛ぶ魔法の馬車でも開発されないですかね? 開発された暁には目の前でウィンクしてあげるんですけど……」
いかにもワタシカワイイな話し方であるが、こちらがマリアンヌの素である。
そんな主の言葉を聞いて、ローザは思わず頬が緩んだ。
「どうしたんですか、ローザちゃん?」
「マリアンヌ様、毎回つかれたーって言ってるのにミサを休んだことはないんですもの。ミサの参加者たちとお話しして、信仰の場に導くのも王族の務め……そういうマリアンヌ様の真面目なところ、わたくしは大好きですわ」
「んなっ!?」
うんざり顔をしていたマリアンヌが一瞬で赤面する。
「マ、マリアちゃんは信仰心の厚い病弱キャラで売ってますからね! ミサに参加する人たちは適切なアピール相手なんです。まあ、王族として……って考えもないことはないんですけど、これはあくまでマリアちゃん自身の利益のためであって――」
「ふふふ、分かってますわ」
ローザは汗に濡れたマリアンヌのドレスを脱がし始める。
胸元のボタンを外していくと汗と香水の入り交じった匂いがふわっと立ち上った。
胸の谷間に汗のしずくが流れ落ちていく様がよく見える。
「そ、それにですよ。修道院に出入りしているのには他の理由があるんです」
「……と申しますと?」
「歌姫グループのバックコーラスを募集するんです!」
したり顔で言い放ったマリアンヌ。
歌姫というのは巷で流行っている歌って踊れる美少女のことである。厳かな聖歌ばかりを歌ってきたマリアンヌは、明るく楽しい歌姫ソングに出会ったことで、自身も歌姫になりたいと思うようになったのだ。
部屋の片隅には歌姫ソングの歌詞を綴ったノートや、衣装のドレスのデッサン、作っている途中の衣装が並んでいる。どれもマリアンヌの手によるもので、素人のローザから見ても職人顔負けの腕前だ。
マリアンヌには二人の姉……第一王女のガブリエラ、そして第二王女にして親友のエルフィリアと一緒に歌姫グループを結成するという夢がある。その夢を実現させるためには多くの人たちの協力が必要だろう。
「あの修道院で暮らしている女の子は、みんなシスターとして聖歌隊に参加していますからね。歌唱力は鍛えられています。しかも、マリアちゃん好みの美少女ばっかりです。あとはどうやってアプローチをかけるかですが……」
「難しそうですわ」
ローザはようやくマリアンヌのドレスを脱がし終わる。
それから、汗で肌に貼り付いた下着も脱がしにかかった。
病弱な体のものとは思えない大きなバストが、清楚なブラジャーの中に窮屈そうに収まっている。ブラジャーのホックを外してあげると、弾力のある乳房がぷるんと跳ねて、まとっていた汗のしずくを弾けさせた。
「そうなんですよね。修道院に出入りし始めてから一年あまり経ちましたが、あそこのシスターさんたちと全然仲良くなれてないんです。今日のミサだって話しに来てくれる子は一人もいませんでしたし……みんな恥ずかしがってるんですかね?」
「それはわたくしからはなんとも……」
マリアンヌに立ち上がってもらって、ローザは彼女の穿いているパンティを脱がす。
汗を吸ったパンティはマリアンヌの柔尻に食い込んでいた。それをゆっくりと脱がしていくのは、果物の皮を剥くような慎重な作業である。そんな苦労も相まって、露わになったマリアンヌの臀部は蜜をまとった果実のように美味しそうに見えた。
ローザは併設されている浴室にマリアンヌと向かう。
浴室にはバスタブが置かれており、すでにメイドが湯を沸かしてくれていた。
マリアンヌを湯船に浸からせて、ローザは服を脱いで下着姿になる。
それから、手桶を浸かってマリアンヌの体に湯をかけた。
「カトレアさんに協力を仰ぎたいところなんですけど、それも難しそうなんですよね」
マリアンヌが花の香りのする湯を手ですくう。
「なにしろ、カトレアさんは敬虔な国教信者の家系で、幼い頃から信仰一筋で育てられたと聞いています。歌姫の流行についても苦いコメントをしていたのを聞きましたし、バックコーラスを募集するなんて言ったらどんな反応をするか……」
「国教信者一族としての立場も考えなければいけませんわ」
「ですよねー。向こうから心を開いてくれたなら、こちらもお姫様の立場を利用して、家族の説得くらい手伝っちゃうんですけど、そうでない限りは無理強いできませんし……まあ、歌姫グループ結成計画はまだ始まったばかりです」
「ええ、焦らずに進めるのが吉ですわ」
ローザは手桶で石鹸を泡立て、マリアンヌの体を洗い始めた。
ほっそりとした腕を両手で包み、赤ちゃんを扱うように優しくなでる。
「いやはや、それにしてもですよ」
体を洗うついでに腕をもみもみされて、気持ちよさそうな顔のマリアンヌ。
「ローザちゃんにこんなメイドみたいなことをさせちゃって悪いですね」
「いえ、これはわたくしが望んでやっていることですわ」
ローザはすべすべとしたマリアンヌの背中を手のひらで洗う。
肩甲骨や脇腹の凹凸を指先で感じながら丁寧に行った。
「それにエルフィリア様にお仕えしているクローネさんだってしていますわ」
「いやいや、あれはクローネちゃんがメイド兼護衛官だからですから」
第二王女エルフィリアに仕えているクローネも、ローザが目標としている護衛官の一人である。普段はメイドとして日常生活をサポートしながら、いざというときは体を張って主を守る……女性の護衛官だからこそできることだ。
「わたくしはマリアンヌ様の全てを支えたいのですわ」
ローザは騎士の名門ブラキッシュ家に生まれて、立派な女性となるべく全寮制の女学校に通っていた。しかし、騎士団に勤めていた兄――アレン・ブラキッシュが仕事中に大怪我をしたと聞き、女学校を退学してまで追いかけてきたのである。
アレンは怪我の治療後、エルフィリアに『表向き』は護衛官として雇われて、女人禁制の王女区画で暮らしていた。すれ違いで騎士団に入団していたローザは、そこでタイミングよくマリアンヌに護衛官として雇われたのである。
そこからさらに様々な出来事があったのだが……ともかく、ローザはマリアンヌの護衛官を続けることにした。最愛の兄アレンのような立派な護衛官になり、主を全力サポートすることが今の生きがいである。
それに『裏の仕事』をする覚悟もできている。
(まあ、そんなことにならないのが一番なのですけれども……)
ローザの意識が一瞬逸れたせいか、
「ひゃっ❤」
体を洗われていたマリアンヌが急に色っぽい声を漏らした。
ローザは彼女の背中を洗っていたつもりが、いつの間にか胸の方まで手が伸びてしまっていたのである。
「そ、そこは自分で洗えますよぉ、ローザちゃん!」
目尻に涙を浮かべているマリアンヌ。
無意識のボディタッチにものすごく敏感になってしまったらしい。
「失礼いたしましたわ」
ローザは謝りつつもマリアンヌの豊満なバストを手のひらで持ち上げる。
「でも、くすぐったく感じるのは体が健康である証拠ですわ」
「んっ❤ な、なんか……ローザちゃんの手つきがやらしくってっ❤」
「適度に刺激を受けることによって、血の巡りがよくなるとも聞いています。自分で自分の体をくすぐっても、どこか手加減してしまうこともありますから、今日からわたくしがお風呂のたびにマッサージさせていただきますわ」
「ひゃひっ❤ そ、そ、それは……遠慮しますといいますか……ひゃんっ❤」
だっこした赤ちゃんをあやすように柔らかなバストを手のひらでもてあそぶ。その触り心地の快さたるや、マッサージしている側が心地よくなるほどだ。
ローザもつい夢中になってもみしだいてしまう。
「これもマリアンヌ様のお体のためですわ。全身を泡で丁寧に洗いながら、じっくりと揉ませていただきますね。バスタブのお湯は腰ほどまで、温度もぬるめの半身浴に適していますから、たっぷり30分は覚悟してくださいませ」
「あっ❤ ちょっとっ❤ さ、さきっちょを指先でコリコリするのはっ❤」
「血の巡りがよくなってきた証拠ですわ。もっと感じてくださいませ、マリアンヌ様」
「も、もうっ❤ 十分すぎるほど感じてますからぁっ❤」
マリアンヌは内ももをぴっちりと閉じて、くすぐったさに耐えようとしている。けれども、バスタブのお湯はすでに泡風呂のようになっていて、内ももを閉じようとしても肌がつるつると滑ってしまった。
その結果、マリアンヌはくすぐったさをこらえるどころか、むしろ下半身のくすぐったさを増してしまう羽目になり、ローザのマッサージと合わせて全身をくすぐられてしまうことになるのだった。
×
数日後、ローザはマリアンヌと共に聖ベロニカ修道院を訪れていた。
というのも、カトレアから『緊急の相談がある』と手紙が来たのである。
マリアンヌとカトレアが顔を合わせて話し合うのはミサ当日くらいなもので、あとは手紙や使者のやりとりで済ませてきた。これまでマリアンヌの体調やスケジュールを優先させてきたカトレアが、急な相談をしてきたのは今回が初めてである。そのため、これは余程のことと思ってマリアンヌから出向いた次第だ。
「まさか、マリアンヌ様の方から来ていただけるなんて……」
ソファに腰掛けたカトレアは申し訳なさそうに頭を下げている。
ローザとマリアンヌが通されたのは修道院の一角にある応接室だ。
国教の教えである清貧を守り、修道院は過度な装飾は抑えられているが、この応接室に限ってはふかふかとした絨毯や革張りのソファーが用意されて、来賓をもてなせるように造られていた。
昼過ぎという時間帯ということもあり、シスターたちは神学校で勉強中なのだろう。おそらく修道院に残っているのは自分たちだけである。あまりに人気がないせいで、ちょっと不気味に感じられるくらい静かだった。
「カトレアさんからの頼みですからね。いくらでも駆けつけますよ!」
マリアンヌが用意されたハーブティーを一口飲む。
「あっ……ちょうどいい温度ですね」
「マリアンヌ様は猫舌だと伺いましたから」
そのハーブティーがマリアンヌの好物を再現したものなのは、ローザにも味わうまでもなく匂いで判別できた。
第二王女エルフィリアが親友マリアンヌのためにブレンドしたハーブティーはレシピが公開されている。マリアンヌが修道院に来てくれると聞いて、もてなすためにわざわざ用意したのだろう。
「カトレアさんのお気遣いはいつも素晴らしいですね!」
「そ、そんな……うふふ、当然のことをしたまでです」
乙女らしく頬をポッと赤くするカトレア。
ローザは隣に座っているマリアンヌに変わって話を進める。
「……それで、緊急の相談というのは?」
「そ、そうでした……」
カトレアが緊張した面持ちでローザをちらりと見る。
「できれば、その……マリアンヌ様と二人きりになりたいのですが……」
「それだけは受け入れられませんわ」
ローザは毅然とした態度で声で断った。
「たとえマリアンヌ様が受け入れたとしても、わたくしは護衛官として反対させていただきますわ。わたくし抜きで話したいというのなら、今回の相談はなかったことにしていただくことになりますけれど……」
「わ、分かりました」
カトレアが渋々と了承して、ローテーブルに一枚の封筒を差し出す。
封筒は素っ気ない代物で、赤いろうそくの封蝋が剥がされていた。
「実のところ、ローザさんに関係がある手紙が送られてきたのです」
「わたくしに……ですか?」
「差出人の名前は書かれていません。昨晩、いつの間にか修道院の正面出入り口の扉に差し込まれていました。封筒を届けてくれたのはシスターですが、中身を読んだのは私一人だけです」
「確認させていただきますわ」
ローザは封筒から手紙を取り出して、マリアンヌにも見えるように開いた。
「これは……」
ローザとマリアンヌはその内容に思わず目を見張った。
その内容を要約するとこうである。
『ローザ・ブラキッシュは以前通っていた女学校で、数え切れないほどの女子生徒を手込めにしてきた不埒ものである。そんな背徳的行いに堕落したものは、聖ベロニカ修道院にふさわきものにあらず!』
紛れもない告発文だ。
「おお、神よ……なんと恐ろしいことでしょう」
カトレアが神妙な顔をして告げる。
「この告発文が事実であるなら、私は聖ベロニカ修道院の修道院長として、ローザさんを立ち入らせるわけにはいけません。国教の教えで不純な同性同士の交友は御法度とされています。ですから、ローザさんには――」
彼女の言葉を遮ったのはマリアンヌの深いため息だった。
それを聞いたカトレアが目をパチパチさせる。
「あの……マリアンヌ様?」
「全てはローザちゃんの予想通りでしたか」
「ど、どういうことですかっ!?」
あからさまに動揺するローザ。
信心深いだけあってか、彼女は嘘がつけるタイプではないらしい。
「昨日の夜、カトレアさんから緊急の相談をしたいと手紙をもらったとき、ローザちゃんが言ったんですよ。カトレアさんが自作自演の罠を仕掛けてくる、と……」
「カトレアさん、あなたの企みはわたくしに筒抜けですわ」
ローザは革表紙の手帳を取り出す。
「ここには修道院のシスターから聞き出した情報がまとめられていますわ。わたくしの過去について調べていること、告発文と同じ封筒を購入していたこと、わたくしを遠ざけてやると発言していたこと……」
「で、でたらめですっ!」
カトレアがローテーブルを叩きながら立ち上がる。
修道服のフードがずれ落ちて、サラサラとした金髪が露わになった。
「そもそも、ローザさんはうちのシスターたちと話している様子なんか……」
「カトレアさんの目が届かないところで、こっそりと仲良くさせていただきましたわ。ときにはシスターたちの通っている神学校の方にも顔を出したりして……。敬虔な信者であるあなたのことですから、修道院のシスターたちが部外者と頻繁に接触することは好まないと思いましたのでね」
「し、信じられないわ……あの子たちが私以外に心を開くなんて……」
カトレアの顔が青ざめる。
ローザは革表紙の手帳をペラペラとめくった。
「信じられないなら、信じるまで教えてさしあげることもできますわ。シスターたちからは色々と聞いていますもの。毎晩の献立から、流行っている下着のデザイン、さらには恋愛事情に至るまで……聞けば、それがでたらめでないことは分かるはずですわ」
「くっ……」
カトレアが悔しげにうめき、首から提げたロザリオを握りしめる。
そんな彼女に向かって、マリアンヌが優しく諭すように語りかけた。
「カトレアさん、あなたのしていることは明らかに脅迫です。ローザちゃんは私の護衛官……王女の護衛官なんです。そんな立場の人物を脅迫するのは、この私を脅迫するも同然ということは理解できますね?」
「うっ……ううう……」
頭を抱えてさらにうめき声を漏らすカトレア。
かと思ったら、いきなり顔を上げて言い放った。
「知りません! 知りません! なーんにも知りませんったら!」
まるで駄々っ子のような物言いにローザとマリアンヌはぽかーんとさせられる。
いつもは大人びている人がいきなり子供になるとちょっと怖い。
(これは……わたくしの『初裏仕事』になりそうですわね)
ローザとマリアンヌの前で、カトレアは半泣き状態で訴え続ける。
「こんな告発状、ぜーんぜん知りません! ローザさんの言っていたこともでたらめに決まってます! そもそも、シスターたちから聞き出した方法だって怪しいものです! もしかして、本当にいかがわしい方法で聞きだしたんじゃ――」
「ローザちゃん、尋問をお願いします」
マリアンヌの一言がわめいていたカトレアを黙らせる。
尋問……それこそがローザの『裏の仕事』なのだ。
ヴァージニア王国の王家には六人の王女がいる。国王が病床に伏せることが多く、後継者争いが起こりかねない……いつ刺客を送られても不思議ではない状況だ。そんなとき、捕らえた刺客を秘密裏に尋問するのが『高級尋問官』の仕事である。
王女の失脚を狙う刺客は多種多様だ。メイドに化けて潜入したもの、黒幕に脅迫されて操られたもの、さらには血を分けた王女姉妹まで……どんな相手でも高級尋問官は秘密裏に尋問しなければいけない。
「じ、尋問っ!?」
予想だにしない言葉を聞いて、思わず後ずさるカトレア。
彼女はソファーにつまずき、床に尻餅をついてしまった。
「承りましたわ、マリアンヌ様」
ローザはソファーから立ち上がって、へたり込んでいるカトレアを見下ろす。
王女様の高級尋問官を脅迫した不届き者に向けられる視線は、まるで悪女がハニートラップに引っかかった哀れな男を見るかのように小悪魔的だった。
「カトレアさん、これからあなたを尋問させていただきますわ。シスターたちが神学校から帰ってきて、修道院が騒がしくなるまで1時間少々……その間に白状させられなかった場合はあなたの無実を認めますわ」
「……分かりました」
さっきまでうろたえていたはずのカトレアが即答する。
勝機ありと判断したのか、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「それなら私の無実が証明された暁には、ローザさん……あなたの方にこそ洗いざらい白状していただきましょうか! 通っていた女学校での行いから、どんな不純な方法でうちのシスターを懐柔したのか……その全てを!」
「承知しましたわ」
ローザは尋問対象からの逆挑戦に受けて立つ。
このようにして、彼女の高級尋問官としての初仕事は始まった。
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