第39話 終幕

 戦いは一進一退であった。アオイが槍で攻撃を加えながら、その間にイツキの「時間停止」中に蹴り攻撃を食らわせるということを繰り返していたが、いかんせんイツキが武器を持っていない為、相手に与えるダメージはどうしても限られてしまっていた。

 相手が普通の人間であればイツキの攻撃ももう少し有効ではあったが、相手が暴走状態のシャムロックでは流石に分が悪かったのである。

「わたしも手伝います」

「え? で、でも……」

「わたしのことなら大丈夫です。わたしが魔力石の転送もします。それならここからでも二人を援護できますので」

 居ても立っても居られないミナトは、裸の状態ながらもサラの魔力生成に力を貸した。

 だがそれをもってしても尚、戦況が大きく好転することはなかった。二人の体力も徐々に削られていき、次第に動きにもキレがなくなっていった。そしてそれは魔術にも影響が出てしまったのである。

「え?」

 イツキは驚愕した。彼女は通常であれば五秒という時間を止めることができる。にも関わらず、この時彼女はほんの二秒程度しか刻を止めることができなかったのだ。

 彼女にとってその三秒の差は大きかった。イツキはまだ回避行動をとっておらず、シャムロックの前に無防備な身体を晒してしまっていたのだ。

 その隙を突き、シャムロックはイツキの腹を突き刺そうと触手を伸ばす。隙をつかれた格好のイツキは瞬間的に目を閉じた。

 グチャリと、肉を引き裂く音が辺りに木霊する。イツキは自らの死を覚悟した。だが不思議なことに、いつまで経っても身体に痛みはやってこなかったのだ。イツキは何かがおかしいと思い、ゆっくりと目を開けた。すると……

「え……ど、どうして?」

 イツキの目の前にはなんと、腹を触手に串刺しにされたリアの姿があったのだ。ここにいるはずのないリアがなぜかここにいて、しかもイツキの代わりに腹を刺されている。イツキはその状況が全く理解できず、すっかり混乱に陥ってしまった。だが、混乱していたのは彼女だけではなかった。

「……………………リア?」

 それは触手を突き刺したシャムロック自身もだったのだ。シャムロックは暴走しながらも、目の前で血を吐いている人間が、自身の親友であることを理解したようであった。

 暴走と混乱が相まってシャムロックはただ叫び声を上げることしかできなかった。

「い、今デスよ、ミナサン……」

 そんなシャムロックを見て好機と思ったのか、今にも意識が飛んでしまうそうな様子にも関わらず、リアはイツキ達にそう言った。そしてその言葉を合図に、アオイはシャムロックに飛び掛ったのである。

 ほとんどすべての触手はリアに突き刺さっており、シャムロックを守るものは今や何もないに等しかった。無防備とも言える状態のシャムロックの右掌に向かって、アオイはその槍を突き立てのだ!

「おらああああ!」

 アオイの槍がシャムロックの掌を貫く! 渾身の一撃に、シャムロックは街全体に轟くほどの絶叫を上げた。そして次の瞬間、彼女の掌から出ていた触手達は腐り落ちるように朽ち果てていったのだ。

 それはリアに突き刺さっていた触手も同様であった。触手による支えを失ったリアはその場に倒れこんだ。今は触手が突き刺さったままだが、もしこれを引き抜けば大量出血してしまうことは明白であった。

「リアさん、どうしてこんな無茶なことを……?」

 まだかろうじて意識のあるリアに問うイツキ。リアは飛びそうな意識の中、途切れ途切れではあるがこう答えた。

「シャムロックを、助ける為なら、これぐらい、なんてことないネ……ワタシは、シャムロックにもらったモノを、まだ何も返せていないのデス。だから、それを返すまでは、死んだりなんてしないのネ……」

 リアは精一杯の笑顔を作った。だが次の瞬間には、痛みのあまり彼女は気を失ってしまったのだった。

 一方、シャムロックもリア同様に倒れて意識を失っていた。アオイは掌の怪我の応急処置を行った。

「リアとシャムロックを今すぐ病院に連れて行くわ。二人とも怪我の程度は重いけど、今すぐに医者に行けばなんとか……」

「その必要はありません! 彼女は我々が預かります!」

「な!?」

 突如として響き渡る怒声。あまりに突然のことに、アオイもイツキもとっさの判断が遅れ、普段よりも一歩踏み出しが遅れた。そしてそれが、彼女らにとっては致命的であった。

 気付くと、アオイとイツキの首元にはナイフが突きつけられていた。アオイは止む無く、唇をかみ締めながらも手にした槍を地面に投げ捨てた。

「聞き分けのいい子ですね。実に忌々しかったけれど、ここまで頑張ってくれたことには感謝申し上げますわ」

 現れたのは、長い黒髪を高い位置でツインテールにし、顔に幼さを残した女だった。女はアルトと同じように秘所を前貼りのみで隠し、またほとんど膨らみのない胸の先端にはニプレスを付けていた。その格好から、一目でその女がアトレア同盟の人間であることが分かった。

 女はアオイの目の前にやって来る。アオイは女を思い切り睨み付けながら言った。

「その子をどうするつもり? まさか、殺すつもりなんじゃないでしょうね!?」

「殺す? まさか。この子は我々の大事な仲間です。あなた達に彼女を奪われるわけにはいかないのです。だから連れて帰るのです」

 そう言って、女は艶かしい手つきでアオイの顔の輪郭をなぞった。

「触んな!」

 そう言ってアオイは思い切り女に唾を吐きかけた。女は顔に唾を付けられると、可愛らしい表情を一変させる。そして思い切りアオイの頬を平手打ちした。

「舐めた真似をするわね。強制収容所に送られないだけマシだと思いなさい。本来であれば、あなた達には再教育プログラムを受けさせるところだけど、二度と我々の邪魔をしないことを条件に、今回だけは見逃してあげることにします。シャムロックを大人しくしてくれたお礼もありますしね。でも、もしもう一度我々の邪魔をしたら、その時は命がないものと思いなさい」

「うぐっ!?」

 女は、今度はアオイの腹を思い切り殴りつけた。アオイはしゃがみ込み、こみ上げてくるものを吐き出してしまった。

「アオイ!?」

「……やめ、なさい。あたしは、大丈夫だから……」

 駆け出そうとするイツキを止めるアオイ。イツキも首に突きつけられているナイフを見て、なんとか冷静さを保とうとする。

 アオイから離れ、女は次に倒れているシャムロックを抱きかかえた。そして同じく倒れているリアに視線を向けた。リアを見ながら女はこう呟いた。

「この女は放っておけばじきに死ぬでしょう。色々と我々の邪魔をしてくれましたが、親友に殺されるなんて、実に彼女に相応しい惨めな最期と言えるでしょうね」

「この、悪魔め……」

 イツキは涙をにじませ、女を思い切り睨みながらそう言う。だが女は特に意に介すこともなく、何もできないイツキを見て満足した様子であった。

「さて、もう行きましょうか。この騒ぎではじきに警察も来るでしょうし、誰かに見られると色々と面倒ですしね」

 女の指示でイツキ達にナイフを突きつけていた男達が退散する。女は最後に、イツキ達に勝ち誇った顔を見せた後、悠々とその場から立ち去ってしまった。

 アトレア同盟がいなくなると、イツキは膝から崩れ落ちた。イツキは涙を堪えきれず、声を上げて泣いた。

「アオイ! イツキさん!」

 隠れていたミナトとサラが駆けつける。サラはすぐにイツキに駆け寄り、ぎゅっと彼女を抱きしめた。

「イツキちゃん……」

「ごめん、サラ、私、何もできなかったよ……」

「そんなことない! イツキちゃんは頑張ったよ。だから、もう自分を責めないで……」

 イツキはそのままサラにすがり付き、子供のように泣いた。

 一方、女に思い切り殴られながらも、アオイは駆け寄ってきたミナトに指示を出した。

「……ミナト、リアを運んで。その格好のままで悪いけど、お願い……」

「も、もちろんです! 今ならまだ助かります! 行きましょう!」

 こんな状況でも、アオイは冷静であった。いや、決して冷静ではなかったのかもしれないが、責任感のみが彼女にそんな行動を取らせたのかもしれなかった。

 アオイの指示の元、ミナトはリアを背中に乗せ、病院へと急いだ。

 後には泣きじゃくるとイツキと、そんな彼女を抱きしめるサラだけが残されたのだった。

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