第10話 秘密の二人

(いったい、彼女達は何者なんだ……?)

 イツキの疑問も最もだ。確かに彼女達はとてもあんな物騒なものを振り回すような子には見えないからだ。

 眼鏡の少女はビキニではなく、白色のスポーツブラをつけていた。そしてそれ相応に胸は小さく、また少女の背は槍の少女と同様に低く、彼女がまだ子供であることは容易に理解することができた。

「あなた、さっきの前貼り女と知り合いなの?」

 槍の少女がイツキに尋ねる。

「え? ま、まあ、一応。でも前はあっちのあの子があの人達に連れていかれそうになったので、友達とかではないですよ」

 イツキがサラに目配せすると、彼女はすぐに大きく頷いてみせた。

「なるほどね。噂通り、あいつらはどこでもやりたい放題ってことね」

 すると今度は槍使いの少女がハンマー少女に目配せした。

「あの、お二人とも警察の方ですか?」

「警察? 違うわ。あたし達は個人的にあの『アトレア同盟』とかいうふざけた組織について調べているだけよ」

 吐き捨てるようにそう言う少女。

「そうなんですか? でも、いったいどうして彼女達を調べているんですか?」

「そんなの決まっているわ。あいつらは単なる有志の集団にも拘わらず、さっきのように違反者を強制連行したり、違反をしていると噂された人間を無理やり連行して暴行したりしているような危険な連中だからよ」

「ぼ、暴行!?」

 少女の言葉に耳を疑うイツキ。

「正確には、暴行の噂があるというレベルです。他にも組織の資金稼ぎの為に窃盗団と手を組んでいるとか、自分たちの行動を正当化してもらう為に地方の判定員に不正な献金を行っているなんて噂もあります。本当にそんなことをやっているのかを、わたし達が調べているというわけです」

 補足をしてくれたのはハンマー使いの少女だった。

「ま、そういうことね。それで、あいつらと知り合いなら情報を持っているんじゃないかと思ったわけよ。えっと……」

「あ、イツキです。あっちの子はサラ」

「イツキとサラね。あたしはアオイよ。あの眼鏡はミナト」

「あの眼鏡って……」

 ミナトはアオイのあんまりな説明に苦笑いしている。

「アオイさんに、ミナトさん、ですか……二人とも、私が前に住んでいた世界の人の名前っぽいですね」

 イツキは特に深い意味も込めずにそう言った。しかし、それを聞いた二人の反応は違った。二人とも実に真剣な眼差しで一斉にイツキのことを見つめたのである。

「あんた、今『私が前に住んでた世界』って言ったわね?」

「あ……」

 イツキはしまったと思った。今のところイツキが異世界出身であることはサラしか信じてくれていなかったので、イツキはこの説明をしても理解はしてくれないものだと諦めていたのだ。

「どういう意味か教えてくれる?」

 しかし、アオイがその件について詰めよってきたので、イツキは止む無くそのことについて二人に説明することにした。イツキはてっきりまた、何を言っているんだと言われるものだと思っていた。だが二人の反応はそういった類のものではなかったのだ。

「出身はどこ? あとフルネームも教えて」

 怒涛の質問にたじろぎながらも、イツキは一つ一つに丁寧に答えた。

「出身は日本の埼玉県です。フルネームは鷹野伊月。転生したのは一ヶ月と少し前で、転生前は会社員でした」

「日本の出身にしては見た目が欧米人っぽいけど?」

「実は転生した時に全然違う容姿になってしまって……」

 イツキの返答に顔を見合わせるアオイとミナト。若干腑に落ちない様子ではあったが、一応イツキの返答には納得がいったようであった。すると今度はアオイが驚くべきことを口にした。

「実はあたし達も、日本の出身なのよ」

「ええ!? ほ、本当ですか?」

「ええ。あたしらはあんたと違って転生したわけじゃないけど、間違いなく出身は日本よ。それじゃあんたも、無理やりそんな格好をさせられて大変ね」

 同情するようなアオイの表情に全力で頷くイツキ。

「ホントにこんな格好させられて最悪ですよ……」

 イツキの答えに同じく頷くアオイ達。

「あたしらも本当にこんなの屈辱的よ……。それじゃ、あっちの子も転生してきたの?」

「あ、いや、サラはこの世界の出身です。でも、彼女もこの格好をなんとかしたいと思ってるんです」

「なるほどね……」

 納得したような様子のアオイ。その後アオイとミナトは何やらヒソヒソ話を始め、イツキとサラはその様子を黙って見つめた。そしてしばらくして、アオイは二人に対してこちらに来るように手招きをした。

「あんた達、もし、さっき言ったように『アトレア同盟』が本当に噂通りの悪行を働いているのだとしたらどうする?」

「え? そりゃ、見逃すわけにはいかないですよね。警察に言うとか、そんな感じですかね……」

「なるほどね。それじゃもし、警察が何もしてくれなかったら、あんたはどうする?」

「え?」

 アオイの言葉に驚愕するイツキ。警察が何もしないとはどういうことなのか? 犯罪が目の前にあることがわかっていながら何もしないなど、そんなことがあり得るのだろうかとイツキは首を傾げた。

「これもあくまで噂よ。警察もアトレア同盟とグルになって、やつらの犯罪行為を黙認しているという噂があるのよ」

「そ、そんな馬鹿な……」

「だから、あくまで噂よ。でも、火のない所に煙は立たぬって言うじゃない? やつらが本当に品行方正な集団なら、そんな噂立つ方がおかしいと思わない?」

「それは、確かに……」

 イツキはアルトのことを思い浮かべる。あの真面目を絵に描いたような少女が、果たして犯罪行為に身をやつすものなのだろうか? 確かに、さっきのようにやり過ぎな側面は大いにある。それでも、彼女らが警察とグルになって犯罪行為をするなんて、やはり俄かには信じられることではなかった。

 しかしもし、本当にアルト達が許されないことをしているとしたら、イツキは無論それを黙認するべきではないと思った。

「もし噂が本当なら、それは正さなければならないと思います」

「そうね。でも、どうやって?」

「え? そ、そうですね……もともと私達は、この世界の法律を正す為に、王都まで意見書を出しに行こうとしていたんです。だから、この件に関しても同様に意見書を出して……」

「無理ね。王家が一般市民の意見書なんかに耳を貸すわけないわ」

 イツキの意見をあっさり否定するアオイ。それにはさすがにムッとしたのか、イツキは少し語気を強めて言った。

「そ、そんなことやってみないと分かりません。少なくとも私達はその為に旅をしているんです。おかしいと思うなら、それでも構いませんが」

 イツキはつっけんどんにそう言った。すると、アオイではなくミナトがイツキに対して頭を下げた。

「すみません、彼女はいつもこんな感じなんです。ご気分を害されたのならわたしが謝ります」

「い、いつもこんな感じってどういうことよ?」

「自分の平べったい胸に手を当ててお考え下さい」

「なんですってええ!?」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいって……」

 なぜか二人をなだめる羽目になるイツキ。

 アオイは咳ばらいをしてから、気を取り直してこう言った。

「悪かったわよ。別にあんたの意見を否定したいんじゃないわ。王都に出向いて意見書を出すよりも、もっと効果的な方法があるって言いたかったのよ」

「え? それってどういう……?」

「簡単に言ってしまえば、我々と一緒に『アトレア同盟』の調査をしませんか、という事です」

 突然の提案に困惑するイツキ。

「と、その前にあたしらのことをもっと話す必要があるわね。さっき、あたしらが日本の出身であることは既に話したわね。でもね、あたしらは日本で生まれ育って、そのままこの世界にやって来たわけじゃないのよ」

「我々はかつて、危機に瀕していたとある異世界にある国、アルカディア王国を救う為、日本から赴いたんです」

「アルカディア王国……」

 それはこことは違う別の異世界。その世界のその国は隣国と戦争状態にあったり、国内で武装組織がテロ攻撃を行ったりと何かと治安の悪い国だったのだそうだ。

「我々はその国の騎士団に所属し、治安維持にあたっていました。そして最後には、わたし達は勇者様達とその世界を救ったんです」

「勇者、ですか……?」

 イツキは日本にいた頃アニメや漫画に対する知識はそれなりにあったので、異世界という存在について多少は知りえていた。そしてミナトの言う「勇者」という単語も彼女にとっては多少耳なじみのする単語ではあった。だが言葉を理解できることと、彼女の話を理解することでは大きな隔たりがあり、とてもではないが今の彼女らの話だけで二人の人となりが理解できたわけではなかったのだった。

「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりそんな話されたって頭が追い付かないですよ。とある異世界って、こことは違う異世界が本当に他にもあるんですか?」

「ええ、あるわ。ってか異世界はこの両手で数えられる数を軽く凌駕している。観測されているだけでも、数百の世界があると言われているわ」

「ええ!? 異世界ってそんなにあるんですか!?」

 そのあまりの数の多さに衝撃を受けるイツキ。

「そ。要は、あたし達が生まれた日本も、数多ある世界の中の一つでしかないってこと。ここまでは理解できた?」

 イツキは頷く。何やら難しそうな話に、彼女は僅かに頭が痛くなるのを感じていたのだった。

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