51話 ぺんぎんの休日

 今日はハンターとしての活動もなく、街を移動する予定もないから完全に休日だ。


 とはいえ、私の朝は休日でもお仕事から始まる。まあ、目覚ましぺんぎんになるということなんだけどね。


 ほとんどの皆さんはすでに起きているよ。


 ラシュエルくんは基本、遅起きだから私が起こしに行く。

 すやすやと、天使のごとき寝顔で気持ちよさそうに眠るラシュエルくん。毎朝思うけど、この状態から起こすの罪悪感あるんだよね……。


「ラシュエルくん、起きてください」

「……ん。も、すこしねる。くぅ」

「ぴえっ」


 のそりと動いたかと思えば、私を引きずり込むようにして抱える。しまった、油断した。こうなったらちょっと大変なんだよね。


 がっちりとホールドされて身動きがとれない。さすがに超音波攻撃をするわけにもいかず、ぺちぺちと軽く叩いてみる。


「むぅ。……はむ」

「た、食べないでくださいラシュエルくん!」


 その柔らかそうな頬っぺをぺちった途端、くわえられた。寝ぼけてるのか、そのままどんどん食べ進めようとしてくる。ほっとくと、ラシュエルくんに丸呑みされそうだよ。ぴえぇ。


 こうなったら、とっておきだ。


 私は頭のランタンに力を入れ、徐々に明るくしてゆく。自分でもかなり、ぴかりんちょだと思う。


 ふるふると、ラシュエルくんのまつげが揺れる。どうやら起きたみたい。

 力を抜き、ランタンの光を通常のに戻す。ゆっくり開かれる、そのスカイブルーの瞳。


「おはようございます、ラシュエルくん」

「ん。おはよう……アオイ、さん」


 あくびをしながら、お目覚めだ。うん、今日もちゃんと朝のお仕事を達成できた。


 ところで。まだホールドされたままなんですが、ラシュエルくん?



 ☆



 部屋から下へと降りると、ロウさんが朝食を作っていた。いや、もう完成してるね。


 宿屋の状況とかにもよるけど、できそうな時はたまに作ってくれる。ロウさんの味は、すごくほっとするから好きだ。今日はなにかな?

 目は真紅だけれど、黒髪でおかん気質な事もあり。ロウさんのこの光景だけ見てると、まるで地球にいるみたい。


 挨拶して近づくと、味噌汁のいい匂いがしてきたよ。


「おいしそうですね。何の具ですか?」

「ああ、アオイ。これはカツオ出汁でナスの味噌汁だな」


 覗き込むと、確かにカットされたナスが見える。カツオの香ばしさも感じるし、ラシュエルくんじゃなくてもこれは食欲が刺激されるね。


 そんな風にふらりと覗いていると、つるり。足を滑らせてしまい、味噌汁の入ったお鍋が迫る。


「っと。危ないぞアオイ」

「す、すみません。ありがとうございます」


 慌てて腕を伸ばしたロウさんに助けられる。


「まあ、鳥といえば鳥だが」

「待ってください。何の話ですかロウさん」


 私をお鍋から遠ざけながらつぶやく言葉に、思わずじと目になる。

 まさか鶏ガラの話じゃないですよね!?



 ☆



 朝食を皆さんと食べ終え、しばらくまったりした後。

 キルティさんに抱っこされ、半強制的に街へと遊びに行くことになった。


「るんにゃにゃっにゃ~。見てみてアオイちゃん! 小さいゾウちゃんがいるよ~。かわいいよね~!」

「はい、いろんなペットがいるんですね」


 キルティさんの指さす先には、小さな女の子。その子が抱えているのはゾウさんだ。

 地球のゾウさんと違ってかなり小さいね。他にも見渡すと朝のお散歩なのか、ペット連れが多いみたい。そこは異世界らしく、地球とはちょっと違う動物。この世界のペットは、ただの動物がいないから、動物型の魔物なんだけどね。

 品種改良により、襲い掛かってくることはないから安心だ。


「……はっ! だいじょぶだよ。わたしの一番はアオイちゃんだからね~!」

「はひ。はひはほうほはいまふ」


 抱えたまま私を覗きこみ、桃色のキラキラうるうる視線で主張するキルティさん。

 さらに大好きアピールなのか。いつにも増して、もみゅられる。


 すでに会話が成り立たない程にもっみゅんもみゅんだ。


 その後もキルティさんのかわいいセンサーが炸裂さくれつし、あれがこれがと、街のかわいいを探していく。合間に、やっぱりアオイちゃん至上主義だからと、口説いてくるけどね。

 アイドルをかわいいと言ってしまった彼氏のようにフォローを入れなくとも、愛されていることは分かってますよ。今だって、黒猫尻尾で撫でられつつ、こねくり回されてますし。



 ほとんど抱っこされたままだから、最近は運動不足で太らないか心配なくらい。

 もともと、二頭身の寸胴ボディだけどね。それでも一応心は乙女だから、気にはしてるんだよ。……心もぺんぎんになりつつあったら、どうしよう。


 むにれてしまうお腹を触って考えていると、キルティさんがにこにこ笑って言う。


「アオイちゃんはそのままでいてね。もしも何かがあったとして。アオイちゃんもラシュくんも、わたしが一生養ってあげるからね~。何にもしなくていいんだよ?」


 それ大分ダメぺんぎんが、できあがるんじゃないでしょうか。


 笑っていても、キルティさんの目からは本気なのが伺える。うん、これは実現したらマズイ。

 ヒモぺんぎんにはならないよう、注意しなくちゃ……!



 ☆



 将来に危機を感じた私は、キルティさんの元から抜け出してきた。あ、勿論ちゃんと言ってからだけど。またアニモスの時みたいに、迷子だと思われたら大変だからね。


 一人でぺちぺち歩いていると、レモナさんとマキニカさんが一緒にいるのが見えた。

 二人で仲良くショッピングかな?


 近づいて声をかける。


「レモナさん、マキニカさん。お買い物ですか?」

「んお、アオじゃん。まーなー。せっかくマキが王都まで一緒なんだしさ、なんか遊ぶかってなってなー」

「お昼からお酒飲むと、ロウに怒られちゃうのよね。だから健全に小物のお店回ってるのよー」


 お酒好きな二人は、あれから意気投合して飲みまくっていた。それこそ、マキニカさんが聖女だからと遠慮があったロウさんに怒られるほどに。


 今は珍しく、女子らしい事をしているようだ。普段から二人とも、見た目は素敵な女性なんだけどなあ。


「お、これよくね? キルにぴったりじゃん」

「あらーハイセンスね」


 そう言ってお店の商品を広げるレモナさん。キルティさんへのプレゼントにするのかな?


 見ると、Tシャツだった。けれど……。


「えと、レモナさん。『猫』って書いてありますが」

「んだからさ、そこがいーんじゃん」


 真っ黒な生地に、白い文字。この世界の言葉で書かれている。修学旅行先で買う、面白Tシャツみたいな。いいんだろうか、これで。


 私の頭についている真っ赤なリボンはレモナさんチョイスだけど、これはかなり気に入っているよ。でもたまに光るその謎センスは一体……。


 レモナさんは森のような翡翠の瞳を楽しげに細め、マキニカさんはからからと笑っている。

 酒と面白い事が好きという似た者同士、止める人がいないと大変だ。ロウさーん!



 そんな二人は、かなり目立つ。マキニカさんは一応お忍びのため、ラフな格好だけれど。

 同じところに留まっていると、人が集まってきてしまうらしい。


 あちこちを移動する私達。

 でもやっぱりレモナさんの美しさは人目を惹き、周囲からひそひそ声が聞こえてくる時もある。


(あんな美人、生まれて初めて見たわ……)

(だな。しかしあの、ずっといるぺんぎんは何者だ?)


 すみません、ただのぺんぎんです。



 ☆



 今日はキルティさんとも街を探索し、レモナさん達とも回ったよ。

 もう夕方だ。この街にいる間に泊っている、宿屋へと帰る私。


 最後に一人でぷらぷらしていたから、すでに皆さんがいた。

 ちょうどレモナさんが今日見た『猫』Tシャツを、キルティさんにあげている。実は買っていたらしい。


「にゃにゃ。何これ~! 全然かわいくないよ~」

「なはは、いーじゃん。猫っぽくね?」

「ぽいっていうより、わたし猫の獣人だよ!? レモナ~!」


 受け取ったキルティさんはTシャツを広げて言い、パッと部屋に戻ってしまった。


 けどすぐに戻ってきたキルティさん。いつもの魔女っ娘服の上だけ脱いで、そのTシャツに変わっている。一瞬で着替えてきたみたい。


「かわいくない、かわいくないんだからも~」


 くるくると回り、口をとがらせる。


 でもですね。嬉しそうに揺れる黒猫尻尾から、本音がだだ漏れですよ。



 今の私は、ラシュエルくんに抱かれているよ。そのうえで、手が暇なのかロウさんに頭をぽんぽんされる。

 あんまり普段はもみゅってこないロウさんだけど、たまにあるね。


「ね~、アオイちゃん」


 キルティさんが、ラシュエルくんから私を持ち上げる。次はレモナさんに……と順々にもにもにされる。ぺんぎんのまん丸な目が回っちゃいますよ。


 一日の締めは、だいたいこんな感じだ。うーん、自然と受け入れているあたり、やはりぺんぎんが身についてきてしまっているのか。ぴぇ。



 まあそれは置いておいて。


 皆さん、今日もお疲れさまです。

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