20話 それぞれの別れ

「んお、ダンジョン!? スッゲーじゃん。なー早くさ、そのダンジョン行かねー?」


 アニモス支部のハンターギルドにて。

 ダンジョンが出現したとの声に、レモナさんが興奮して言った。


「ソネリの村って言ってたね~。それってこの辺りだった気がするよ~?」

「ここ、から。にしに、ふたつさきの……むら」


 それに対し、驚いてはいるけどキルティさんはわりと普通そうだ。ラシュエルくんはいつも通り。基本、食べてる時以外は眠たそうな無表情だからね。


 だけど意外にも、乗り気そうなロウさん。


「二つ先か、近いな。……よし。今はちょうど、受けている依頼がない。宿屋は今日までとっているから、明日の朝早速ダンジョンに出発しよう」


 レモナさんのように、はっきり興奮してると分かる程ではない。でも、かなりワクワクしているのを抑えている感じだ。どことなく楽しそうな顔をしている。

 ロウさんのあんな表情、初めてみた気がする。そのダンジョンがよっぽど楽しみなんだと思う。


 私もこの世界のダンジョンというのがどんな所なのか気になる。一号さんは、アニモスから別の場所に行くという事だから異論は無いらしい。


 そんな訳でダンジョンの為に、ソネリの村へと旅立つことになった。



 そうと決まればまず、アニモスでお世話になった人達へ旅立つ挨拶が必要だ。


 ハンターギルドは今騒がしいし、また後にした方がいいかとも思った私達だけど。奥にある受付カウンターをちら、と覗いたロウさん曰く意外にも空いているらしい。と言うよりも暇そうだとの事。

 多分、貼り紙か最初の説明でか、それを聞いていたハンター達が勝手に盛り上がって人が増えていっただけだと思う。


 人を掻き分け、ギルド職員であるまろ眉の女性――メネさんのいるカウンターまで進んでいく。


「あら皆さん、こんにちは~。依頼の受注ですか?」


 こちらに気付いたメネさんだけど、私達の少しウキウキした様子に察したみたい。すぐにダンジョンの事に質問を変える。


「もしかして、ダンジョンに行かれるんですか~?」

「ああ。明日の朝に旅立つ予定だ。それで貴女には世話になったからな、挨拶に来た」

「あら~。いえいえ、こちらこそお世話になりました~」


 『魂の定義』のリーダーである、ロウさんが代表してまず挨拶する。


「『魂の定義』の皆さん、もう旅に出ちゃうんっスか!?」


 話が聞こえていたらしく、更に奥の方から大柄な狼の獣人であるスフゴローさんが飛び出してきた。ものスゴく寂しそうな顔だ。


 ハンターギルド職員のお世話になった二人が揃ったところで、レモナさん達もそれぞれ挨拶を交わす。


 そんな中、ふとメネさんが私を見る。


――――また来なさい。いつでも歓迎するわ


 メネさん恒例の、目線での会話だ。いつものにこにこ営業スマイルではなく、薄く優しげに微笑んでいる。

 あの、ふれあいショーの時と違って、もう私普通に話してるんですが……。でもメネさんとのこのやり取りは私も気に入っている。きっと彼女もそうなのだと思う。


 だから私も、同じく目線で返事をする。


――――はい、いつかまた。色々とお世話になりました!


 メネさんやスフゴローさんは、私にとってただのギルド職員ではない。子供達の無法地帯、ふれあいショーという戦場で共に戦った仲だ。彼女達と別れるとなると、何だかこみ上げてくるものがある。


 そんな風に感慨に耽っていると、感極まったらしきスフゴローさんが何故か突進してきた。


「――ッ! むぎゅっぴぇ……」

「うわーんっス。ぺんぎん、元気にするんスよー!?」


 スフゴローさんの腕の中で、むぎょっと潰れて変な声が出る。く、苦しいですスフゴローさん。


 見た目は物語に出てきそうな狼男だ。そんな彼にがっしりホールドされ、顔をぐりぐりと押し付けられている。そして私はぺんぎん。


「なんつーかさ、完璧に補食シーンだよなー」


 レモナさん、やめてください。気付かないようにしてたんですから……。



 ☆



 次に向かったのは、市場。

 最初だけでなく、その後も何だかんだで食材を貰ってたからね。主に食費面で、多大にお世話になったのだ。


 もうすっかり有名になってしまった『魂の定義』ではあるが、その中でもこの市場ではラシュエルくんを知らない人はいないと言っても過言ではない。というより、いないと思う。

 次に有名なのは間違いなくロウさんだ。食材のお返しに美味しいおかずをくれる、イケメン主夫としてだけど。


 よく会う人達に、明日旅立つことを伝えるとそれはもう、この世の終わりみたいな表情になった。


「そんな……。天使様とお別れだなんて」

「おやまあ、寂しくなるねぇ」

「しかしのぅ。天使様のことじゃ。本来、天使様は一つの街に留まっていて良いお方ではないのじゃろう。快く送り出さねばの」


 特にラシュエルくん至上主義の彼らは、えーっと……そうだ。『天使様にあやかり隊』の皆さんだ。

 隊員のおじいさんに諭され、他の方達も暖かく見送ってくれる雰囲気に。


 ラシュエルくんが、てってと前に進み出る。


「ありが、とう。もらったの……おいしかった」


 ふわふわの真っ白の髪を揺らし、ほわっと笑顔になるラシュエルくん。

 『天使様にあやかり隊』含め市場の皆さんは……固まっていた。そして。


「うおぉぉぉ! 天使様あぁぁ」

「明日の朝はとびっきり早起きしなけりゃねぇ!」

「そうじゃの。しかと準備をせねばならん」

「皆の者、総員明日は門の前に集合だ。全力でお見送りするぞー!」

「ええな、ワテも参加するで!」


 ぴえぇ!? 一気に盛り上がった市場の人達の熱気がスゴい。

 胴上げだパレードじゃとか聞こえてくるけど、何でそんな大事になってるのだろうか。ていうか、一号さん。何さらっと混ざってるんですか!


 あまりの熱狂っぷりにラシュエルくんも珍しくおろおろしている。今日はロウさんに続きラシュエルくんの珍しい顔も見れたな、とか呑気に思ってる場合じゃない。


「さっすがラシュくん! 大人気だね~。うんうん、ラシュくんのかわいさが広まってくれるのは良いことだよ~」


 だからそんな場合じゃないんですってキルティさん!


「こ、これは一つところには留まれないな……」


 さすらいの旅人みたいなセリフを、若干顔をひくつかせながら言うロウさん。


 門の前で、店の前掛けを着けた大量の人達が諸手を挙げる中旅立つとか……。方向が逆だけど、まるで凱旋だ。


 勿論、ロウさんと共に全力で遠慮させてもらった。



 ☆



 そしてある意味で一番の難関。


 私達の泊まっている宿屋にて、まずは奥さんに挨拶をする。

 奥さんは残念がってくれたが、パレードとかは言い出さない。いや当たり前だけど。問題はその娘さんであるミュンちゃんだ。


「ぺんぎん、しゃん。ないない、なの……?」


 恐る恐る話をした途端、見る間にその純粋な瞳に涙が溜まっていく。うわあ……心が痛い!


「イタ、イタ……イタ、チしゃんもないない……?」


 頑張って『イタチ』を思い出すミュンちゃん。一号さんの努力の甲斐あって覚えてくれたらしい。良かったね、一号さん。


 ミュンちゃんは必死に抑えているみたいだけど、今にも泣き出しそうだ。

 そんな良い子なミュンちゃんに、以前奥さんから依頼を受けて採ってきたあるもの・・・・を渡す時がきた。そう、花言葉が『繋がり』のククロの花。その中で『再会』の花言葉を持ち、『いつかまた逢える』とのジンクスがある珍しいハート型のものだ。


 既に押し花にしてあるそれを、私から渡す。


「ミュンちゃん。一緒に遊べて楽しかったです。また会えたら一緒に遊んでくれますか?」

「ぺんぎんしゃん……」


 きゅ、とミュンちゃんに抱きしめられる。押し花の意味については、奥さんが分かりやすく教えてくれた。


「……うん。ミュン、なかない! ぺんぎんしゃん、またあそぶ!」


 満開の花のごとく、いや花よりも元気に笑うミュンちゃん。

 悲しみを乗り越えて成長したように見える。その健気な可愛さにこっちが泣いちゃいそうだよ。


「っにゃじゅ。良い子だね~ミュンちゃん~。絶対アオイちゃんとまた会えるよぉ~! うぅ、ぐしゅぅ……」


 あの、ミュンちゃんが頑張ってるんですからキルティさんが泣かないでください。……気持ちはすっごく分かるけど。



 その後は夜まで『魂の定義』の皆でミュンちゃんと遊んだよ。

 頭のてっぺんで結んだオレンジの髪を、みょんみょん揺らしながら精一杯遊ぶミュンちゃんはとても可愛らしかった。


 今、疲れたミュンちゃんは私と一号さんを抱いたまま眠っている。


「三週間……アオイとは二週間程か。その短い滞在で、これだけ沢山の人に挨拶することになるとはな。別れを惜しまれるというのは、有り難いことだな」


 ロウさんがぐっすり眠るミュンちゃんを優しく見ながら、ぽそりと言葉をこぼす。

 それを聞いたレモナさんが、にっといたずらっぽく笑う。


「んだなー。この街、アニモスで会ったヤツはみんな面白かったかんな。どーせならさ、やっぱパレードしてもらっとくかねー、ロウ?」

「それはやめてくれ……」


 キルティさんは今、ミュンちゃんにつられて眠そうだ。ラシュエルくんはいつものごとく。ほぼ、いや既に寝ている。


 眠っているミュンちゃんは奥さんに任せ、ラシュエルくんはロウさんが運び。その日はそのまま部屋に戻り、早めに就寝した。



 ☆



 翌朝。

 宿屋で最後の別れを済ませ、門の辺りへとやってきた私達。ここからは地球で言うバスのようなもので移動するらしい。


 この異世界で、最初に来た街アニモス。ついに私も別の場所へと行く時がきたのだ。



 ただ、ただね? どうしても気になることがある。


 最後にアニモスの様子を思い出す。最初に来た時から微妙に変わっている事が一つ。


 ぺんぎん、ぺんぎん、ぺんぎん――……


 異様に多いのだ、ぺんぎんが。

 どう考えても、こんなに沢山のぺんぎんのペットはいなかった。それに街で見かけた女の子は、自分のペットに何故か歌のレッスンをしていた。当然ペットのぺんぎんは頭に『?』を浮かべ、あほっぽい顔で首を傾げていたけど。


 いつかのショーが合唱祭に変わったころ、ペットショップの店員が言っていたセリフがふと浮かんでくる。



 ぺんぎんビッグウェーブ、まさか本当に来てないよね!?

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