ぺんぎんとハンターの依頼

13話 クエストと名前

 翌朝。


 昨日は異世界転生という非常事態に精神を、子供達に体力を奪われたからかな。前世の就寝時間より遥かに早いにも関わらず、ぐっすり眠ってしまった。


 泊まった宿屋の女の子、ミュンちゃんは今日はぺんぎんの着ぐるみ姿ではなかった。

 普通の日本の格好よりは、少しだけ民族衣装っぽさの入った――要するに異世界チックくらいの服装だ。


 キルティさんがふりふり魔女っ娘の格好なので勘違いしてたけど、この街、アニモスの人は基本的にコスプレレベルの服装ではない。どちらかと言うと地球の格好に近かった。

 期待はずれのような、ほっとするような……。



 朝食を食べ終えた私達は、ミュンちゃんとお手て遊びをしながら今日の行動方針について話をしていた。

 リーダーとして予定を話すロウさん。


「今日は、昨日出来なかったオークの狩猟依頼を達成したいと思う。アオイとしては初の魔物狩り、になるのかと思うが……」

「そだよね~。アオイちゃんが魔物狩ってるイメージないもんね~」

「勿論見ているだけで構わない。何なら留守番でも良いんだがどうだ?」


 キルティさんに言われたように、魔物と戦ったことなどない。だからロウさんの問いかけに考え込むけど……。


「そうですね。正直その、以前は生き物を狩ったりしたことが無かったですし。怖さはありますが……慣れないといけないことですから。ちゃんとついていって、自分の目でみたいです」


 今いる場所は宿屋の受付カウンターの近くのテーブルだ。カウンターには奥さんがいるから、あまり前世とか地球とかは言えないんだよね。


「ま、アオに危険はねーよーにすっからさ。オークなんてちゃちゃっとカタしてやんよ」

「アオイちゃん、無理しちゃダメだよ~? 何かあったら言ってね~。にゃ、でも大抵はラシュくんの側にいれば安全だもんね!」

「……ん、まかせて。アオイ、さんはぜったい、まもる……」

「ぺんぎんしゃん、こわいのこわいの、とんでけー!」


 レモナさん、キルティさん、ラシュエルくんが順々に頼もしい言葉を掛けてくれる。

 優しい……! そしてミュンちゃん、全身でこわいの飛ばしてくれるの可愛いすぎます。ただキルティさんが危ない目をしてるから、夜道には気をつけるんだよ?


「あら? 皆さん、オーク狩りですとリンドの森へ行かれるんですか?」

「ああ、あそこでの狩猟依頼だしな」


 受付カウンターから出てきた奥さんに、ロウさんが応える。


「……それでしたら、私も依頼をしてもよろしいかしら」

「依頼? 何か困ってんのかー?」


 依頼ってどんな種類があるかまだ分からないけど、レモナさんの言う通り何か困りごとだろうか。ならぺんぎんに出来る事は少ないけど、お手伝いしたいかな。


「皆さんは旅のハンターパーティーと聞きましたから。アニモスにもあまり長くは滞在されないのでしょう?」

「そうだな……。滞在期間は決まってはないが、少なくとも永住はしないだろうな」

「皆さんと離れるとなるとミュンが寂しがりますし、皆さんからミュンに何かをあげて頂きたいのです。ここまで懐いた方は初めてですから」


 そっか。ロウさんが永住しないと言ったように、ここは宿屋だからずっとここにいる訳じゃないんだよね。

 ……確かにミュンちゃんが私にしがみついて離れない場面が想像できる。当のミュンちゃんはまだ分かってないのか、お手て遊びに夢中だ。


 面白そうにきらっと笑いながら、キルティさんが訊く。


「うにゃ、いいね~! でも何あげたらいいのかな~?」

「ククロの花を頂ければ、押し花にしたいと思ってます」

「んあ、ククロの花? んならその辺にさ、安く売ってんじゃねー?」


 レモナさんが不思議そうに首を傾げる。その様子に、奥さんは頷きながら話を続ける。


「ええ。ただ、普通の花びらの形はひし型なんですけれど、たまにハート型の花びらがあるんです。普通のククロの花言葉が『繋がり』で、そのハート型の花は『再会』。ですからその花を贈ればいつかまた逢えるというジンクスがあるんですよ。

 ミュンにそれを渡してあげたくて、それで皆さんにお願いしたいんです。勿論、お忙しいでしょうから、見つけたらで構いませんので」


 四つ葉のクローバーを見つけたら幸運が訪れる、みたいな感じかな?


「そうか。なら、依頼ということでもあるからな。引き受けようかと思うが問題ないか?」

「いーんじゃねー。どーせ近くに行くんだかんなー」


 ロウさんにレモナさんが賛同し、他の皆も頷いている。

 私も、違う形の花を探すくらいなら手伝える。むしろ役にたてる機会かもしれないから、嬉しいくらいだ。


「ありがとうございます。では、ハンターギルドに、指名依頼で出してきますね。留守番を任せてしまっても良いでしょうか?」

「それは助かる。指名依頼だと少し達成ギルドポイントが上乗せされるからな」


 ロウさんの言う指命依頼については詳しく知らないけど、まあ名称の通り、誰でもいいんじゃなくて『魂の定義』を指名するという意味だと思う。


「ミュンちゃんは私が見ておきますから大丈夫ですよ」

「おかーしゃん、いってりゃっしゃーい!」


 見ておくと言ったけど、そもそもミュンちゃんはずっと私から離れないしね。まあ、ぺんぎんの手でお手て遊びは難しいから、実際に遊んでるのはキルティさんだけど。


 先に依頼を出すため、奥さんが出かけていく。



「……しかし、凄いなアオイ。たった一日で子供からここまで慕われ、母親にまで信頼されるとはな……何をやったんだ?」

「当っ然だよね~! アオイちゃんはそこにいるだけで、かわいいんだもん!」

「ぺんぎんしゃん、しゅごいっ!」


 ロウさんとキルティさんの言葉を聞いた、横で遊んでるミュンちゃんから頭を……いや、背中をなでなでされる。


 うーん、そんなに特別なことはしてないんですが。一緒に遊んで歌うぺんぎんになっただけですよ?



 ☆



「んあ?……そーいや、忘れてたなー」


 留守番中。レモナさんが急に何かを思いだした様子。

 それよりレモナさん、片足立てて椅子に座らないでください。スリット大きい服だから、今お客さんが来たら男女問わず鼻血出して倒れちゃうんじゃないでしょうか……。


 気になる私とは違い、平然としたロウさんが聞き返す。


「何だ、レモナ?」

「ほら、アオのハンター登録の事でなー。依頼受けるっつーならさ、登録しといた方がいーんじゃね?」


 ハンター、かあ。私がなると思うと不思議だね。……まあなっても多分戦えないと思うんだけど、魔物だし戦えたりするのかな?

 登録することに、キルティさんも同意する。


「そうだね~。後で奥さんの依頼受けにいく時に登録しようよ!」

「んで、アオは魔物だからさ、日本名しかねーじゃん? どーせだし新しい名字つけねー? アタシが登録した時はさ、名字必須だったかんなー」

「確か鍵尾葵かぎおあおいだったか。別にカギオでもいいと思うが」


 レモナさんの提供に、ロウさんはあまり必要性を感じないと言った様子。んー、でも確かにこの世界っぽくはない、かな?

 とりあえず私の意見を言っておく。


「えと、私はどちらでもいいですよ」

「おっし。んじゃー皆で順に一個っつ、案出してくれなー」


 今回はレモナさんが仕切るみたいだ。



「ぺんぎんしゃん、おなまえ?……はい! ぺんぺん!」


 ミュンちゃんも参加するんだね。元気よく、手を頑張って上にあげている。頭の天辺の髪もみょーんと立っていた。

 ぺんぺん、ぺんぎんとしては名誉ある名前なのかもしれないけど、一応中身は人としてはちょっと……どうなのだろうか。


 ミュンちゃん考案の名前にふむふむと口で言ったレモナさんが、次に考える。


「いーじゃん。んじゃ次アタシはなー……赤いリボンにランタン。日本人ならちょうちんっつーよな。よし、赤ちょうちん!」

「『んな名前聞いてっと飲みたくなんじゃん!』とか言い、酒飲みたいだけじゃないだろうな」

「ぎくっ」


 図星じゃないですか。レモナさん、口でぎくって言ってますけど……。翡翠のせっかくの綺麗な瞳が、キョロキョロと、動揺したように動いている。

 人の名前を口実に使わないでください。ロウさんお見事です。



 次に提案するのはキルティさんのようだ。良い事を思い付いたらしく、少しにやにやしている。


「にゃへへ。わたしはね~、チェスローが言いと思うよ!」

「あれ、それ昨日聞いたような気がします。確か、キルティさんの名字ですよね?」

「うん、そうだよ~? だからね、同じになったら私達姉妹だよね!」


 キルティさん……。そんなキラキラした眼で見られても、顔に『こんな妹が欲しかったお姉ちゃんになりたい』って書いてありますよ? 尻尾はさらに雄弁に振られてますし。

 だいたい、名字同じ人が全員家族な訳ではないですからね?



 長い杖を、時間をかけてゆっくりゆっくり拭いていたラシュエルくんがぽそりと呟く。


「……ペロペロキャンディー」

「ラシュエル、それは食べ物だぞ」


 すかさずロウさんがツッコむ。

 ラシュエルくんが想像したらしく、じゅる……と聞こえてきた。

 あの、『ぺ』繋がりなだけですよね? やっぱり非常食だとか認識してないですよねラシュエルくん!?



 現在、案は四つ。

 正直まともなのが無い気がするんですが……。皆さん絶対遊んでるだけだ。

 勿論、ミュンちゃんは別だよ! キルティさんじゃないけど、可愛くぴーんと挙手してたもんね。


 ロウさんも同じ事を考えていたのか、呆れているような苦笑しているような顔で聞いていた。

 ツッコミつつ聞いていただけのロウさんにも、レモナさんが振る。


「んじゃほい、トリはロウだかんなー」

「俺も言うのか。鍵尾葵、かぎおあおい。かぎ、おー。……ペンタ90号でどうだ?」

「アオイ・ペンタ90号!? ペンタってどこからきたんですか」


 待ってください、ロウさん。

 ロウさんだけは真面目に考えてくれると思ったのに……!


 そもそも何で『号』なのだろうか。私、新幹線とかじゃないですよ? しかも今、私の名前のどこから『90』が導きだされたのか工程が謎だ。

 まあロウさんなりに、流れに乗っての冗談だろうけど。真顔だけど冗談だよね……?



 ロウさんが冗談で言ったのか、私が真剣に考えている間。

 一通り出た案をレモナさんが紙に書き留めていた。あ、本当に全部書くんだ……。というよりも、私の名字この中から決まるの?


 しかも折よくなのか、奥さんが帰ってきた。だから留守番もこれで終わり、ハンターギルドへと向かうことに。


 ミュンちゃんは離れるのがイヤそうだったけど、また帰ってくるからって言ったら大丈夫だった。……うん、確かにククロの花は必要かも。



 赤ちょうちん、ペロペロキャンディー、ペンタ90号は無しとして、チェスローにしたらキルティさんに本当に姉妹認定されて何をされるか分かんないし。



 あれ? 何だろう、ぺんぺんが一番マシに思えてきた。


 アオイ・ぺんぺん。これで見も心もぺんぎんに!

 ダメだ絶対阻止しよう。



 最終決戦に挑むくらいの……いや言いすぎかな。

 私は中ボスに挑むくらいの覚悟で、自身のマヌケ顔を気合いでキリリとさせつつ、ハンターギルドへと向かった。

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