色彩
市川 滝
第1章 色
第1話ー色ー(1)
―彼の絵は、まさに色を操っているかのようだった。―
この大学で、彼の名前を知らない人はいない。
彼は、僕が通っているこの美大に、一年前まで通っていたOBでもあり、若き天才画家である。
十代の頃から、天才画家・
それは、もはや二世画家としてではなく、月森光、個人としての地位を確立した事を意味していた。
彼の父親・月森大成は、現役を退いた後、この学校の理事長になった。
校内で密かに囁かれている噂では、彼の父親が用意したアトリエがこの学校のどこかにあるらしく、そこに今でも時々、月森光が絵を描きに来ているらしい。
その噂の新表性を裏付ける訳ではないが、僕はこの校舎で一度、彼を見かけた事がある。
細く真っ直ぐな色素の薄い髪から、時折見える綺麗な整った鼻筋。
所謂、イケメンと言う奴で、隠し切れないそのキラキラとしたオーラは、彼の絵そのものを象徴しているようだった。
まさに、光という名に相応しい。
そうゆう人だと思った。
だが、それに比べて僕は醜い。
僕の顔には、生まれつき消えない〝赤い痣〟がある。
別に誰かに傷つけられた訳でも、何かの事故にあったという訳でもない。
〝
右目から右頬にかかったこの痣は、恐らく一生消える事は無いだろう。
物心のついた時、僕の両親は離婚し、一人っ子の僕は父に引き取られる事となった。
しかし、小学四年生の時に僕の家に来た新しい母親は、僕の顔を見るなり〝気持ちが悪い〟と言い放った。
それ以来、母とは折り合いが悪く僕が彼女に愛される事は無かった。
それからの僕の人生は、痣を隠す為に常に前かがみになり、それと共に僕の前髪もどんどん長くなっていった。
それに僕は、人と目を合わせる事も苦手だ。
他人が、僕の痣を見る視線を見てしまうのが怖い。正確に言えば、他人が僕をどう思うのか、それが分かってしまうのが怖いのだ。
心無い言葉を言われ傷つく。この痣のせいでそんな事はしょっちゅうだった。
小学校の頃から、学年が変わる度にいじめの標的となった。僕の青春のほとんどは散々な思い出しかない。
だから、そんな僕にとって、絵を描く事は唯一の救いだった。
僕は決まって美しいものを描いた。
綺麗な景色や建物。動物や自然の花々。
一度だって、人を描いた事は無い。
人なんて、中身は皆同じ。人は醜い。
僕には、醜さを感じ取るセンサーが人より多くついているらしい。
そうやって絵を描き続け、やがてそれなりに努力も実った。
毎年、出していた絵のコンクールでは必ず賞を取り、学校の先生達を感心させた。
父も昔から、僕の絵だけはとてもよく褒めてくれた。父にとって、小中高と毎年のように表彰台に上がる僕は誇りだったらしい。
高校の時、美術の先生が美大を推薦した時だって、快く応援してくれたのは父だった。
その期待に応えるように、絵は僕の世界の全てになった。
そして絵にのめり込む内に、他人との関りはより一層、希薄になった。
だが、支障はない。何事にも極めるには先には代償がある。
そうやって、他の誰よりも絵に向き合ってきたつもりだった。
それでも、彼の絵には敵わなかった。
今まで絵を描き続けてきた僕だから、それが手に取るように分かってしまう。
配色のセンス。構図の配置。
独創的で、繊細で、大胆。
何より見た人を一瞬で引き込む強烈な魅力。
そして、僕もまたそんな彼の絵に魅了された一人だった。
初めて彼の作品を見た時の衝撃は、今でも忘れる事が出来ない。
才能。容姿。家柄。育ってきた環境。
僕が手に入れられなかった物。
その全てが彼の作品を作っている…。
つまり、彼と僕ではその何もかもが天と地の差なのだ。
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