空は飛べても車なんです
「こ、これがアメノイワフネ?」
ヒミコに連れられるまま、格納庫にやってきたハヤトの目の前に、その銀色の機体があった。
長さは一番長いところで10mいかないくらいだろうか、流線型で空気抵抗の少なそうなスマートな外観をしている。
サイズこそ大きいものの、それだけであればちょっと変わった車のように見えるかもしれないが、一点においてあきらかに通常の車ではないとわかるところがあった。
「窓が……ないんですね」
「これは対テロを想定した機体だ。どんなに強化したガラスでも、ガラスはガラス、衝撃を加えられれば危ないからな。安心しろ、外の様子は搭載されたカメラで中に映し出される」
それでは戦車ではないか。ハヤトはそのヒミコの解説に、いよいよ本格的に、これがテロとの戦いであることを実感した。
「隊長、準備終わってます。いつでも出発可能です」
整備を終えたらしいシズカがそこに駆け寄ってきた。
ヒミコはというと、トモエと何か話している。
まだ少しかかりそうだと思ったのか、彼女はじっと、アメノイワフネを見ているハヤトの姿に気づくと、話しかけてきた。
「どうだ新入り、アメノイワフネは?」
「どうだ、って……銀色で格好いいなって……」
ハヤト的には、自分の中の、まだ覚悟が決まっていない、不安定な部分を晒すことはできないと、当たり障りの無い言葉にしたのだ。
もちろん、嘘はない、それを聞いたシズカが機嫌良さそうな顔になったのもそれ故だろう。
「そうだろう、そうだろう。アタシが作ったようなもんだからな。」
……これはハヤトにとって想定外の返しだった。
アタシが作った?さらりと言ったが、もし本当にそうであれば、シズカはハヤトが思っている以上にとんでもない技術者ということになる。
「あはは、これで空でも飛んだら、完全にSFの世界ですね」
「あん?何言ってんだ、お前?」
先ほどまでの機嫌の良さはどこかにいってしまったのか?シズカは急に不機嫌そうになった。
「こいつは、アメノイワフネは、単なる車でもなく、戦車でもない、空も飛ぶことも可能なら水の中にだって潜れる、万能強襲戦闘機体だぞ」
「え?これ飛ぶんですか?」
「当たり前だろ、飛ばないでどうするんだよ。名前負けになるだろうが!!!」
アメノイワフネ、漢字で書くと、天の岩舟か?いや、しかし、だからといって、空を……飛ぶのか、この機体は。
あれ?まてよ、ではなぜアレはあそこについているのだろう……?
「でも、車ではあるんですよね?」
ハヤトが、アメノイワフネ後部を指さす。
最初に見たときは、あまりの違和感に何度も見返したものだ。
なんと……驚くことに……
そこには、車のナンバープレートがついていた!!!
「しかたないんだよ、この国では公道走るのにいるんだ、あれが!」
一瞬声を荒げたシズカは、そこまで言うと周りを気にしたように、急に小声になった。
「……ほら、うちのボス、隊長な、警察出身だからうるさいんだよ、そういうの。アタシもつけたくなかったんだけどな……」
超法規的といえども、れっきとした国の組織、先ほどのヒミコの言葉がハヤトの頭で再生される。
「そうですか、ヒミコさん、警察出身なんですね」
「お前、正直知らないことが、多すぎるぞ、やっぱり……」
「何か言ったか?」
丁度タイミングを計ったかのように、ヒミコが割り込んできた。
どうやらトモエとの話が終わったらしい、
「な、何でもありません。新入りにアメノイワフネについて説明していたんです」
「は、はい、空も飛べる車だっていうのは理解しました」
「お前それ理解してねーじゃねえかよ!!!車じゃないっての!」
「ふひー、ごめんなさい、ごめんなさい」
口の両端をつかまれて、しきりに謝るハヤト。
もはや日常的になってきた2人のやりとりにため息をつきつつ、ヒミコが指示をする。
「2人とも、出るぞ。アメノイワフネに、早く乗れ。」
気がつくと、アメノイワフネの横側の扉が開いている。
トモエの姿が見当たらないから、もう彼女は乗っているのだろう。
さて、乗るか、と足を進めた時、ハヤトは重要な事を思い出してヒミコに確認せざるを得なかった。
「サクラ、も、ですか?」
こんなに大事なことをなぜ気がつかなかったのか。
自然にいつもそこにいるとはいえ、配慮がなさ過ぎた。
その当人はというと、今も、ハヤトの袖を引っ張りながらニコニコしている。さっきまでは、ヒミコや他のメンバーとおそろいの制服を着させてもらい、とても喜んでいた。
これからどこへ、どんなところへ行こうとしているのか、わかってないんだろうな……。
「当然だ。」
「で、でも……」
「案ずるな、サクラの体は銃弾をはじき返す強度であるのはわかっているだろう?むしろ、私は君の方が心配なくらいだよ、秋津ハヤト」
理屈はそうだ、ヒミコの言うとおりである。
コンビニ強盗を撃退したのは事実であるし、シミュレーションであることを差し引いて考える必要はあるにしても、あのゲームでは、それこそ大型のロボットと互角にやり合っていたのだ。
しかし、その理屈に対してハヤトは抵抗する。なぜなら自分はサクラを守ると心に決めているのだ。
「サクラを……連れて行くのは……」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「え?サクラ?」
ハヤトの心の機微を知ってか知らずか、横からニコニコしながらサクラが胸を張って言い、そして続けた。
「サクラねー、ヒミコさんとククリさんに秘密の特訓を受けてたんだよ!」
「な、何だって-?」
初耳である。いや、むしろ話してもらえてなかったというのが真実だろう。
「だからね、サクラお兄ちゃん守れるよ。意地悪しないで連れて行って」
妹に瞳をうるうるしながらこう迫られては、兄としてはできることはただひとつ……。
「わかった。サクラ、俺を守ってくれ!」
「アタシは、初めて見るぞ、こ、こんなに格好悪い台詞を、こんなにキメて言うやつを……」
2人の感動劇場、その明後日な行方に絶句するシズカだった。
「ほら、もういいだろう!行くぞ!」
「り、了解!」
「りょうかいー!」
ヒミコの叱咤に、ハヤトとサクラは、アメノイワフネに飛び乗った。
思ったとおり、中には、トモエがいた。サクラの後ろで扉が閉まる。
「あれ、シズカ……石凝さんは乗らないですか?」
「アタシならこっちにいるよ」
前方の席から手が上がり、声がする。
「え、ひょっとして……」
「ひょっとしなくてもそうだ、アタシがアメノイワフネの操縦士ってやつだ。」
「……」
「アタシが整備してんだぞ、問題あるわけないだろう?」
そーゆー問題ではない、この時もそう思った。
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