まさかこの後この僕が振られるなんて思ってもいなかった
池田蕉陽
小森さん
「ねぇ、小森さん」
携帯式の手鏡に映り込む僕の煌めく瞳、完璧な鼻筋、見るだけでキスしたくなるような唇、斜め45°から見た奇跡の美貌に見惚れながら彼女の名前を呼んだ。
「なーーにーー?」
小森さんのナマケモノみたいな返事が返ってくる。
「この世で一番クールで美しくて完璧な人間を...」
僕はそこまで言ったタイミングで、携帯式の手鏡をパタンと閉じる。
「誰か知っているかい?」
目線を愛用の手鏡から、右隣の席で机に顎を乗せる小森さんに向けた。
「しーらなーーーい」
小森さんの机に乗った顎がカクカクと動く。
「それは僕さ」
僕はまるで雑誌のイケメンモデルのようなポーズを決める。僕はきっとそのモデルより輝いたポーズをしているはずだ。
「ふーーん、そーーなんだー」
小森さんはずっと机に顎を乗せたままで、目線も前を向いている。身長が150あるかないかで、机もそれ相応のミニサイズであり、さらに小さな背中を丸めそのようなポーズを取っているので、さぞ目線の標高が低いはずだ。
「聞きたまえ、実は今朝も電車から降りると見知らぬ女性から告白を受けてしまったね...ほんとに困ったものだよ、僕には愛する人がいるから当然断ったのだが、その愛する人が誰か分かるかい?」
「うんこー?」
「NO 僕さ、僕は僕を愛している。あー...なぜ世界は自分自身と結婚することができないのだろう...この世界で唯一僕だけが僕と結婚することができない...すごく不平等だと思わないか?」
手を顔の前で覆うように飾し、困る素振りを見せる。
「べっつにーーー」
「と、東堂くん!!!」
小森さんの怠け声の後、後ろから別の女性の張りのある声が聞こえてきて、優雅に振り返る。
「ん?どうしたんだい?山野さん」
山野さんの後ろには付き添いの女子2人が「頑張って!」っと小声で彼女に応援していた。
「あ、あの...あ、明日私と映画に行きませんか!」
山野さんが顔を真っ赤にして目を力強く瞑っている。
「すまない、明日はピアノのレッスンがあるんだ」
僕がウインクしてそういった途端、山野さんが目を開き死人のような顔になった。当たり前だ、この僕に振られたのだから。
「そ、そう...」
亡霊のような声が聞こえ、そのまま3人が僕の後ろ、そして小森さんの後ろを通り過ぎた所で足が止まった。
「ねぇ小森さん、ちょっといいかしら」
「え?私?」
山野さんが落ち込んでるのでそう見えたのか怖い顔で小森さんを呼び出した。
小森さんはまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったようで戸惑いながら、3人について行った。
それから数日
「僕さ、背も高くてスタイルもよくてイケメンだろ?昨日電車の吊り革持ちながら片手で読書していたらモデルにならないかってスカウトされてさ、ほんとにやれやれ...ん?」
僕はそこまで言うと、不意に小森さんの腕に目がいった。
「小森さん、その腕はどうしたんだい?」
小森さんの左手首に包帯が巻かれていた。
「あーこれ?...ちょ、ちょっとこけた時、手ついちゃって...」
そう言って小森さんが困った顔で左手首を隠した。
「大丈夫なのかい?」
「平気よ、こんなの」
小森さんのポケットから携帯が鳴る。
「あ...じゃあちょっと行かなくちゃならない所あるから」
携帯の着信が合図かのように、小森さんは左手首を抑えながら教室から出ていった。
「ん?」
出ていく際に小森さんのポケットから紙のような物がヒラヒラと落ちた。
僕は席を立ち、紙を拾いに行くと何も考えずにそれを広げた。
『死ね、消えろ、おかっぱ、チビ、学校くんじゃねーよ、東堂くんに近づくな、転校しろ』
赤い力強い筆圧で、呪いのようにそう綴られていた。
僕は唖然とした。
こ、小森さんがいじめられている...?
小森さんの左手首の包帯を思い出す。
全く気づけなかった。今まで席も隣でずっと話もしていたのに、彼女への嫉妬故にこんな酷い仕打ちを受けていたなんて...
いや...違う...
僕は気づけなかったんじゃなく、気づこうともしていなかった。
今までずっと僕が一方的に自慢話をしていただけで、なにも小森さんの話を聞いていなかった...
僕が起こした原因なのに、僕は一切小森さんを守れていなかった。
僕は人生で初めて僕が嫌いになった。
僕は悔しさ、怒り故にその紙を強く握りしめ教室を飛び出した。
ひとけのない校舎にボロボロの小森さんは倒れていた。
「こ、小森さん!」
僕が大声をあげたので、小森さんを囲む女子3人がこちらを振り向いた。
その中の一人を見て、僕はひどく悲しくなった。
「や、山野さん...なにをしているんだい...?」
「ち、違うの!東堂くんちがうよ?これはこいつが原因で...」
「言い訳なんか聞きたくない!」
僕は小森さんの元まで走ってその場でしゃがみ込んだ。
「小森さん!小森さん!」
小森さんの顔は殴られたようでアザだらけになっている。
僕はそれを見て人生で初めてこんなにも怒りを覚えた。
「山野さん...もう僕は君の顔も見たくない、ここから離れろ...」
山野さんは、自分がした行いに後悔を持ったのか、目に涙を浮かべながら走り去っていった。それに続いて「かなで!まって!」と女子二人が追いかけていく。
僕は再び目線を小森さんに向ける。
「なーにー?助けに来てくれたのー?」
こんな時だというのに、小森さんは笑いながら呑気なトーンだった。
「すまない...僕がもっと早く気づけていたら...」
自分の情けなさに思わず涙が零れた。
「クールで美しくて完璧な男がそんなメソメソした顔するんじゃないよ」
僕はその時、心の中で何かが渦巻いた。
小森さんが汚れた制服で立ち上がった。
いつも小さく脆そうだった小森さんが、なんだか大きく逞しく見えた。
「ほら、教室戻ってまたいつもの自慢話聞かせてよ」
僕は思わず笑を浮かべて立ち上がり、2人で教室に戻って行った。
「先日、俳優と間違われてね」
「ふーーーん」
まさかこの後この僕が振られるなんて思ってもいなかった 池田蕉陽 @haruya5370
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