陽に向かって咲う

神條 月詞

はじまり

 高校3年生の夏休みに入ってすぐ、祖父が亡くなった。七十三歳だった。祖母は五年前に他界していたから、広い家にひとりで暮らしていた。

「ついこの間まで、あんなに元気だったのにねえ」

「大きな病気もなくて、本当に突然だったな」

 階下からは祖父を悼む親戚達の声が聞こえてくる。意識をそちらから目の前の押入れへと向け、ふうっと息を吐いた。

『じいちゃんが死んだら、二階の押入れの整理はヒナに任せるからな!』

 生前の祖父の言葉を思い出して、不覚にも笑ってしまう。

陽向ヒナタだっつーのになあ……」

 何度訂正しても、祖父の呼び方は変わらなくて、高校に入ってからは半ば諦めていたっけ。

「さて、整理しよう」

 いつまでも感傷に浸っているわけにはいかないのだ。

 ふすまを開け、いくつか積まれている大きな箱を引っ張り出す。中身を確かめて、いるものといらないものに分けて。長期戦を覚悟していたが、三時間ほどでダンボール箱ひとつに収めることが出来た。

 あとはいらないものを袋にまとめるだけ、というところまで来て、押入れの奥の方、これまでのものよりかなり小さな箱に気付いた。なんだろう。

 明かりの下に出すと、箱には相当年季が入っていることがわかった。壊してしまわないように注意しながら蓋を開けてみる。古びた封筒に入った手紙が二通。それぞれ祖父と曾祖母──祖父の母の名前が、几帳面な字で書かれていた。

 曾祖母は今年で九十三歳になるが、まだまだ元気で可愛らしいおばあちゃんだ。

 彼女に宛てられた手紙を、何故祖父が持っていたのだろうか。不思議に思って、封筒をそっと手に取ってみると、比較的新しいメモ用紙がひらりと舞い落ちてきた。



 ヒナへ。

 特別にこの手紙たちを読ませてやろう。

 これはじいちゃんの父さん、

 ヒナにとってのひいじいちゃんから

 もらった手紙だ。

 読み終わったら出来るだけ早く

 ひいばあちゃんに届けてやってくれ。

 じいちゃんがやり残した最後の仕事だ。

 頼んだぞ。



 祖父の字だ。まったく、次から次へと孫遣いの荒いじいちゃんだ。

 ひとまず残った荷物の整理を終え、会ったことのない曾祖父から曾祖母と祖父に宛てられた手紙を読むことにした。

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