第11話 歌でも癒せぬ我が旅よ
「もしかしなくとも、犯罪者?」
どうも、一人で討伐に向かったことについてアーサーからしっかり叱られて、さらにテンションダウンな白川真理です。
「♪どこまででも 歩こう 退屈を抜け出し 遥か彼方 空の向こう……」
歩いていく歌を歌っても長い旅路は短くならない。パイシズより発ち、目指す先は大火山。火炎の魔獣を討伐しに向かう。
そのために歩いて今の所十日経ちました。
いや遠いよ。
「討伐するたびに場所が遠くなる……」と愚痴を言ってみる。
「一番遠い場所にいるであろう魔獣から討伐した方が良かったとでもいうのか?」もう遅いぞ、とラクト。
「いや、マリの言いたいことはわかるぜ。ちなみに一番遠い魔獣の居場所って王都からどれくらいだ?」ランスがウチのサポートに入るように、地図持ちのアーサーに聞く。
「最短距離でも一ヶ月は歩くぞ。」
「「遠いな?!」」ウチとランスがハモった。サビナとカシスが同時に吹き出す。
うーん、久しぶりな気がする漫才。
と、石の壁が見えて来た。城壁みたいなやつ。壁の上には緑と黄色の旗。アルテリアは赤と黒と金だった。つまり別の王国まで歩いて来ちゃったみたいです。
「げっ」とカシスが声を上げる。
「……何、敵国だったりするの?」と訊いてみた。ら。
「大正解。」とサビナが答えた。マジすか。
「リスメイ王国。小さいながらもアルテリアに歯向かうほどの戦力と士気がある。今は物資の交換などで比較的平和だが、それより前は領土をめぐり大戦争を繰り広げたことのある相手だ。」
「ラクトって詳しいね。」正直な感想がそれくらいしかない。いや、魔物だの魔法だのファンタジー溢れてると思ったら突然中世の政治が出てくるもん。
「……俺の故郷がここの統治下にあるからな。」
……つまり敵側に寝返った人なの?
いや、もっと簡単なはずだ。
「アルテリアの方が強くなれると信じて?」
ラクトは頷き、それ以上は喋らなかった。
ウチも黙ってよう。
「この公道を横切らないと進めないけど、リスメイは見張りが厳しくてね。」カシスが静かに言う。現在城門近くの茂み内。門の前には見張りが一人。
「マリ様、目を眩ませる歌はありますでしょうか?」アーサーがウチを見る。
「潜むために声高らかに歌う奴がいるか。あの『運の魔法使い』みたいな炎の幻影とかできません?」歌ったら効果が出る前に見つかる。面倒ごとは避けたい。
「……残念ながら、私はそちらには詳しくないのです。」
しっかりしてくれ、煉獄の使者。攻撃一辺倒ですか。
「サビナは?」と反対側で待機する赤毛の魔女に視線を向けてみる。
「私は初級魔法しか使えないよ。あれはどっちかと言うと応用魔法。」サビナが首を横に振る。
「こうなったら……向こうを向くように壁に攻撃を仕掛けて、そのうちに走り抜ける?」カシスが弓を握り、矢を取り出す。
「敵の国に攻撃してどうする。戦争もう一発入るぞ?」ちょっとウチもしびれが切れそう。
でも、切れる間も無く、出来事ってのは起こるものみたい。
「そこにいるのは誰だ?!」
はい、見つかった。
「走れ! ウチがなんとかする!!」リーダーらしく指示を出す。全員揃って公道を突っ切る。ウチは真ん中あたりで歩みを止め、立体音響を構える。
こっちに駆けてくる兵士さん。ちょっと気を抜かせてもらいますよ。
「♪簡単な感情ばっか数えていたら あなたがくれた体温まで忘れてしまった……」
追いかける理由さえ忘れてしまえば、こっちのもんよ。
予想通り、兵士さんは走るのをやめる。とても混乱しているような顔。……この歌、効果時間どれくらいだろう。ずっと忘れていたらやだな。
「ほら、行くぞ!」ランスの声で悩むのをやめる。ごめんなさいと一礼、ウチも公道の向こう側へと走る。
面倒ごとは起きなかった、と言えるかな。トータルで考えると。
そんな出来事もあって、大火山が見えて来た。ドラゴン討伐に向かったのとは違う奴。それとは比べ物にならないくらい、でかい。
つまり、今は見えるだけでまだ遠い。
「あとどれくらい歩けばいいのかな。」遠距離ワープ的な歌なかったっけ。あった気がするけど、今は思い出せない。
「魔獣の住処まではあと少しですよ。」アーサーが励ましてくれる。
でも、さすがに疲れた。歩くだけならいくらでもいけると思っていたけど、さすがにちょっと。
休み、たい、かな。
ふ、と体から力が抜ける。驚きと心配の混ざった声が、遠くで聞こえる。
でも、目は開けない。開けられない。
体に力を使ってないから、頭に全てのエネルギーが走る。
いままで無視しようとした質問が浮かんで、脳を中から圧迫していく。
『なんでこんなところに来たんだろう?』
『どうやって?』
『なんで歌うだけで魔法みたいなことが起こせるの?』
『なんでこんな力がウチにあるの?』
『ウチはみんなの力になれてるのかな?』
『迷惑じゃないかな?』
『家族のみんなはどうしてるんだろう?』
『戻れたりするのかな?』
『戻りたい?』
『戻りたくない?』
嫌な感覚が体を苛む。暑くて、寒くて、ぐるぐるして。わからない。
と、ぐるぐるが止まる。頭の中もスッとする。
暖かい、柔らかい、そんな感覚でいっぱいになる。
『あなたは、———』
誰かの声が聞こえた気がした。
そうだ、起きないと。みんなが心配してるだろうし。
もう大丈夫。頑張れる。
……頑張れるんだけど、力が入らない。
仕方ない、せめて脳内で元気の出る歌でも歌うかな。
「♪大丈夫 大丈夫 痛くもかゆくもないんだよ 君が笑ってくれるなら だいじょうぶ だいじょうぶ 無様に転ぶ僕は」
あ、目が開く。
「♪小さなサーカスの 玉乗りピエロ」
いつの間にか口に出していた歌。歌いながら目を開けると、うちが倒れていた場所。足元でみんなが驚いた顔してた。
……あれ、ウチいつの間に立ち上がってたっけ。
サビナやアーサー曰く、ウチは疲労と魔力不足で倒れたんだそうだ。いやウチ魔力無いと思いますが。
で、そんなだから今日はもう野宿の用意をしようということに。いやー、テントの設置方法も上手くなりましたよウチ。だけどみんながウチに向けて「今日は休め」と。うむ、病人扱い。ヒソヒソとウチに内緒の会議もしてる。
でもバッチリ聞こえちゃうんだよなぁ。
立体音響を耳元に当てたら、周りの音や会話も聞こえることがさっき判明したんだよ。
さて、盗聴タイム。
「倒れて少しした時のあの魔力。あれはやはり……」うん、この声はラクト。
「でも彼女は魔力がないって公言もしてるし、実際にないでしょ?」サビナだね。うん、魔力無いよ。
「だがあの雰囲気、あの輝く光。間違いない、女神レグシナ様の気配だった。」アーサー。……って待って、女神の雰囲気?光?
「確かにレグシナ様の教会などで与えられる祝福に似てはいたが。まだ断言できないだろう。」ラクトが食い下がる。
「サビナはあの瞬間、癒しや光の魔法は放っていないはずだが。」アーサーも論で戦う。
つまりはこう。
ウチ、倒れる。
ちょっとすると、体がキラキラした光に覆われる。この光が女神様関連の魔法によく似た気配だったみたい。
ウチ、光を浴びる。
気絶?状態のまま歌い始め、復活。
えぇ(困惑)。立体音響を傍に置いて、寝袋がわりの布に座り込む。もう寝るしかないよ。あ、でも来るであろう決闘のための歌を考えておかないと。
「あとどれくらいだろうな、火炎の魔獣との戦い。」
『今だな。』
キャンプ予定地の真ん中の焚き火に、血みたいな赤色の前足と、それに付属する黒曜石の爪がのしかかる。上を見上げれば、炎が轟々と燃えてたてがみになっている狼。乾いた血の色の毛皮、パチパチと弾ける火花。空のような真っ青な瞳には怒りが燃えているように見える。
『この世の理を統べる我が同胞らを殺した罪、その命で償うが良い。』
「まだ準備途中なんだけどなぁっ?!」
第三の魔獣戦、スタート。
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