第6話 歌でも左右できぬもの
「そういやチーム名なんでしたっけ」
この一言でウチは寛容な仲間三名とゲンコツをいただいた。うぎゃん。
ちょっと聞いてみたけど、アーサーさんはなんとAランクの実力者。炎魔法一筋でそこまでいけるのか。すごい人がいたもんだ。でもウチに負けてからギルドカードを一新、心機一転させて今はEからこつこつとウチの従者をやりたいらしい。というかウチがカード燃やしたのが原因とも言う。Fスタートじゃない分いいのかな?とにかくごめん。ランスさんとカシスさんはどっちもDランク。ギルド外の頃から戦闘も手慣れではいるが、なにせギルドでの滞在時間が短い。そしてドラゴンからの攻撃を受けてから、受ける依頼の種類に慎重になりすぎて、ちょっとランクで伸び悩んでいたみたい。
とまぁ、頼れる仲間が三人も増えて、チームレグシナは比較的大所帯に。宿を借りるのもちょっと大変になって来た気が。
「もうちょっと収入があるといいんだがなぁ……。」
そうラクトさんが呟いたのが原因か、チームが増えてから一週間もしない内にでかい依頼が来た。
依頼というか挑戦状というか。
またかいな。もうちょっと薬草採取とかゆったりしたお仕事してたかったのに。
「『運の魔法使い』だぁ? 聞いたことないぞ?」ランスさんがウチに宛てられたという挑戦状をフロントのディースさんから横取りして、内容に目を走らせる。カシスさんがなだめて、ウチに挑戦状を返す。うむ、この二人はいいコンビだな。
「運を操れる魔法なんてないですよね?」と魔法専門の二人、サビナさんとアーサーさんに聞いてみる。
「聞いたことないかな。」ですよね。
「ですがその二つ名なら聞いたことがありますよ。」アーサーさん、今なんと。
「はい、なんでも『賭けに負けたことがない勝負師』。賭け狂いが魔法使いを名乗るとは…下賎な輩でございます。」
「そんな人から挑戦状が届くんですねぇ。」カシスさんがのんびりと言う。
「さらに内容が賭け事だな。こいつとの戦いの噂がそこまで広がったか…。」得意分野でも打ち勝って見せると言う噂がな、とラクトさんがアーサーさんを見て言う。
ちょっと頭脳展開。
「これ、同行していい人数制限とかなさそうですよね。」
「なさそうだね。どうしたの、作戦でもあるの?」サビナさんがウチに問う。
「いや、単身で突っ込んだら勝っても負けても取り巻きとかに身ぐるみ(命含む)剥がされそうだなと。」
全員同行することになりました。ウチが焚きつけたんだけど過保護。
さてさて、決闘の場は裏路地に佇む小さな酒場。もっと公な場所でやらないのかと思ったけど、ランスさん曰く、この挑戦者はギルドに登録されていない、いわば『野良冒険者』だと。野良冒険者は全てが個人依頼で、収入はその依頼プラス裏職業だってのがほとんど。法に触れることも稀にあるみたい。だからギルドの指定した職業にはまらないのも多い。ウチも一歩間違えれば野良指定されちゃったんか。おーこわ。だからこういう裏取引みたいな場所が指定されたんだね。
月が膨らみかけているような夜、ウチたち五名は指定された酒場「ハーベスト」にやってきた。めっっっっちゃ酒臭い、蒸し暑い。荒くれや怪しいやつらがわんさかいたけど、依頼主は一目でわかった。あいつの周りに人だかり。
黒いコートが金の糸で縁取られ、さながら見た目は海賊気取り。銀髪とヒゲが渋い。だが残念、ウチはおじさまより美青年派だ。夢見たっていいじゃない。
「……来たかい、『歌姫』ちゃん。」声も渋い。似てる思ったらあれだ、飲んだくれの槍のあいつだわ。金色の目がこっちを見やる。
「ウチ一人に挑戦状をふっかけて来た割には取り巻きが多いですね?」とウチは『運の魔法使い』の周りに立ている男たちを見回す。みんな屈強で鈍器系の木製武器持ってる。こいつらもまとめて野良冒険者なのかな、それともー。
「なぁに、俺達の賭け事中にお嬢ちゃんが狂って武器を振り回し始めたら押さえつけるための用心棒よ。」かんらからと笑うおいちゃん、下品な笑いが巻き起こる筋肉の壁。
「賭けが武器なのにウチは武器を持ってはいけないと? 女の子一人にそうでもせんと勝てんと?」
水を打ったように黙る一同。ごめんな、ウチは口論になると男前になるんだよ。この魔法使い一同以外の酒場の奴らはおぉーっとか感心した声をあげてる。
と、『運の魔法使い』は大笑い。
「こいつぁ生きのいい嬢ちゃんだ! 気に入ったよ。」
「気に入られても嬉しくありません。さっさとこの依頼を終わらせて寝たい。」馬鹿正直に言う。おいちゃんが彼の座っているテーブルで、反対側の椅子を指し示したからそこに座る。念のために立体音響と伴奏石は座る直前にサビナさんに持ってもらう。ちなみに座る前に椅子の裏とかテーブルの裏とかしゃがんで見てみたけど、何もなかった。
「ルールは簡単だ。」『運の魔法使い』は紙の束をジャケットの内側から取り出す。
「ここに1から11までの数字が4セット書かれたトランプがある。これをシャッフルし、一枚ずつトランプを引いていく。これを21ぴったりにした方が勝ちだ。21を一つでも超えたらバスト、掛け金は相手に即座に渡される。相手が21に達したなら、こちらは21になるまでトランプを引いて引き分けにするか、その流れでバストするか、その手前で諦めて降参するかができるよ。」
このゲーム、前の世界でも聞いたことありますけど。まぁ向こうでは負けたら指切られたけど。
「掛け金は所持金か?」とラクトさんが問う。
「いや、こちらで用意させてもらった。」魔法使いさんが二つの麻袋をテーブルの上に出す。中身を見させてもらった。銀貨ジャラジャラ。
「その中には100ピリン銀貨100枚、合計一万ピリンが入っている。最低掛け金は銀貨一枚、全部賭けてもいい。」
「ちょいと失礼。」これくらい伴奏もいらん。袋を両方目の前にして、口ずさむ。
「♪買えないものなどないのです 転じて言えば何物にも 値段をつけて売るのです 損得の感情はないの」
袋の上にはそれぞれ一万と数字が浮かぶ。なるほど、最初からこちらの掛け金を減らして不利にするようなネタは仕込んではいないみたいだ。
「注意深いお嬢さんだねぇ。」『運の魔法使い』がニタニタと笑う。
「ギャンブルなんぞ初めてなものでね。それ以外の要素をしっかりと確認しないと怖いんですよ。」
「あと、この掛け金を全部負けてしまったら、ウチらの命はないんでしょう?」
「ご名答。」魔法使いさんは笑みを深くする。知ってた。やっぱりデスゲームじゃないですか、やだー。
「おい、ちゃんと勝つ気あるのかよ?!」ランスさんが焦ったように囁いて来た。
「ちょっとは、ね。」
「さて、お嬢ちゃん。残念だけど、この勝負はすでに俺が有利だ。最後に一言、仲間のみんなに何か言ったほうがいいんじゃないかな?」
「始める前に何を……?!」と言いかけたアーサーさんを抑えて、ウチはただ頷いた。大丈夫、ウチにも作戦はある。改めて『運の魔法使い』に向く。
「ウチはこれしか言うことはないよ。」
「♪あっちこっち 鬼さんこちら 手の鳴る方へ I want you ワンペア?ツーペア?いやフルハウス 暴いてみせるから」
これはウチの勝負宣言。
ここに着く少し前の話。まだ日が高い時間、ギルドの中での会話。
「そもそも、『運の魔法使い』ってどんな力を持ってるの?」二つ名があるくらいなら、その手のもので有名になった何かがあると思った。
「これはまた面倒な悪名高いやつだな。」呆れたようなラクトさん。
「噂にすぎませんが、賭け事で負けたことがない人です。その豪運を使い、道具に資金、その他諸々を奪い去ると。」アーサーさんがめっちゃ知識豊富。ありがたい、と言ったら嬉しそうにしてくれた。ドーベルマンかな?
と、違和感。
「必ず勝つやつなの?」
「そうですね、負けたことがないということは勝ち続けていると言う意味でございます。」アーサーさんが確認する。
「おかしくないかな。運が絡むもので必ず勝つって不可能に近いと思うんだけど。」サビナさんがウチを代弁してくれた。
「じゃあどっかで騙してるとしか考えられねぇよな。そこはどうなんだ?」ランスさんが椅子の上であぐらをかく。ウチが言えた義理じゃないけど行儀悪いぞー。
「それが……。」珍しく、アーサーさんが言い淀む。
「どうしたの?」
「彼との賭けで負けた者は命まで賭けてしまった者が全てで…。」
「そりゃ騙されても何も言えねぇよなぁ゛!」ウチはガッと首を上に向ける。死人に口なし。命さえ賭けて負けたら、どう騙されたか他人にも言えない。そりゃそうだ。
「じゃあどうするつもり?厄介なやつってことはわかったけど、対策がないよ?」サビナさんが心配そうにウチを見る。
「……第三者かなぁ。」
ぼそり、とウチが呟いた。頭がフル回転する。その結果はじき出されたのがこの一言だった。
「勝算はある。多分。でもこのためには…」今まで黙って話を聞いていたチームの六人目に視線を向ける。
「カシスさん、協力お願いしていいかな?」
「はーい。」力が抜けるような声だったけど、目の奥には彼の芯の強さが光るように見えた。
「じゃあ最初は、500ピリンかね。」魔法使いさんが袋から五枚銀貨を取り出し、テーブルの真ん中に置く。
「1000。」ウチは10枚。周りがどよめく。
「相手より高い額を出すとは、よほど命が惜しくないと見たよ。」そういいながら魔法使いさんはデッキを満遍なくシャッフルして、これまた真ん中に置く。
彼が最初にデッキから引く。3。引いたトランプは見せるのが礼儀のようだ。
ウチも引く。11。これはまたでかい。もう一度11が来る確率はそれほど高くないが、21が限度だしなぁ。
相手のターン。7。熱気が強くなる。
……11、かぁ。となると、次ウチが引くトランプは。
ぺらり。
11。
ほら、やっぱり。
相手の取り巻きが歓声をあげ、『運の魔法使い』は銀貨をまとめて自分の麻袋に入れる。
「お嬢ちゃん、賭け事はもっとスマートにやるべきだよ?」とニンマリ笑う。
「すまんな、この辺暑いもんでね。サビナさん、風か何か起こせます?」と後ろを向いたら、ドンと音がする。前を向いたら、テーブルに持ち手が金、刃が銀に輝くナイフが刺さってた。ひぃ。
「おおっと、仲間の増援は許さないよ。これは俺とお嬢ちゃんの一対一の決闘なんだからな。」魔法使いと言いながらナイフ使うとこ、胡散臭いなお前。
だがそのおかげで必要な情報は手に入った。
「じゃあそのナイフ回収して、次のラウンドいきましょうかね。1000キープで。」
ウチの残り掛け金は1000。同じ額を賭け続け、負け続けた。麻袋が平たい。
「さて、お嬢ちゃん。」『運の魔法使い』は口裂け女かと思えるようなニヤリ顔。
「これが最後だと思うよ。言いたいことはあるかい?」
ウチはというと、涼しい顔。いや、めっちゃ空気が暑いけど。
さて、ウチも最後の仕事しますかね。
「要求。ウチは残り全額かける。だから魔法使いさんも全額賭けなさい。」
ウィナー・テイク・オールだよ。魔法使いさんは動揺。そりゃそうだよね、めっちゃ不利なのが上から命令だもん。
「……面白い。いいぞ、全額賭けてやろう。」だがクールさは崩さない、プロ意識かな?机の真ん中に二つの麻袋が並ぶ。
相手のターン、ドロー。9。
ウチのターン、ドロー。11。このパターンどっかで見たぞ。
魔法使いの次のカードは2。
ウチがデッキに手をかけた瞬間、『運の魔法使い』はニヤリと笑い、店内の熱気が増す。
はい、最終兵器発動。
「アーサーさん、こいつ炎。吸っちゃえ。」
「はっ!」アーサーさんは相手の驚きを片目に、手に小さく赤い球を生み出す。凝縮された煉獄の魔法。その一点に店内の熱が一気に巻き込まれ、店内は彼を除けばかなり涼しくなった。アーサーさんはそのまま熱の球を握りしめ、消し去る。
「魔法使いさん、『カゲロウ』って知ってます?」ウチはデッキにかけた手をすっと上げる。手には一枚のトランプ。
「熱が光をも揺らがせて、幻を見せる現象のことをそう呼ぶんですよ。」11のトランプの隣に引いたトランプを置く。まだ数字は見せない。
「トランプの数字、コインの裏表。今までの相手はそうして全て騙して来たのでしょう?」
裏返す。
10。
21ジャストだ。
「全額ごちそうさまでした♪」
ウィンクも決めてやる。小娘最大のサービスだオラ。
「なんのっ……!」『運の魔法使い』さんがテーブルを蹴り倒し、ナイフを構えてこっちに迫る。そいえば「掛け金を全部無くしたらウチは命をなくす」って言ったけど、どっちの掛け金がなくなったら、は宣言がなかった。しまった、しくった。
とっさにランスさんがウチとおいちゃんの間に割り込んで、ナイフ同士がぶつかる金属音が響く。ナイス。
「小癪な!!」とおいちゃんからブワッと黒い靄が吹き出る。靄が店内に充満し、ウチたち以外の客や取り巻きの形が変化する。うめき声も深くなり、最終的には唸り声になる。筋肉隆々の巨体に棍棒、血管の浮いた皮膚、人外めいた顔。
「下級トロルにオークまで?!」サビナさんが下がってきたウチに立体音響と伴奏石を渡しながら、相手を教えてくれる。
「魔法使いの化けの皮を剥がしたら物理でヤる気満々かよ。」オークて。トロルて。
「そんなことを言っている暇があるなら加勢しろ!」ラクトさんが片手剣で相手に応戦しているが、相手は下級ながらもトロルだ。力で押し負ける。
ランスさんは『運の魔法使い』に近づいて大元を叩こうとしているけど、黒い靄の勢いと邪悪さに押されて前進できない状態。
サビナさんとアーサーさんは避ける一択。こんな狭い店内で魔法でも撃ったら、仲間も巻き込むだろうし。
ということで、ウチは店を壊すことにした。
イントロで終わらせるから伴奏はいらん。
立体音響、よーい。
「♪あの一等星のさんざめく光で あなたとダンスを踊ろうか 我が太陽系の鼓動に合わせて 絡まったステップで綺羅めいて」
「星っ!!」
シャウトと同時に光の柱が大地を響かせ、そこだけ夜が一瞬朝になる。
「あの、こっちです! 違法賭博場で僕の友達が……」
そういってカシスさんがもう一つの最終兵器・見回り兵士を連れてきたときには店は無くなってた。
……最初近くに言ったよね、酒場に行ったのはウチたち「五名」。六人目は外から助けを連れて来る係だったんだ。
瓦礫に埋まってのびている数多くのオークやトロル、真ん中で無傷なウチらレグシナ五名、強烈な光で黒い靄は消え去ったけど未だに発狂したように笑っている詐欺師一名。
うん、我ながらカオス。
「あの魔法使い、魔王とつながりがあるからって牢獄行きだと。」次の日の朝、寝ぼけ眼をこすりながらギルドに顔を出したら、チームレグシナの他五人がすでにいた。起こしてくれてもよかったのよ。昨日の夜の戦いで、掛け金に使われた二万ピリンはありがたくいただいた。臨時収入わっほい。あと、壊した酒場なんだけど、あれ『運の魔法使い』のアジトだったみたい。壊してもお咎めなし。よかった。
「魔王、初めて聞いた。」ウチが朝の挨拶をした後そう言うと、困惑の目で見られた。え、これまた基本なの?
「魔王とは魔物の大元とも言える存在でございます、マリ様。」アーサーさんが説明する。
「いまだに倒せてないの?」
「残念ながら。」
「マリさんは突飛な発想がたまに出ますからね、魔王を倒すなんて言っても驚きませんよ。」カシスさんがのんびりと告げる。ウチを珍獣みたいに言うでない。
「いや、流石にそれはしない。ウチ平民希望ですから。」
そう言ったら生暖かい目で見られた。解せぬ。
と、ギルドに立派な鎧を着込んだ男性がつかつかと入ってきた。
「これはこれは王都の兵士様。このような小さなギルドに、何かご用事がおありでしょうか?」フロントで出迎えるディースさんがぺこりと深くお辞儀をする。
「最近腕の立つ『歌姫』がいると聞いた。」と兵士さん。
ギルドがみんな一斉にこっちを向く。
それに気づいた兵士さん、こっち来る。ウチなんも違法なことしてない、はずだよね?
「この街、マーブルヴェールを統べる兵士長様からの知らせだ。依頼がある。」
「これ絶対いいえ選んだらループするやつ」
そう呟いて、ウチたちは兵士さんの話に耳を傾けた。
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