第5話 燃えよ闘志よ、響け歌
「以上、ドラゴン三分ちょいクッキングの終了です」
いやー、一度こういったネタは口にしてみたかったんだよね。いい笑顔した気がする。
行きと同じ、三日かけてギルドに戻ったらみんなが疑心暗鬼でウチたちをみていた。いや、ウチをそういった目で見るのはわかるが、ラクトさんとサビナさんはほっといてもらえませんかね。彼らに非はない。
「……おかえりなさいませ。ドラゴンはどうなりましたでしょうか。」ディースさん(お、名前覚えてた。やりぃ)が絶対零度の眼差しでウチを睨む。この人もしかして氷の魔法でも使えませんか。
「こうなりましたー。」と、カバンの中から一対の黒い竜のツノをゴトリとカウンターに置いた。
そりゃギルド全体が沸きますわな。反省。
「おいおい、ヤギじゃねーよなこれ?!」「馬鹿野郎、よく見ろ! この光沢に質感、ドラゴンのツノに間違いねぇ!」「翼は?! 他に拾得物あるんだろ、なぁ?!」「嘘、これ本物のドラゴンの血じゃない! 小瓶一つで金貨一枚は届くわよ?」「それにしても鱗が多いな。そんだけデカかったんだろうな。よくやったよ嬢ちゃん。」
カバンを開いて戦利品を見たい人に見せると、すごい人だかりができた。
盗む輩がいないように目を光らせていると、賞賛や真偽を確かめる声とは違う、そう、『質問』がウチに投げかけられた。
「どうやってこのドラゴンを倒したんだい?」
「え? 火を吐いた瞬間にもっと強い勢いの魔法?を口に撃ったよ。口の中には鱗がないから。」ウチは馬鹿正直に答えた。
「だがドラゴンの炎の勢いは生半可な魔法じゃ消し飛ばされるよね?」
「横からじゃなくて真っ向勝負だったから消されなかったのかな?」戦利品に目を光らせてるから、この返答もちょっと疲れてきた。
その日、その声はそれ以上は何も聞かなかった。
ウチはラクトさんとサビナさんの助けを借りてドラゴンのアイテムを全回収、明日くらいに売りに行こうかと宿をとった。
今夜も私は寝ませんよ。電子の歌姫ではない歌も使えるのなら、魔道書の中に眠るレパートリーはぐんと増える。例えばアニソンとか。そうだ、アレンジもいけるだろうか。歌っている間に効果が発揮されるのなら、BGMだったら歌が続く限りは永遠に同じ効果が得られるのだろうか。BGMになるようにアレンジされた歌だったら?
ウチ、あの作品風アレンジ、大好物なんだよなぁ。危なそうだけど試すか。
気づけば月が夜空のど真ん中。この異世界に来て結構経ったと思うが、本当は一週間と半分くらいしか経ってない。火山の往復で六日間、その火山への遠征に準備が数日、ギルドについたあの最初の日。
「日記、書くかね。」
己を失わないように。なーんてね。
次の日の朝、ラクトさんに起こされる。無防備な女性の部屋に入るとは何事だ!と言ってみた。
「お前いつも無防備だろう。歌で相手を蹴散らす時もほぼ捨て身だしな。」
ごもっとも。そう頷いたらサビナさんが吹き出した。ほんとウチたち漫才コンビ。
兎にも角にも、ギルドについた。いつもの喧騒の中、ディースさんが迷ったような目でこっちを見ている。この人、普通の表情ってできないんでしょうか。真理ちゃん、心配です。
「えー、マリ様。こちらがあなたのCランクギルドカードになります。」と、カードというにはやけに金属製な板を渡される。これがこの世界でいうカードだ。ちゃんとCって書いてある。
「サビナさん、Cになったら特典とかつきます?」と、サビナさんに訊いてみる。
「そうだね、Cからは『個人に宛てた依頼』が来始めるかな。」
「F、E、Dまでは誰でもなれる。Cだと名が知られてくるランクだ。名が知られるほど強く、人望もある。だからそのランクの冒険者に宛てられた依頼がこの時点から入り始める。」ラクトさんが教えてくれた。この人たちもCだっけ。わーい、お仲間。
「その個人宛依頼の件なのですが。」ディースさんがウチに紙を差し出す。
「早速依頼ですか。いやー、有名人は辛いですね!」とおどけながら、ウチは畳まれた紙をその場で開く。
『挑戦状』
「いやなんでよ。」真顔で突っ込んだ。
サビナさんがまた吹いた。ゲラなのかね、この魔女さんは。
===
挑戦状に記された場所、マーブルヴェールのすぐ外の森の中へと向かう。改めてラクトさんに挑戦状の内容を聞いてみる。
「で、この挑戦状を送った『煉獄の使者』ってなんですか。」
「あぁ……面倒な奴に目をつけられたか。こいつ悪名高いんだよなぁ。」とラクトさん。
「言い渋らないでくださいよ、ウチこんなの初めてなんですよ。」
「『煉獄の使者』、およびそういった二つ名はランクが高くなった者らが自発的につけることができる。つまり二つ名がある奴はランクが高いやつと思え。」ラクトさんは遠い目をする。
「『煉獄の使者』、名前はアーサー=アイボリー。その二つ名の通り、炎の魔法に秀でた魔法使いだな。あいつの炎魔法は竜をも鱗ごと焼くと豪語していたから、よほどお前の戦果が気に入らなかったんだろう。」あいつはそう豪語するが、実際にドラゴンを倒した戦歴は持ってないんだよ、とのこと。
「嫉妬の炎って言うけど、物理……いや、魔法的にそうくるとは思わなんだ。」ちょっと呆れた。ギャグかな? もっとひねりなさい。
「大口叩くだけはあるよ。」サビナさんが心配そうな目でこっちをみる。
「例えば?」
「水を操る魔法使いが挑んだことがあるんだけど、彼の炎の魔法はその水が触れる前に蒸発させたの。」
じゃあ氷は、と問おうとしたけど、それも無駄だった。むしろ氷は操れないものだと言われた。
熱で上昇気流が生まれるから風も無理そう。あー、そういや氷に関する歌持ってないっけウチ。もっと映画とか見ときゃよかった。
「ちなみにこれ、負けたらどうなります?」
「挑戦状を叩きつけられて負ける?あのなぁ……お前、それは死を意味するぞ。」
「水どころか体が蒸発したっけね、あの魔法使い。」
「それを早く言おう?!」ウチの叫びは森の中へと吸い込まれていった。
そうダベっている内に、挑戦状に記された森の中の空き地に到達した。
緑の中でひときわ映える、真っ赤なローブの男の姿。血よりは明るい、アニメっぽいベタな赤。その色の裾から上に登るに連れて、色がくすんで黒くなる。胸元には真っ赤なブローチが一つ。ローブの下は黒い長ズボン、皮ブーツ。杖は金属製で、先端にこれまた赤い宝石が輝く。
ウチが言えた義理じゃないけど、厨二だなこいつ。二つ名もそれっぽいし。
「……あー、と。『煉獄の使者』のアーサーさんっすかね?」念のため聞いてみる。
「いかにも。」
「タコは?」
サビナさんが吹いた。よっしゃ、ツボは把握できてきた気がする。
「無駄口なぞ不要。ゆくぞ。」と、アーサーさんは杖を構え、何かつぶやき始めた。この世界の魔法って詠唱必須なんだよね。大技が来る前にこっちもやりますか。
ここに来るまでに軽く作戦を練った。だがその前にこの世界の仕組みをば。
この世界の魔法は大まかに分けて六つ。炎、水、風、大地、光、闇。まぁゲームとかでよく見る六つですね。
アーサーさんの炎魔法はひときわ強く、なんでも『他の属性をぶつけても消えない火力』が自慢らしい。
もちろん炎や光をぶつけると、彼がその力を逆に吸い取り、自分の炎を強化する。水は炎に触れる前に蒸発、風も熱気の前では無力。大地は溶けるし、闇も炎に照らされてかき消えてしまうらしい。では属性のないものは? と質問が出るだろうが、無属性ってのはつまり物理攻撃だ。あんな熱気の塊に単身で突っ込んでみろ。骨も残らんぞ。
彼に立ち向かうには、彼に操られない、そして負けない魔力をぶつける。それしかない。
それを聞いてウチは荒削りな作戦を生み出した。多分ウチはバカだが、それでもこれはいける気がした。
赤く燃え盛る煉獄を超える火力、それは。
伴奏石をひねり、ピアノが流れ始める。本来ならもう少し時間がないと歌詞が出ないが、これは何を隠そう、アレンジ版だ。10秒弱で歌詞が出る。立体音響を相手に向け、ウチは息を吸う。
「♪街明かり華やかエーテル麻酔の冷たさ 眠れない午前二時全てが急速に変わる……」
そう。赤い煉獄を超えるなら青白く光る爆発だ。青白い方が温度も高いって科学で習ったし。
周囲に白い球が無数に現れ、ウチに近い場所や離れた場所、空き地全体に浮かぶ。先にラクトさんとサビナさんはその場から離れてもらった。巻き込まれて焼死とかシャレにならん。ウチは自分の魔法に触れても大丈夫だが、アーサーさんはどうだろう。やっぱ火炎や熱気には耐性あるのかね。
と、詠唱が終わったようだ。大きな赤い火の玉が彼の杖の先から宙へと浮かぶ。
「消えろ、小娘!」と笑いながらアーサーさんは杖を振り下ろす。大きな火の玉がウチめがけて落ちてくる。
でもな、ウチだって作戦はあるんよ。
さっき言ったよね?
『ウチは自分の魔法に触れても大丈夫』だって。
「♪核融合炉にさぁーー!!」
渾身のシャウトを決める。と、ウチに一番近い白い球が大爆発を起こす。まさか「真っ青な光、包まれて綺麗」をガチでやるなんてね。
これのどこが作戦かって?
さっきの爆発で赤い炎は消えたよ。もっと正確に言うなら、ウチの爆発に飲み込まれた。ウチはノーダメ。いぇい。
そしてウチの周りだけじゃない。小さな白い球は誘爆して、アーサーさんを追い詰める。歌いながら目をこらすと、彼も赤い炎で幕を貼ってしのごうとしてるみたい。
でもウチの歌が続く限り、白い球はまた生まれ、サビに入れば爆破する。
ただ、生まれるタイミングと爆破のタイミングは同時じゃないみたい。
生まれさせるタイミングの中、アーサーさんは高笑いをした。伴奏石から鳴り響く発狂ピアノと相まって、なかなかにカオス。
「残念だったな、小娘よ! あんな大魔法、これ以降は使えぬだろう? その歌も、もう終わりが近いだろう? だが私はまだまだいける! まだまだ煉獄を生み出せるぞ!!」
だーれが終わるって言った。
まだ1ループ目だよ?
「♪街明かり華やかエーテル麻酔の冷たさ 眠れない午前二時全てが急速に変わる……」
「な、っ?!」アーサーさんが最初のフレーズを耳にした途端、固まった。
何を隠そう、このアレンジは東のもの。BGMになった歌だ。同じ歌なら威力も同じ。起こす効果も同じ。それが永遠にループできるんだ。
さながら無間地獄。いや、この場合、弾幕地獄<バレット・ヘル>か。
人って絶望するとそんな顔すんのね。
「♪核融合炉にさ」
飛び込むまでもなかった。
赤い炎の抵抗が見えなくなったらいいところで切り上げて、伴奏石を元の位置にひねり直し、ウチが無差別爆撃した後を観察。木々にはノーダメ、ノー被害。あ、放射能とか気にした方が良かったかね?
と、うなされている黒焦げの塊が足元にあった。
ウチもそれほど酷じゃない。
「♪Blessings for your birthday, Blessings for your everyday たとえ明日世界が滅んでも……」
一つサビを伴奏なしで歌ってやる。ドラゴンの爪痕がこれで治るなら、焦げてるのを治すくらいはいけると思う。
アーサーさんの赤くただれた肌は治り、息も正常に戻った。でもしばらくはスキンヘッドだね、ごめんね。服はこげこげだから新しいの着てもらわないと大変だぁ。よく見るとラクトさんとそれほど年が変わらない、のかな? いや、これで30くらいって言われても納得できるかな? 見た目で年齢判断できないんよウチは。
そういえば勝ったけど、この後どうするの?
ウチは立体音響を上に向けて、一声叫んでみた。この杖、いや、武器屋曰く「おもちゃ」の本来の使い方だ。
「勝ったけどどうしましょー?!」
「まことに申し訳ありませんでした!!」
ギルドなう。目の前にはスキンヘッドの男の人が土下座してる。その文化、ここにもあったのね。
順を追って説明。ウチの声を聞いてラクトさんとサビナさんが戻って来て、ちょっと焦げてるけど死んでないアーサーさんを見てびっくり。「治さなくても良かったのに」と言いながら、彼を一緒にギルドまで運んでいった。目が醒めるまで仮ベッドで休ませよう、と。ウチは喉に効くとされるはちみつドリンクを買って、ギルドの中でチビチビ飲んでただけ。ループもの全力歌唱はちょいと辛かったんだよね。で、半分くらい飲み終えたらアーサーさんが目を覚まして、ウチを一目見て土下座した、って流れ。
「えーと、謝罪はいいよ。」とりあえずそう言ってみるが、聞いちゃいねぇ。
「いえ! 魔法使い同士の決闘、敗者が死に晒すこの世間において、このご慈悲! 絶対に忘れません!」
「って言ってますけどどうなんです? サビナさん。」ちらりと横に立っている魔法使いの先輩に聞いてみた。
結論としては、「搾り取れるだけ取っちゃって構わない」と。そんなに悪名高かったんですかあなた。
でもお金、そんな使わないと思うし。
「じゃあウチたちのチーム入る?」
金じゃないなら労力と情報を搾り取ってやろうじゃないの。
「ちょ、おい、マリ?」ラクトさんが驚いてる。まぁそうでしょうね。でも理由はあるよ。
「いつもラクトさんとサビナさんに頼ってばかりじゃいけないなと思って。だから情報収拾的に頼れる相手を増やした次第でございます。」
それを聞いたアーサーさん、大喜び。柴犬の尻尾がブンブンしてるのが見えるわ。
「はい、マリ様! このアーサー=アイボリー、これよりあなた方の力になれますよう、精進いたします!」
「だったら俺たちもいいか?」
結構懐かしい声がした。その方向を向くと、いつぞやの金髪と緑髪くんたち。
「あれ? ランスにカシスじゃない。どうしたの?」サビナさんありがとう、名前忘れかけてたわ。
「相棒の命の恩人だ、便乗していいよな?」と金髪のランスさんがウィンク。赤い目なんだね、ファンタジーでいいね。
「こちらもご恩をお返ししたいのです。どうか、あなたのチームに入れてくれますでしょうか?」緑色の髪の毛と青い目が特徴的なカシスさんが一礼。
「まぁ、これで人海戦術解禁かね?」とつぶやいてもみる。一気に増えたから仕方あらへん。
接近戦を得意とする中量級戦士、ラクトさん。
基本的な魔法を幅広く使える魔女、サビナさん。
炎に関しては誰も負けない魔法使い、アーサーさん。
盗賊から足を洗い、素早い戦いが得意なナイフ使い、ランスさん。
エルフ製の弓矢で相手を撃ち抜くレンジャー、カシスさん。
そして未知数なポンコツのウチ、真理。
「そういやチーム名なんでしたっけ」
みんながずっこけるまでゼロ秒、レグシナだとラクトさんからゲンコツが下されるまであと三秒。
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