第2話 歌は私の力なり
「……きゅーえんしんごーでーす……」
そう呟いても仕方ない。ついさっきまで紫色のスライムの大群に押し寄せられていたもの。まぁなんやかんやで倒しちゃったんですが。
「いや、警戒してすまなかったな。」と、短髪黒毛の男性が言う。確か名前はラクトって言ってたっけ。顔と名前を覚えるのは昔から苦手でした。歴史とかボロボロ。
「なにせこんな森の奥に人がいるなんて知らなかったんだよ。」
「もう大丈夫。」そう言ってくれた魔法使いなお姉さんの名前はサビナ。ゲームといい、赤毛の女性魔法使いってなぜ巨乳な風潮があるのだろうか。
「これからあなたを街に連れて行くけど、ここにいないといけない理由とかない? 大丈夫?」
いえ、むしろ文明に戻れるならなんでもしてやる所存でございます。
「ところで、お前はなんでこんな奥に?」
やっべ、言い訳考えてなかった。誤魔化すか。昔から設定作りは得意でね。
「……覚えておりません」
得意だが とっさにできるとは 言ってない(字余り)。だがラクトさんとサビナさんはそれでいいみたいだった。
どうやらウチは記憶喪失ってくくりに入ったらしい。無駄に設定作らなくて済んだ。
身元不明で年齢も適切、と言うことで冒険者ギルドに連れて込まれました。なお、道中に記憶喪失のくだりをさらに展開したんで、基本情報は叩き込まれた。
まず、この石造りの街はマーブルヴェールと呼ばれている場所であり、王都に近く情報も集まりやすい、力と守りと知恵が折り重なった……いわば、住み込める街としては申し分ない場所であると。
ここでの成人年齢は18、そういや最近誕生日で18なったっけ。だが酒は飲まんぞ。
銅貨百枚で銀貨、それがまた百枚で金貨、それがまた百枚で白金貨。普通に使われる回復薬で銅貨五十枚程度の価値があるということ。さっき何枚拾ったっけ。
その最低ランクの回復薬は薄緑の液体であること。ランクが上がるたびに色が虹色の最初の方に近づくんだと。最高ランクは血のような赤色だろうか。となるとウチがさっき拾った黄色ってまさか。
さて、ラクトさんとサビナさんに連れられ、変な文字が看板に書かれている大きな施設に入る。変な文字だけど読める。「ギルド」だ。……日本語話してたよねウチ?え、何語ですか。
中はよくファンタジー物で見る冒険者ギルドそのまま。まぁそれそのものなんだけどね。
「おかえりなさいませ。」と、真正面のカウンターの女性が会釈。結構人が多いのに顔で覚えられるんだ、すごいな。ウチはそういう能力が皆無だ。
「ディース、依頼のことだけど……ちょっとしたアクシデントでできなかったよ。」とサビナさんがウチを前に出す。ほう、このフロントのお姉さんはディースさん、把握。覚えられるかどうか不安だが。でもサビナさん、その言い方だとウチが邪魔したような感じです。今現在ちょっと睨まれてる気が。ラクトさんへるぷみー。
「ああ。シャドースライムの巣はこいつに一掃されててな、もう危害は与えられないくらいまっさらになってた。」ラクトさんナイス! さんきゅー!
「見た所、このギルドに登録されているようなお方とはお見受けできません。このような方がシャドースライムの本拠地を単体で制圧したと?」ディースさんが怖い。待って、ウチ初陣でそんなやばいの一掃しちゃったの?
雲行きが怪しそうだからジャパニーズ固有スキル、『謝罪』発動しよう。
「私が何か邪魔をしたならば謝ります。ギルドの依頼を知らずに横取りしたと言うならば、その依頼における報酬は一銭足りとも受け取りません。ただ、ラクトさんとサビナさんを責めないでください。むしろ報酬は私をその場から助けてくれたこのお二方に全額譲渡してくれますでしょうか。」
ギルドに入って真正面、フロントでこんな謝罪をする見知らぬ女性。ちょっと注目を浴びてしまった気がするが、誠意は感じ取ってくれただろうか。と、周りでこっちのやりとりを見ていた男性が一人、呟くのを聞き逃さなかった。
「……まじかよ、Cランク依頼を一人で?」
そこからざわめきは広がるのなんの。人の口には扉は立てられぬ。
「ジョーダンだろ?」「あの小娘、どんだけの魔法使いなんだよ…。」「スライム族って弱点なんだっけ?」「シャドーだから光じゃないか?」「あれで未登録?!」
「で、相談したいんだけど。」とサビナさんがフロントさんに切り込む。
「この子、記憶がなくて森の奥で一人だったの。元来た場所も、この街も、お金の計算方法さえも知らないの。無茶とは知ってるけど、この子をギルドで保護できない?」
「ここは託児所ではないですし、孤児院でもありませんが?」ディースさんつめたーい。
「こいつは確認を取ったところ18だ。なんなら冒険者として登録し、俺たちのチームに加えてくれても構わんが?」
えっ。
ウチ、勝手に就職される流れ?
……でも考えなくて済むからいいかな、なんて。正直ここに来た理由も思いつかないし、身分を守ってくれる人がいるのって安心する。
「では登録書類を。」こちらです、とディースさんが差し出して来たのは副暦書みたいなもの。うん、バイトに採用されるために書いたことあるからなんとかいける。
そう思って万年筆が止まる。
「……やばい、ステータス知らねぇ。」『職業』と書かれた欄の埋め方がわからない。これからその職業に就くってのになぁ。フリーランスや何でも屋ってのも違う感じする。
「では……マリさん。鑑定いたしますよ。」とディースさん。うーん、数値で出されるのか星5個分中の何個ってシステムか、わからないので余計にドキドキする。だが鑑定はあっけなく、モノクルによく似た銀縁の道具をディースさんは身につけ、ウチを見た。
そして、モノクルはカウンターに落ちた。
「あなた……冒険者はやめたほうがいいと思われます。なにせ、筋力・魔力・守りに俊敏さ、全てが平均以下ですから。」
あー、と納得しかけたウチの横で息を飲むサビナさん、モノクルを取り上げて自分の目で調べるラクトさん。
「こんな数値は初めて見たぞ。」
「初めてがウチでごめんな?」
「スキルや魔法も何もないし、剣どころかナイフも扱うのさえ難しいランクの力しかないぞお前?」
「逆に助かります。先端恐怖sh、あーえっと、鋭いものやとがったものが怖いので。」
漫才か。
と、サビナさんが一言。
「じゃあどうやってシャドースライムの巣を全滅させたの?」
はい待ってましたー。これは正々堂々と真実を口にできるで。
「なんか歌ったら干からびました。」
…。
……。
そりゃ信じないよな。ディースさん変な顔。
「……どうすれば信じてくれるんだろ。本当なのに。」
と、一呼吸を置いた瞬間、ギルドのドアがバタンと開く。
「た、助けてくれ! カシスが……!」
そう叫んだのは名も知らぬ金髪の男。白い服が後ろから赤く染まっているのは怪我人を背負っているからか。そうですか。背中で抱えられている怪我人は緑の髪の毛の男性。めっちゃ赤い。全部血だよね、はい。
すぐさまギルドにいた他の人たちがシーツだの持って来て、カシスさんを横たわらせるための仮ベッドを作る。早い。怪我人を横にさせて改めて実感する、この世界怖いわ。腹ざっくりで服装こげこげ。すす臭いってことは火山か何か行って来たのかな?
ギルド全体がざわつく。聞こえるつぶやきのかけらからして、この金髪とカシスさんはどちらも手馴れている冒険者のようだ。この二人が撤退するほどひどい目にあうとは、とのこと。……もしかしてウチ、アリアハンじゃなくてカザーブあたりからスタートしちゃったのかな?
「まずいな……。」とラクトさんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どこがですか?」
「今このギルドには回復に特化した魔法使いがいない。こんな大怪我を治すなんて今のこいつらには無理に等しいんだ。」
「どうしよう……カシスさん……!」サビナさんは回復できないタイプか。となると、あれかな?
「じゃあウチいきますわ。」みんながびっくりした顔する。まぁ勝算はあるよ。
いや、ここまで歩いてくるまでにちょっと考えた、それだけ。『終わらない夏の話』を歌ったら『照り焦がす夏のような熱気』が生み出された。『花火』に関する歌を歌ったら『花火』が生まれた。
なら、『命を謳歌する歌』なら?
そう思いながら、ウチはカシスさんの周りの人ごみをすり抜け、涙でぐしゃぐしゃになった金髪さんと反対側にしゃがみ、口ずさんだ。
「♪Blessings for your birthday, Blessings for your everyday たとえ明日世界が滅んでも……」
生きるという素晴らしさならこの歌だろ。異議は認める。
と、カシスさんの傷がみるみる消えていく。うわー、服バッサリいってる。これは大きな獣か何かに引っかかれたのかな。人だかりは「おおっ」だの「嘘だろ……」だの言っている。
でも。
傷が消えても、息がないままだ。
あかん。
「カシスっ!!」金髪さんが泣き叫ぶ。
ウチもパニクった。だからか、体が勝手に歌い出す。
これで生き返らなかったらウチどうしたもんかな。
「♪どうかこのマジックにかかって 朽ちていかないで蘇って 未来はないと諦めないで 隠れて眠る力に気づいて……」
奇跡を信じる歌ならば。
読みは当たった。
ゲホ、ゴホッと血を吐き出し、カシスさんはうっすらと目を開く。青いんだね。周りは大歓声。いや相手病人だぞ、静かにしろや。
「あ、れ……、ランス? ……ドラゴン、は?」
「いいんだよ、そんなん。馬鹿野郎、なんで俺を庇うんだよ…!」と、金髪のお兄さん……改め、ランスさんが怒ったような、嬉しそうなような変な顔で叱ってる。
そうか、ドラゴンからランスさんをかばおうとして、腹をざっくりされたのね。理解。
理解したところで、一番そばにいた髭のおっちゃんに頭がしがしされた。
「嬢ちゃん、やるじゃねーか!」
それを皮切りにみんながウチを称賛し始める。やめていただきたい。褒められるのは慣れていないんよ。まぁとにかく。
「カシスさん、でしたっけ。無茶はなさらずに。ランスさん、お礼はいいです。ウチも血は苦手なだけでしたので。では。」
とそれぞれに一言ずつ断りを言い、カウンターへ戻る。ポカーンとした顔のラクトさん、サビナさん、ディースさん。
「えーと、こういう能力持ちですが、職業欄にはどう書けば良いでしょうか。」
マリ=ホワイトリバー。職業・歌姫(ディーヴァ)。
ギルドの皆さん、これより迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。
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