歌姫<ディーヴァ>がいく!

はっこつ管理人

第1話 歌は好きだがこれはない

「どこだここ」

ナタデココと同じ発音で口にしたのは悪くない。

だって辺り一面森ですもの、仕方ありませんよね。


唐突な始まりに繋げますは唐突な自己紹介。

どうも、白川真理(しらかわ まり)と申します。普通に女子高生、もうすぐ大学生な年齢です。受験は頑張った。歌と読書とゲームが好きで、ちょっと男前とよく言われる、女子力皆無なオタクなり。バイト帰りの電車が変な方向に傾いたところまでは覚えてる。……典型的な事故に巻き込まれたタイプですね、わかります。そして気がついたら冒頭の状態。まぁ小説だとよく見る展開ですね。こういうのは結構好きなのでよく夜更けまで読んでますよ、はい。

だがどうしてウチが転生する必要があった。ウチなんかに勇者とか英雄とかになる素質なんてないぞオイ。


まぁとりあえずウチの話はここまで。


(さて、転生先はどのゲームかな?)

竜のクエストや最後のファンタジーとか、知ってるものだったら構造がわかりやすくて楽なんだがな、と思いながらズボンのホコリを払い落として歩き始める。履き慣れた黒いスニーカーで転生されてよかった。皮ブーツとかだったら諦めてた。

地面をくまなく探しながら、茂みの中をずんずんと踏み分けていく。昔からキラキラしたものを見つける目だけは鋭かった。何かないかな、その何かによってどんな世界観かわかるのにな、と思いながら、ひらけた場所に出た。

なんで初っぱなで踏み入れるのが町や村とかじゃなくてスライムの巣と化した洞穴の入り口になるんだよ。どんだけ徳積み忘れてたんよウチ。

セルフツッコミも虚しく、紫色の透明なゼリー状の塊がうじゅる、うじゅるとこちらへと這い寄って来た。SANチェックのお時間です、1D10でどうぞ、はい最大値。

転生させるくらいならちょっとチートなヘルパーや転生先、スキルでも魔法でも何もつけてくれても良かったのに。ふとそう思ったウチだったので、よく小説で見る方法を口にした。

「ステータス!」

ウチが愛読する小説ではこう口にすることで自分のステータスが閲覧可能だった。

うん、だった。

過去形。


なんも出ねぇ。


「ステータス画面がないくらいにNPC扱いですかウチ?!」驚いて声が荒っぽく。その音に気づいて反応する紫のスライムがもう複数。もうすぐそこまで来てる。這い寄って来ているだけなのでそれほどスピードがないのが救いか。

さて、普通の転生されました超人様や選ばれし勇者様ならここでまっすぐ逃げるか、戦うと思う。ですがウチはステータス画面すら用意されていない、いわば村人E程度。こんな大群相手にできない。だがいくら逃げようと意識を集中させても、足が動かない。運動不足か、はたまた腰が抜けたか。

(ああ、こんなやつら、一掃できたらなぁ。炎魔法か何かで、でも森にはノーダメで。かっこいいんだろうなぁ。)

と、思った瞬間、ウチは無意識に好きな歌を一つ歌っていた。


「♪少年少女前を向け 眩む炎天さえ希望論だって 連れもどせ ツレモドセ 三日月が赤く燃え上がる」


そう、あの有名な歌だ。サビを歌いながらウチは自問していた。

なんでこんなタイミングで歌えるかねウチ、と。

だが、この行動は正解だった。

歌い始めた途端、周囲が異様な熱気に覆われた。それはそう、まるで都心のコンクリートジャングルで照り返す、8月の焦がし尽くす太陽のような。だけどウチには影響はない。ただ、歌い続けなければ、としか思わなかった。


「♪オーバーな空想戦前へ」


サビを歌い終える頃にはスライムらは熱気により体を構築する水分を奪われ、生き絶えていった。干からびたスライムたちはやがてふわりと光の粒になり、空へと消えた。彼らの後に残されたのは銀や銅の大量のコインに小さな黄色い液体が入ったビンが複数。彼らが巣として使用していた浅い洞穴もコインやビンが散乱していた。そうだよね、熱気はこもっていた方が威力高いよね。それプラス大きめの肩掛けポーチくらいの大きさの皮製カバン。冒険者かなにかの落し物でしょう、ありがたく使わせていただきます。なむ。

とりあえず落ちているビンやコインを全部かき集めてバッグに入れました。臨時収入じゃ、おみやげおみやげ。全部入れても重みを感じない。魔法が存在する世界かな、便利極まりない。

集め終えて気づく。金って文明ないと使えねぇ。今森の真っ只中。あかんてこれ。

と、向こうからガサガサと音がする。相手が人間だったら助かるけど、追加でモンスターとかだったらひとたまりもない。

人間なら来てくれるが、野生動物などだったら逃げそうなものは?

と自問した瞬間、またまた体が勝手に歌を口ずさむ。便利なんだか不便なんだか。


「♪最初から君を 好きでいられて よかったなんて 空に歌うんだ」


あっおー。これまた有名。なるほど、花火なら動物は爆音に怯え、人間相手なら救難信号になる。偉いぞ無意識の自分。

「空に歌うんだ」の「だ」で空に大輪の火炎の花が生成された。たーまやー。真っ昼間なのが残念。夜だったらもっとカラフルだったろうに。

と、ガサガサ音がした方から声が聞こえた。

「っ?! 救援信号か?」

「こんな近くでそれはないでしょう!気をつけて!」

あー、相手が動物でも人でもないシチュエーションを考えてなかったわ。あかん。ウチ、ここでエンドなるか。

まぁ茂みから飛び出して来たのは普通に人間でした。よかった。

一人は超短髪黒毛、なめし皮の鎧と鈍色の細い両刃の剣で武装した、いわば中重量タイプのアタッカーみたいな人。色々な武器使えそうな感じする。

もう一人は赤くて長い髪の毛を一つにまとめた美人なお姉さん。宝石や飾りはないけど立派そうな木製の杖持ってる。こっちはちょっと薄手の服着てるね。軽そう。

二人が見つめた先にいるのはウチ。武器しまってください。


「……きゅーえんしんごーでーす……」

と呟いてしまったウチは仕方ないと思う。だって一般人ですもの、かしこ。

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